お慈悲をください、悪魔さま!
丁度午前零時。僕の懐中時計がカチリと音を立てて、その短針で十二の数字を指した。
「あっ、時間だ」
僕はそう呟いてから二人を守っていた壁も何もかもを取り払った。アルフは、いや、魔女たちも呆然としている。
「契約満了です。今までありがとう、アルフくん」
「……は?」
「三日間、楽しかった?」
「えっ、待てよ。まだ俺魔女に狙われて……」
「聞こえなかったかな。契約はお、わ、り。君の幸せと僕の義務は無関係だよ」
僕はそう言うとマーガレットを痛めつけるための人形をぱっと消してしまった。彼に微笑むものの、彼は呆然としたままだ。
「じゃあ、俺……」
彼は周りの魔女を確認する。
彼がなにか言う前に僕はぱっと両手をあげて、彼から離れて近くの木の麓に移動した。
「僕は彼と契約していただけだよ。女の子をいじめる趣味なんてない。君たち魔女もよく知ってるでしょ?契約は絶対だから、彼の幸せのために働かなくちゃいけなかったんだ」
眉を下げてそう言うと、魔女たちは一斉に彼を見た。
「おい……おい!」
アルフは僕に抗議したいとばかりの目を向けた。
「文句があるなら彼にどうぞ」
僕は魔女たちにそう告げて微笑んだ。
魔女たちは口々に「許せない」「報復してやれ」「同じように苦しめろ」と叫び、彼を攻撃し始めた。彼がしたのと同様に、簡単には殺さないように、苦しめ続けた。
彼の悲鳴と魔女たちの罵声が入り混じって、聞き分けられないような騒音に変わる。
僕はその中をつかつかと歩いて、一部の魔女に囲まれたマーガレットに歩み寄った。
「大丈夫かい?痛かったでしょ」
そう言って手を差し出そうとすると、魔女たちは僕を睨みつけた。マーガレットも眉をひそめた。それから彼女は不愉快そうに、少し悲しそうにしながら目を伏せた。
「……ケーキスタンドに戻して売り飛ばすんでしょ」
僕は顎に手を当てる。
「うーん……そのつもりだったけど、別に解放してあげてもいいよ」
マーガレットは顔を上げ、目を丸くした。
「は?……なんでよ」
僕はにっこりしてみせた。
「生まれたての小悪魔なのにあれだけのことができて、その上魔女たちにも取り入ることができる君には才能があると思うよ。別に僕もお金が絶対に必要なわけじゃないし、魂を分けた使い魔なら他にいるからさ。……ほら」
僕はそう説明すると右腕を掲げてみせた。すると、そこに猫が現れる。後ろ脚が切られている代わりに、その切られた後ろ脚を尻尾に縫い付けて逆十字架の形にされている白猫だ。後ろ脚はないものの、まるでそれがあるかのように普通に下半身を浮遊させている。
「彼はモナーク。可愛いだろう?物好きな誰かがこうして殺して路地裏に捨てたらしいのを見つけちゃってね……可哀想だったから魂を分けてあげたんだ」
マーガレットはわけがわからないといった様子でモナークを見つめている。
「とにかく、使い魔には間に合ってる。君が自立したいんならそうすればいいよ。……魔女たちに魂を分けてもらったらいいんじゃないかな」
困惑した様子のままマーガレットは頷き、魔女たちも顔を見合わせてから狐につままれた様子で立ち上がった。その後、彼女たちは呼び寄せた悪霊の魂を囲い込んでいる柵の中から一つの魂をとってきた。
「あんたにもらった魂は返せばいい?」
マーガレットは一応とばかりに確認した。僕は頷く。
「うん、自立するんならあげた血は返してもらうよ」
そう言うとマーガレットは答える前に自分の手首を爪で切った。
「垂れるから早く」
マーガレットの言葉に頷き、その血を指ですくって舐めてしまう。ほんの少し欠けた魂がまた満たされるような気分だ。
マーガレットは代わりに、その悪霊の魂を食った。みるみるうちに彼女の髪の隙間から黒い角が生え、背中の服を破って黒い羽根が生える。
「おめでとう、マーガレット。君は今日から立派な悪魔だ。まだ下級だけどね。何にしても、祝福するよ。人間の魂が食べたくなるかもしれないけど、あんまり人間に意地悪しちゃだめだからね?彼らはか弱くて可愛い生き物なんだから!」
そう説教をすると、マーガレットは苦々しげな顔をした。
「はいはい、分かったから……さよなら」
彼女はまるで逃げるように羽根を羽ばたかせ、宙に浮いた。
僕にはそっけないくせに、魔女たちには笑顔で手を振って飛んでいった。
……なんか寂しい。
それから僕は、散々なぶられた末にボロボロのまま放置されたアルフに歩み寄った。
「大丈夫?」
一応生きてはいるようだ。虫の息だし、この怪我では一日も放置されたら死ぬだろう。
彼は僕を見て、目に涙を光らせた。
「ぁ……け……」
助けてと言いたいみたいだ。そんな彼の頬を涙が伝う。僕は顎に手を当てた。
「ごめん、気が向かないからその召喚はお断りするね」
アルフは口を開き、なにか言いたげな様子だ。が、声は出ない。
代わりに僕は彼の首元に触れた。
「僕、まだ君の血を十分もらってないんだ。契約内容は覚えてるよね?」
アルフは弱々しくも目を見開き、震えながらゆっくりと首を横に振ろうとした。
「やだなぁ、断るの?僕は君のために気が進まない暴力もしたのに……」
「た……たの……む……」
アルフは歪んだ顔で助けを求める。
「自業自得でしょ?」
僕はそう一言言ってから、彼の首に噛みついた。彼の喉がヒュッと鳴る。同時に、噛みついた傷口から血がぶしゃっと出てくる。
僕はそれをごくごくと飲み込み、噴き出す血が出てこなくなるまでしっかりと喉を潤した。
その血が止まった頃、僕はほんの少し赤くなった口元を白いハンカチを取り出して拭った。
「でも僕は優しいからさ……このまま痛がって死ぬのは可哀想だなあって思って頸動脈から血を飲んであげたんだよ。貧血から死ぬのは頭がくらくらしてあんまり辛くないでしょ?」
アルフは答えない。
「まあ……地獄生活、楽しんでね」
僕はそう告げて彼の頭を軽く撫でてから、笑顔で別れの挨拶を済ませた。




