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お慈悲をください、悪魔さま!  作者: 真坂凜子
花の都の逆十字
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地獄に落ちろ、この悪魔!

 ぬいぐるみたちは黙りこくっていた。重たい沈黙が僕たちの間に居座る。


「サロモン。私達は復讐なんて望んでいないんだよ」


 きつねのぬいぐるみは、なだめるようにそう述べた。優しい声で語るきつねに合わせて、猫のぬいぐるみも頷く。


「その悪魔は祓ってもらって、幸せに生きなさい」


 僕はぎょっとした。祓うって、突然召喚された上超絶優良契約をしてあげたのに祓われるということだろうか。それはあんまりだろう。そう思って首を横に振るものの、そもそもサロモンは僕に注意を向けていない。


「違う!パパとママが望んでなくても、ボクが……!」


 彼は必死になってそう話す。返事が来るまでの沈黙がやけに長かった。

 苦しげに必死な顔をして答えを待ちわびるサロモンの様子を見つめて、クララは猫のぬいぐるみをちっとも動かさないまま口にした。


「お前は悪魔に憑かれているわね、サロモン」


 とても冷たい言葉だった。その声は幼い少女の口から出るとは思えない、突き放すような響きを持っていた。

 サロモンはハッとした。呆然として、なんの言葉もないまま猫のぬいぐるみを見つめた。


「お前は悪魔の子だわ、私達の子ではない。主の名のもとに、今すぐに地獄へ堕ちなさい」


 人間の母親が、息子にはっきりと言えるような言葉ではないだろう。人間というのは、まだ幼いといえども数年間育ててきた子供をこんなふうに突き放せるものなのか。そう密かに興味深く思いながら、僕は彼を見つめた。

 僕が見つめた先の彼は、きつねのぬいぐるみを縋るように見つめていた。

 きつねのぬいぐるみは同じように彼の目を見つめ返した。


「サロモン・レオナール・ブラン。お前に私の名前を継がせたことは一番の間違いだったよ」


 きつねのぬいぐるみは他の言葉を話すときと同じように、優しく静かな口調でそう述べた。

 サロモンは、堪えきれずに目からぼろぼろと涙をこぼし始めた。しかし彼は何も言わない。

 そんな彼の様子を見つめて、きつねのぬいぐるみは繰り返した。


「お前は今や悪魔の子だ。私たちを殺したドロースやそこのエレオスと同等の、神に背く存在だ。……失望したよ、サロモン」


 そして、きつねのぬいぐるみも猫のぬいぐるみも動かなくなった。クララも、ころっと絨毯の上に寝転がって眠ってしまった。


 僕はそっとその体を抱き上げ、彼女をベッドに横たわらせた。彼女の身体に布団を掛け、艷やかな前髪を優しく撫でる。それから穏やかな寝顔を見守ったあとで、僕はサロモンに向き直った。

彼は、呆然自失といった様子でぬいぐるみを見つめていた。


「っパパ、ママ……」


 彼はとても苦しげに呟いた。それから床に手をついて、絨毯をぎゅうっと掴んだ。


「なんでだよ、なんで……っ!」


 そう言いながらぼろぼろと涙を、鼻水を垂らしている様子はとても憐れだった。


 彼は理不尽に父母を殺されて、しかもその父親と母親の復讐のために悪魔と契約さえした。牧師である父の血を引いているという誇りを捨ててまで、僕にその血を捧げると誓ってまで……。

 その結果、尊敬していた父母から真っ直ぐに見放され、父から受け継いだ名前への誇りも奪われた。愛する両親から、軽蔑しきっていた悪魔の子だとすら言われた。


 今の彼には何もない。誇りも、大切な人も、何もかも。ただあるのは、きっと絶望だけだろう。

 そんな姿が憐れで、可哀想で、気持ちが昂ぶった。堪らなく可愛らしくて、愛おしくて、胸がいっぱいになる感覚。今までにない幸福感と満足感。


ーああ、僕はきっとこの子のためなら何でもしてあげられる。


 そう直感するほどに、彼の可哀想な姿は可愛かった。


 僕は、彼の肩にそっと手を置いて微笑んだ。


「サロモン。……パリに帰ろう、一緒に復讐しに行こう」

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