ビビってないぞ、この悪魔!
僕たちは城の玄関へ転移した。ぐるっと視界が変わったかと思うと、そこには蜘蛛の巣が蔓延り、埃と黴の匂いがする景色が広がる。
かつての栄華を感じさせるような上品な絨毯、やたらと細工の凝った装飾品の節々。玄関に入ってすぐの場所へ造られた大階段の両脇には、悪趣味にも金のガーゴイルが用意されている。どちらも苦しみもがいている表情を模しているらしい。色褪せた金の二頭は僕をじろりと見下ろした。
この城にあるすべてのものは、昔はもう少しは美しかったはずだ。けれどそれらは古さを纏って、どこか惨めにも見えるような風貌を呈している。変な怪物がいる噂というのも立ちかねないなと、僕は密かに納得した。
「ここが……サン・ラ・ヌイト城?」
彼は警戒した様子で口にした。珍しいことに、転移魔法の時に僕の手に重ねた手をまだ離していない。
「怖いんなら素直に言ってもいいんだよ」
僕がそう言うと、彼は僕を見やって目を見開いてから慌てた様子で手を離した。それが面白くて僕はくつくつと喉を鳴らして笑ってしまう。
「ふざけるな!こ、怖がってなんかいないからな!」
「うんうん、ムキになりすぎて怖がってるのが見え見えだけどね」
笑ってそう指摘した僕に対して、彼はまた何か言い返そうとしたようだが、思いつかなかったらしい。僕を睨んで口をむぐむぐさせてから溜息を吐いた。
「とにかく、書庫に行こう。たしかあれは西に……」
僕たちは目的を忘れたわけではない。いくら怖かろうが、気味が悪かろうが、今の僕たちはドロースについて書かれたグリモワールを探さなくてはいけない。そもそもまだそれが確実にあるとは限らないが、書庫に行けば探すことはできるはずだ。
確かこの城の書庫は一階の西にあったはず。グリモワールを一つ一つ見るとなると時間がかかりそうだが、まぁ日暮れまでには見つかるだろう。それで見つからなかったら無いという認識でいいはず。
僕はすたすたと歩いて書庫へと向かう。サロモンは僕にぴったりくっつくようにしてついてきた。これは相当怖がっているなあと思いながら、僕は大量の肖像画の懸かった廊下を歩いていく。
「……エレオスは、ここに来たことがあるのか?」
サロモンは僕に質問した。彼が僕に興味をもってくれたんだろうか。最初なら悪魔のことなんて知りたくもないと突っぱねていただろうに、随分絆されてくれたものだ。そう密かに思案しながら、僕は頷いた。
「うん、一回だけね」
彼が怪訝そうに向ける視線を肌に感じながら、僕は一番新しい、といえどかなり年季の入った肖像画の前で足を止めた。それから怪訝そうな彼にちらっと目をやってからその肖像画を見つめる。
油絵で描かれた、痩せこけた男の絵。白髪交じりの髪を油で固めて、ぎらぎらと赤い目を光らせた彼は、いかにも性格の悪そうな顔をしている。不健康に色の薄い唇をへの字にして、彼は絵を見詰めている僕を見詰め返していた。
「彼はスクレット伯爵。この家に住んでいた吸血鬼の最後の末裔だった男だよ」
サロモンは僕の隣で同じように肖像画を見上げ、僕の説明を聞きながら不思議そうにしていた。少ししたあと、彼はもう一度口を開いて僕に質問した。
「もう亡くなってるのか?」
僕は軽くうーんと唸る。
「死んだといえば死んだ、生きているといえば生きている。……生きているとしたら、君のすぐそばでね」
僕がそう説明すると、彼は眉をひそめて僕を見やった。何を言っているのかわからないと言いたげな顔をしている。
「何を言っているのかわからない」
顔通りの言葉が彼の口から出た。それを面白く思いながら、ふっと笑みを漏らすと僕はその肖像画から離れる。
「分からないならそれでいいじゃないか。"好奇心は邪悪な欠点"って言うでしょ?」
この国の諺を挙げてそう説明すると、サロモンは不機嫌そうに肩をすくめた。
「そんな例えじゃ何も証明したことにならない」
同じように諺を返してきた彼に、やはり賢い子だなあと思いながら僕は書庫へ向かう。そうして西へと歩いた廊下の行き止まりで、重たそうな青い扉が僕たちの前に立ちはだかった。
「そう、ここだよ」
僕はそう口にしてから、書庫の扉を開いた。




