一人にするなよ、この悪魔!
サロモンの肩に手を置いたまま、僕はクララの家に来たときと同じように転移魔法を用いた。たどり着いた場所はパリの路地裏。人気の少ない場所だ。
とにかく敵の名前は分かった。彼の父親だった霊が零したように、サロモンの敵はドロースという悪魔であるらしい。僕の仕事はその悪魔を殺して、彼のために復讐を果たしてあげることだ。
とはいえ彼の、いや、僕たちの敵である悪魔はどこにいるのか分からない。僕の知り合いというわけでもないし、僕と同じように魔法が使える悪魔となると話はややこしくなる。
転移魔法であちこちへ行くかもしれないし、証拠品もその気になれば魔法で消してしまえる。
さて、どうしたものかな。そう思って、僕は彼にアイデアを求めようと視線をやった。しかし、彼は相変わらず呆然としていた。
「あ〜〜もうっ、可愛いなぁ!そんなにショックだったんだね!大好きなパパとママに見捨てられちゃって……。
僕の前で"サロモン・レオナール・ブランだ!"って名乗ったときにはあんなに誇らしげな顔してたのにね。その名前すらもあげなきゃよかったとか言われて、本当に辛いよね……。もっと泣いてもいいんだよ?泣くの我慢してるのも痛ましくて可愛いけど……あっ待って、それとも泣けないくらい悲しいのかな?
こんなにちっちゃいのにしっかりラテン語も勉強してる上、悪魔に対する厳しい姿勢もしっかり敬虔だったのに、今じゃ尊敬するパパとママに言われちゃったもんね?お前悪魔の子だって!つらいよね、しんどいよね?ああっそんな姿が可愛くてしょうがないよサロモン……!」
と、(もちろん怒られるだろうから言わないけど)言いたくて仕方がない!本当になんて可愛いんだろう……!
ローマで助けた女の子も哀れだったし、アルフの幸せになりたいという切実な願いも確かに可愛かった。でもサロモンには敵わない。パパとママのために悪魔と契約したのに、そのパパとママに見放されたのだから!どれだけ可哀想なんだろう、どれだけ可愛いんだろう……。
僕はこうしてたまらなくキュンキュンしながら、彼のことを見つめていた。それからひとしきり内心で叫びきったあとで、あくまでも落ち着いた声音で声を掛けた。
「サロモン」
彼はようやくこちらに視線をやった。涙に濡れた瞳が僕を見つめて揺れる。今にも零れそうな涙を、そのきらきらした目玉ごと食べてしまいたい。僕はごくりと唾を飲み込んだ。
サロモンは、何気なく彼を呼び捨てにした僕に噛み付くこともなかった。そうして震える唇から、どうにか言葉を紡いだ。
「ボクは……パパとママに、す……捨てられたの……?」
不安げにその声が震える。
僕は彼の前にそっと屈んで、目を合わせるようにして微笑んだ。
「そうだよ」
僕が優しくそう告げると、彼の目から涙が溢れた。その憐れな姿がまた可愛らしくて仕方ない。
「ッじゃあ、じゃあボクは、何のために生きたらいいんだよ……!」
必死になりながら、彼は叫ぶように言い始めた。そんな憐れな姿を、追い詰められた彼をこの手で救ってあげたい。そう思って僕は彼の頭に手を置いた。
「サロモン。君の人生はパパとママのためにあるものでも、主のためにあるものでもないんだよ。親孝行や道徳は確かに大事かもしれないけど、それが全てじゃない。君はまだ子供だから分からないかもしれないけど、パパやママ以上に大切なものは見つかるものだ。僕もそうだったからね」
彼の目からは涙が溢れ続ける。強く僕を睨みつけるはずの眼光も弱々しくなってしまって、彼は本当に子供らしく肩を震わせて嗚咽を漏らしていた。
僕に涙を見られるのが恥ずかしいのか、彼は必死に俯いている。ぼたぼたと地面を濡らす涙を見つめながら、彼は何を思っているんだろう。その想像に僕はまた胸が熱くなった。
「お前も……って、どういう、ことだよ……」
彼は、嗚咽混じりの震える声で問い掛けてきた。僕は彼の頭に置いた手を一度離し、マントの内側からハンカチをとって彼に差し出した。
「お前じゃなくてエレオスって呼んでよ」
彼はぐすぐす言いながらハンカチを僕の手から取り、目元と鼻を拭った。
「え、……エレオス」
震える声がぽつりと、小さく僕の名前を呼んだ。




