ナメてんじゃねえ、この悪魔!
子供がそろそろまどろむ時間に、僕たちはスペインのとあるお家の中に到着した。
「感想は?」
「あっという間だった」
彼は僕の質問に素直に答えたかと思うと、すぐに繋いでいた手を離した。
「彼女のパパとママが起きちゃうと困るから、静かにしてね」
僕は唇に人差し指を当ててそう忠告する。彼は小さく頷いた。その表情はほんの少し暗かった。
慰めの言葉をかけようか悩んだものの、彼はきっとそれを望まない。むしろ嫌がるだろう。悪魔なんかに憐れまれる筋合いはないと冷たく言われるのがオチだ。
そう予想して、僕は何も言わずに子供部屋の扉をノックした。
トントントン、トントントン。
その六回のノックが僕たちの合図だ。
「うーん……?エル……?」
眠たそうな声がドア越しに聞こえる。
「こんばんは、クララ」
扉の中でベッドが可愛らしく軋む音を立てて、のろい足音がしたかと思うとドアが開いた。
眠たそうな顔の女の子―クララは、僕を見ると重たそうな瞼を動かしてぱちぱちと瞬きをした。そうしてから、お気に入りの愛称で僕を呼ぶ。
くるくるした茶色い髪にそばかすのある肌。黒く澄み渡るような目をした彼女は、きっと大きくなったら美人になる。
とにかく彼女は僕を認めるとにっこりと微笑み、小さい身体で抱きついてきた。
「会いたかったよ、エル!毎日ね、一生懸命起きてようとするんだけどエルが全然来ないから寂しかったの」
まだ眠たそうにとろとろした口調のまま、僕の足に抱きついた彼女はその思いの丈を語る。その様子が可愛らしくて、僕は軽くかがんでその頭を撫でた。
「こら、起きてようとしちゃだめだろ?ちゃーんとねんねしてないと僕は会いに来ないよ」
「やだ!ちゃんと寝るから会いにきて!」
彼女はそう言って、僕の足にぎゅうっと抱き着いた。
「それで、お嬢様。お部屋に入ってもいいですか?」
彼女の頭を撫でながら、彼女の好きなお嬢様ごっこの口ぶりで問い掛ける。
「いいですよ、お客さま!」
彼女は嬉しそうにして僕たちを招き入れた。
僕が後ろに立っているサロモンを見やって軽く目配せをすると、それに気づいたクララは僕の足に抱きつきながら訝しげにサロモンを見やった。
「だあれ?エルのおともだち?」
僕がサロモンを見やると、彼はその顔で“誰がこんな悪魔なんかと友達に……!”と全力で物語った。クララはすっかり怯えてしまったらしく、僕のスラックスをぎゅっと握りしめた。
さすがにサロモンもそれに気がついたのかハッとして、いかにも不満そうな顔を僕に向けてから軽くかがんだ。そうしてクララと目線を合わせると、彼は穏やかな口ぶりで話し始めた。
「ボクはサロモンっていうんだ。こんばんは、クララちゃん」
僕と話す時とでは全くもって大違いの口ぶりだ。優しいお兄ちゃんといったようなその雰囲気に、やっぱり少し寂しい気持ちになる。僕も仲良くなりたいのになぁ。
当のクララはまだ警戒した様子でいながらも、もじもじしながら首を傾けた。そのあとで彼女は僕の足をつんつんとつついた。それに合わせて僕が屈むと、彼女は僕の耳にこそこそと話し始める。
「サロモンくんも入っていいよ」
それが聞こえたらしいサロモンは、まだ恥ずかしそうに彼を見やるクララに微笑んだ。
「ありがとう、クララちゃん」
サロモンがそう言うと、クララは少し口元をきゅっとさせてから僕たちに先立って部屋の中に入って行った。




