ようやく会えるぞ、この悪魔!
書庫の中は薄暗く、少し目を凝らすと宙に細かい埃が浮いているのが見える。汚いところだと思いながら、僕は足を進めてその書庫の一角へ向かう。
いくつもある大きな本棚の裏側。この書庫の中で一番日差しの当たらないその場所にある本は、多少埃を被ってはいるものの日焼けをしていない。背表紙にはラテン語でそれぞれの本の題名が書かれている。
僕はその中から一冊、黒い装丁のなされた本を手にとった。
「怪物捕食利点論」
ラテン語で書かれていた題名をそう口にしてみて、僕は苦々しげに眉をひそめる。
ぺらぺらとページを捲ると、悪魔を食う際の利点と注意、狼男や普通の人間、その他の怪物を食らう際の効果と注意などについて書かれている。
うわぁ、あの伯爵こんな物も読んでたんだ。なんなら僕も食われていたのかもしれない。そう思って少しだけゾッとした。
しかし僕のそんな気持ちはつゆ知らず、サロモンは首をひねった。
「……ボクも探したほうがいいのか」
内容に関して追及する気にはならなかったらしい。なにか言うでもなく、彼は本棚を見遣って僕に質問した。
僕もラテン語の読解には慣れているといえど、さすがに一人で本棚一つ分に目を通すのには無理がある。それにここで魔法を使えば、魔力的に予算オーバーだ。強制召喚のために彼に分けてあげる魔力と、悪魔と戦うために使う魔力とを計算するとここで魔法は使いたくない。
とにかく、数冊でも彼に見てもらった方が手間も省ける。そう思って僕は頷いた。
「この本棚の中からドロースに関することを書かれた本を探せばいいよ。頑張ろうね」
僕はドロースについて書かれていなかった『怪物捕食利点論』を床に置き、別の本を取り出した。
そんなふうにして本を開いてはドロースという名前を探し、見つからなければ床に積むというのを繰り返していると、床は本だらけになってしまった。時間が経つのも早いもので、黙々と作業を続けているうちに書庫にはあっという間に夕日が差し込み始めた。
そんな中、僕たちはようやくグリモワールの並べられている本棚の最後の一段に並べられた本を読み終わろうとしていた。
もううんざりした顔のサロモンが緑の革の本を手に取り、僕が青く分厚い本を手に取った。これで最後の二冊だ。そう思っていたので、僕たちは本棚を二度見した。
その本棚には、最後の二冊に隠れて一番奥に何やら一冊赤い本がある。金色に彫り込まれた文字はその本の題名を記していた。
「エレオス、これ……」
彼は読もうとしていた本を床に放り、赤い本を手にとった。
「悪魔召喚全書、だね」
僕はその題名を読み上げた。分厚い辞典のようなその出で立ちは、いかにも大量の悪魔の名前を収録していそうだ。
彼がその埃っぽい本を一生懸命に捲ってドロースの名前を探そうとする様子を眺めていたものの、彼は慣れていない分索引を引くのすらのろくて仕方がない。見ていられなくなった僕は持っていた本を放って彼の手から本を掠め取り、そのページを捲っていった。
「……いた、ドロース」
672ページと書かれているのを見て、僕はそこを開こうとする。
僕の隣で、彼が息を飲むのが分かった。ぱらぱらと古く乾いた紙が音を鳴らすのだけが、書庫の中に響く。
手を止めたところで少し行き過ぎたページを672ページに向けてゆっくりと手繰り、僕はそのページを開いた。
挿絵はなく、名前と概要が描かれている。僕はその文章を人差し指でなぞり、彼に伝わるように訳して読んだ。
「嗜虐を司る悪魔、ドロース。高らかな笑い声と共に人間を嬲る残忍な悪魔。人間をかなり見下しており、穏健に服従させることはほぼ不可能。従えたいのなら以下に示す強制召喚を推奨する」
サロモンは高揚した様子で僕を見やった。
「強制召喚だ!書いてある!」
子供のようにはしゃぐ彼に僕は微笑み返した。それからもう一度本に目をやり、読むのを再開する。
「ガーゴイルの目玉を八つ、悪魔の八重歯、孤独な者の血と逆十字架を用意する。用意した血で以下の二円の召喚魔法陣を描き、ガーゴイルの目玉を一方の円の外周に沿わせて設置する。もう片方の円の中心に悪魔の八重歯を置き、召喚者はそこに立つ。逆十字架を掲げ、もう一方の円に向かって福音書の逆読みを行う。十分な魔力があればそれを続けているうちにドロースは現れるが、一瞬でも噛んだりその魔力を緩めたりすれば、魔法陣の外に出たドロースに嬲り殺されるだろう」
僕はそれを読み上げてから、口元をきゅっと結んだ。




