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お慈悲をください、悪魔さま!  作者: 真坂凜子
花の都の逆十字
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ビビってんじゃねえ、この悪魔!

 僕はこれでも血を主食にしてる悪魔だから、立派な八重歯を持っている自覚はある。

 そして悪魔の八重歯を強制召喚に使うとなると、彼との契約を果たすためにも僕は歯を抜かなくてはいけないのだろうか。


 僕は静かに口元を革手袋を嵌めた手で隠した。そして、サロモンはそれを見逃してはくれなかった。


「……エレオス」


 彼は静かに僕の名前を呼ぶ。ちらっと見て目を合わせた彼の目は、明確に"手を離せ"と言っていた。

 僕はゆっくりと首を横に振った。


「契約を果たさない気か?」


 彼の目は冷たい。悪魔相手にそんなに軽蔑した目を向けるものだろうか。いや、初対面の時から彼はそうだったなと思い直しながら、僕は口元を押さえた手を離して言い訳を始めた。


「サロモン、僕のこの笑顔を見てみてよ。ほら!八重歯は僕のチャームポイントの一つでしょ?」


 彼は呆れ顔で肩をすくめる。


「どうでもいい」


 その言葉に少しショックを受けながら、僕はムキになって言い返した。


「よくない!それに何より、僕の主食は血だ。首筋に噛み付く八重歯がなかったら僕は血を飲めないじゃないか」


 彼はさすがに少し考える仕草をした。この言い訳は利いただろうかと思ったものの、彼は冷静だった。


「八重歯は二本あるから、残した一本で噛めばいいよ」


 うわぁっド正論!僕はがっくりと項垂れた。もうそんなこと言われたら僕が歯を抜くしかないじゃないか。魔力温存のためにも痛み止めの魔法は使えないし、原始的な手段で歯を抜くしかないとすると絶対痛い。憂鬱だ。


「魔法で抜いたりしないのか?」


 サロモンはそんなことも気にせずに問い掛けてきた。僕は若干不機嫌になりながら首を横に振る。


「いいや、どこかの誰かさんが僕に悪魔を殺すようせがんでくるからね!返り討ちにされないように魔力は温存しておかないといけないんだよ」


 そう言いながら僕はあからさまに溜息を吐いてみせる。そんな僕に対して彼はやっぱり呆れ顔で、生意気にも溜息を吐き返してきた。なんだか大人げないと言われているような気がしてしまう。

 それが割と事実であることを自覚してもいるから、ばつが悪くて僕は頬を膨らませた。


 とにかく僕は渋々自分の口を開いて、その中に親指と人差し指を差し込んだ。

 痛そうでしょ?さすがに君も見てたら心が痛むでしょ?そんな気持ちを込めて彼に視線をやったものの、彼は片方の眉を上げただけだった。早くしろと彼の目が言っている。


 本当に釣れない子だと内心で拗ねながら、僕は大袈裟なくらいに眉をひそめてその八重歯を引き抜いた。口の中に血の味が広がって、八重歯が抜けたあたりがそわそわと落ち着かない。自分の血は不味いし、そもそも痛いしで苦い顔をしながら抜いた歯を手のひらに転がす。

 それからマントの内側へ手をやると白いハンカチを取り出して、少し血のついた歯を軽く拭う。そのうえで彼を見やって、僕は彼がなにか言うのを期待した。


 しかし彼は僕に手を差し出しただけだった。


「ん」


 そう言いながら差し出された手に僕はきょとんとしてから、そっとその手に歯を置いてみた。そうすると満足気に頷いて歯をポケットにしまったものの、彼はまだなにか求めているらしく手を差し出し直してきた。


「ナイフか何か……傷をつけられるものを貸してほしい」


 彼がそういうので、僕は怪訝そうにしながらもマントの中から手持ちのナイフを差し出した。そして彼はそれを受け取って小さく頷くと、そのナイフで自分の手首をざっくり切った。ぽたぽたと血が滴るのを見て、僕はきょとんとしてしまった。


「……何してるんだい?」


 そう問い掛けるものの、サロモンは答えるよりも先に僕の手からグリモワールを掠め取った。それを開いて魔法陣を眺めながら、埃を被った木張りの床にその血で模写を始める。丁寧にそれを続けながら、彼は言った。


「孤独な者の血で魔法陣を描いてるだけだ」


 僕は思わず面食らってしまった。痛がる様子もなしに自分の体を傷つけて、その地を捧げられる彼に少し驚いてしまったのだ。しかも自分のことを孤独な者だなんて言うのがまた可愛くて仕方ない。

 それと同時に、歯の一本に執着している自分が情けなくなってしまった。

 やはり堕落したものだなあと自分を内心で省みながらも、僕はその様子を眺める。


 傷口から溢れてくる血で円を描き、それが足りなくなればすぐにナイフで傷をつけて、また血を用意する。自分の痛みなんか忘れたように、彼は夢中になってその作業を続けた。

 そんなに復讐がしたいんだろうか。そこまで復讐に固執する彼の姿が不思議で、けれど興味深くて、僕は腕を組んで彼が支度を終えるのを待った。

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