調子に乗るなよ、この悪魔!
僕は彼の手をぱっと離してあげた。
そうすると、彼はしばらく沈黙したあとでその十字架を自分の手首に突き刺した。
皮膚を抉った十字架に沿って血が伝う。それが美味しそうで、僕は思わず唾を飲み込んだ。
「契約する。こっちの要求はパパとママの復讐だ。魂でも何でもくれてやるよ」
僕は少しきょとんとしてから微笑んだ。
「僕が要求するのは血だけだよ。魂はいらない。毎日少しずつ血をくれれば十分」
そう説明しながら、マントの内側から羊皮紙とテンプレートを取り出す。見たところ彼はアルフと比べてもまだまだ幼いし、ラテン語なんて分かりはしないだろう。鏡文字なんて尚更だ。
そう思いながら、アルフに使ってもらえなかったジョークたっぷりのテンプレートを差し出す。
「これを真似て書いて、ラテン語の鏡文字でサインをしてくれればいいよ」
そう伝えると、彼は眉をひそめながらそのテンプレートを見つめた。
せっかく作ったテンプレートだ、一回くらいこれで誰かと契約できないと悲しい。
「なんだよ、このふざけた内容……」
彼はそうぽつりと呟き、鏡文字を読みにくそうに見つめて首を傾げた。
「えっ、読めるの?」
僕は面食らってしまって、きょとんとした。しかしこの質問に、彼は寂しそうに目を伏せた。
「……パパが教えてくれた」
下手に傷をえぐってしまったようだ。申し訳ないことをしてしまったなあと思いながら僕は小さく頷く。
「とにかくすぐに書き上げる」
彼はそう言って、手早く指に血を絡ませながら羊皮紙に文字を書き込んだ。彼はテンプレートの文言を時々いかにも嫌そうに眉をひそめながら書き上げる。僕はちょっとばつが悪いというか、なんだか恥ずかしくなった。
彼はすぐにテンプレートの模写を終わらせ、一度自分の名前を通常のラテン文字で壁に書いてから、確かめるようにしつつ鏡文字のサインを書いた。
それから、いかにもよく分かっている様子で僕にその紙を差し出した。
「とっととサインしろ、悪魔」
悪魔と呼び捨てにされるのはなんだか寂しい。
これでも人間に優しくしているわけだし、たしかに悪魔ではあるけれどそこまではっきり悪魔と呼ばれるのは……。うーん、心の底から悪魔になってるつもりはないんだけどなぁ……。
そんなことを思いながら僕は眉を下げ、少し仲良くなろうとする。
「エレオスって呼んでくれないのかい?」
「断る。そんな義理はない」
ばっさり拒否された。
「残念だよ」
僕は苦笑いをしてから、自分もラテン語の鏡文字でサインをした。
羊皮紙には、濃く、赤黒く染まった血文字が刻み込まれた。
「復讐を果たすときまでだ。お前と仲良くする気はないからな」
彼はまだ敵対的な口調で述べる。
「僕は出来る限り仲良くなりたいけどなぁ」
「悪魔と仲良しになるくらいなら死んでやる」
幸先不安だと、僕は久々にそう感じた。




