腹ごしらえだ、この悪魔!
「さーて、食事食事……軽いものでいいかなぁ」
僕はそう言いながらくるくると指を振るい、たっぷりの肉と野菜を挟んだサンドイッチを用意しようと決める。ぱっと宙に浮かぶようにして現れたそれを手に取ると、僕はそれを彼に差し出した。
「ありがとう。……エレオスは?」
お礼を口にしながら、彼はためらいがちに僕の作ったサンドイッチを受け取った。しかしそれを口に運ぶことはせず、あくまでも遠慮をにじませながら僕は食べないのかとばかりに問い返してきた。
けれどもちろん僕の主食は血だから、人間の食べるサンドイッチのような食べ物の一つや二つを食べたところでお腹は満たされない。
「僕の主食はあくまでも血なんだ。だから僕は君が栄養をとったあとの血を頂くよ。そのためにも、食べたいものがあるんならいくらでも言ってくれて構わないからね」
彼は不思議そうにしながらも小さく頷いた。それから小さくサンドイッチを一口食べた。
アルフのように大胆にひと口を食ったり欲のままに貪ったりするわけでないあたりにも、彼の両親の教育の良さを感じる。そんな両親に捨てられ見放されてもなお、親から教わったのだろうその振る舞いが染み付いているらしいのを見るとまた胸が熱くなる。
この弱々しい男の子は、ずっと父母の影を追いながら生き続けるんだろう。その父母が彼をいくら恨もうとも、彼が口先でなんと言おうとも、その心の奥底にはその両親が染み付いている。捨てきれないその一つ一つが彼をどんどん追い詰めていくんだろうと、彼の未来を想像するだけで笑みが漏れそうになる。
けれどそんな意地の悪い理由からくる笑みなんて浮かべたら彼は嫌がるだろうし、僕の品位にも関わる。僕はあくまでも、その食事の様子を暖かく見守っているだけだとばかりに穏やかな微笑みを顔に留めた。
「……悪魔は人間の魂を食べるんじゃないのか?」
彼が食事をする様子を見詰め、温かいスープや追加の食事、なんならデザートまでもが欲しかったりしないだろうかとその様子をうかがっていた。しかしサロモンの口から出たのはその中のどれをねだる言葉でもなく、そんな質問だった。
まあ、彼が知りたいんなら答えてあげてもいいだろうか。そう思うと少し黙ってから僕は頷いた。
「まぁ、基本的な悪魔には人間の魂はすごく美味しい主食だよ」
サロモンは口の中に残っているサンドイッチをごくりと飲み込んでから、好奇心の滲んだ目を僕に向けた。
「でもエレオスは血を主食にしてるんだろ?何でなんだ?」
何でもかんでも知りたがる小さい子みたいだ。そう思って僕は軽く笑って答える。
「僕は悪魔として人間の魂を食らってしまうのが申し訳なかったから、代わりに悪い吸血鬼を殺してその魂を食ったんだ。どうにかその魂を消化して、吸収して……僕は人間の血で生きていける悪魔になった」
サロモンはその話を聞いて眉をひそめた。
「悪魔が吸血鬼を食うって……とんだ話だな」
そう言う彼に僕はまた笑みを漏らしてしまう。
「どの種族の生き物だろうが、その気になれば何の魂でも食べられるんだ。天使だって神に言われないからやらないだけで、人間を食えるよ。でも僕たち悪魔にとって、天使と魔物は消化に悪くてね……。天使なら自分に食べると死ぬ毒の呪いをかけてたり、魔物だと食べられたとしても時々変な形質を受け継いじゃったりする時があるから、食べるのにはリスクがあるんだ」
そう説明してあげると、サロモンはもう一口サンドイッチを食べた。
ああ、僕もお腹が空いたなぁ。早く彼のお腹がいっぱいにならないかな。栄養がたっぷり流れる若い男の子の血潮。きっと美味しいんだろうなぁと思うと口の中で唾液がにじんだ。
「じゃあ、人間も悪魔や魔物の魂を食って強くなれるのか?」
サロモンは口にしたサンドイッチを飲み込みかけたまま質問した。僕は少し驚いたものの、実際そうではあるので頷いた。
「もちろん、できるにはできると思うよ。聞いたことはないけど。ただ、人間は弱いからね……魂を消化しきれないだろうから、どんなことになるかわからない」
彼は、ふぅんとつまらなそうな声を出してからサンドイッチを食べ終えた。何を考えているんだろう。そう僕が考えているうち、彼は僕にその首筋を晒した。
「飲むなら飲みなよ」
細い首筋だ。僕の力なら指だけで折れそう。そんなことを思ってしまうものの、それはおくびにも出さずに微笑み返す。
「じゃあ、頂くね」
僕は契約のとおり、その首筋に噛み付いてほんの少しの血を啜った。
ごく、ごく、ごく、と三回だけ喉を鳴らして、僕はその血を飲み切る。血を止めるべく傷口に舌をぐっと押し付けると、彼の身がこわばるのを感じた。僕はそっと体を離す。
「ごめんね、痛かったかな」
そう聞くと彼は僕に最初と同じような、噛み付くような目を向けてきた。
「痛くない、ボクはそんなに弱くない。馬鹿にするな」
ああ、強がりか。僕はそう悟ってふっとその言葉を笑ってしまった。まだまだ子供だ。いや、僕からしたら赤ちゃんと言ったっていいかもしれない。
そんな小馬鹿にしたような思案をやめられないまま、僕はとりあえずその言葉に頷く。
すると彼は不機嫌そうに僕から顔を背けた。
「今日は寝る。エレオスも休め。明日が決戦になるかもしれないんだ」
彼はそう言って、ベッドをねだるわけでもなく路地裏の片隅に腰を下ろした。そして、僕の与えた良質なコートが汚れるのも気にせずにその中で丸まった。
勿体ないなあと思いつつ、僕もとりあえず眠ることにする。汚れくらいなら後で落とせるし気にすることでもない。
そのあたりでつまらなそうに毛づくろいをしていたモナークを魔法で屋敷に帰してから、僕も路地裏の片隅に彼を真似て腰を下ろす。
「おやすみ、サロモン」
目を閉じていた彼は薄目を開けて、「ん」とだけ答えて目を閉じた。僕はそれに微笑んでから、同じように目を閉じた。




