守ってください、悪魔さま!
「不幸って、うーん……物理的にかな?」
時刻は午後十一時。僕は慣れないながらに女の子に暴力を振るうことになった。契約の内容上、彼女の不幸が幸せだって言うんなら応えないわけにはいかない。とはいえやっぱり他人に苦痛を与えるのにも色んな手段があるし、どうしたらいいんだろう。
取り敢えず手っ取り早いのは、物理的な攻撃だろうか。
彼女はあくまでも僕に服属する立場であるわけだし、その気になれば僕は彼女をいくらでも苦しめられる。今まではアルフとの契約が間にあったからそうできなかっただけで、アルフの考えが一転して彼女に苦しみを味わわせたいと言うんなら一応は容易いことだ。
僕は左手の人差し指と中指、親指を擦り寄せて手首をくるっと捻った。
彼女は魔女と話していたところで突然表情を歪めた。
「辛そうだな」
アルフはそんな彼女の様子を鼻で笑った。取り敢えずこれで正解なのかな。
僕は同じように手首をひねったり、左手をぎゅうっと握り締めたりした。その度に彼女は苦しみ、もがくような素振りをする。
「おい、どうしたんだい?呪いでもかけられてるのか!」
魔女たちはそんな彼女に目を丸くして声を掛けた。
「ぅ……ッぐ、え、エレオス……が……っ」
僕にやられていることには気付いたんだろう。苦しんで地面にへたり込みながら、彼女は辛そうな声のままでアルフを恨めしそうに見つめ、そう口にした。魔女たちはその言葉を聞き取ろうとして耳を彼女に寄せた。
そのうち、彼女の話を聞いていた中で一人の魔女がこちらに杖を向けた。蛇を引き伸ばして凍らせたような悪趣味なデザインの杖だ。
「カタコーキノス!」
赤い閃光が凍らされた蛇の目玉から飛び出した。
「おっと」
閃光が直撃したかと思うと、透明になる魔法が解かれてしまった。僕の姿は丸見えだ。
彼女を苦しめてアルフを幸せにするという契約のためにも手首はひねったまま、僕は両手をあげてみせた。しばらくその場に沈黙が流れる。
「うーん、たしかにマーガレットより階級の高そうな悪魔じゃないか」
魔女のうちの一人は顎に手を当てて、まるで品定めでもするように言った。
「で、これがあんたのことを服従させていて、このままだと殺されるって言うのかい」
他の一人がマーガレットを見遣って問い掛けた。彼女は何度も頷く。
「あんな質問に頷く余裕があんならまだまだだよな、エレオス。もっと締めてやれよ」
アルフは腕を組んでそう言い出す。僕は肩をすくめた。
「こういう契約なんだよ。彼の幸せが"マーガレットの不幸"に変わったんだ。生まれたての小悪魔にしては良い悪巧みだったけど、ちょっと詰めが甘かったかもね」
マーガレットにそう伝えて、この方がやりやすいかと思うと一つの人形を手の中にこしらえる。
彼女と感覚を共有させるちょっとした魔法を掛けて、僕はまずその右足を掴んでひねった。
「うあああああっ!!」
マーガレットは劈くように叫ぶ。アルフは眉をひそめた。
「ちょっとうるさくないか?口塞いでやれよ。喉掻っ切るんでもいいし」
んー、と曖昧に声を出して彼に答えてから、僕は人形の首をぎゅっと指でつまんだ。
「そのまま殺すなよ、気絶させんのもなしだからな」
アルフがそう言うのに僕は片方の眉を軽く上げ、適当な加減をしながら他のところにも的確に痛みを与えた。
「ちょっと……やり過ぎなんじゃないかい?」
魔女も引き気味だ。
「そうよ、さすがに可哀想だわ。止めてやりましょう」
「そもそもあたしたちのサバトに勝手に入ってきて何をしてくれてるんだか!」
他の魔女も口々に言い始めたので、僕は彼にちらっと視線をやった。
「多分攻撃されるから、僕から離れちゃ駄目だよ」
アルフは怯えた様子すら見せなかった。ふっとその言葉を笑って、眉を上げてみせた。それから、余裕たっぷりに目を閉じた。
「信用してるぜ、エレオス」
__その言葉と同時に、魔女たちは襲いかかってきた。
一人の魔女は僕たちの上に雷を落とそうとする。僕は手をくるっと回して、普通の雨の日にするように黒く大きい傘を開いた。
別の魔女は地面を割って僕たちをその割れ目に落とそうとしたらしい。今度は割れる直前の地面をとんと踵で叩き、分厚いガラスの床を作った。
他の魔女は僕たちを焼こうと炎を吹きかけてきた。すかさずマントを翻し、闘牛でもするようにそれをかわした。
「このまま眠れるんじゃねえの?」
アルフはまだ目を閉じたまま笑って言った。
「お望みならどうぞ?時間になったら起こすよ」
「いやいや、さすがに本気で寝るわけないじゃん」
アルフの声色は楽しそうだ。こうして彼を守るうちにも、僕はマーガレットを虐げ続けた。
彼女のそばでその様子を見守り、僕の魔法を解こうとする魔女たちの姿が見える。
彼女は僕に服属した存在なのだ。その魂でも変えない限り、僕のこの魔法から逃げられはしないだろう。そもそも今はそんな余裕もないだろうし。
片手間に時計を見ると、気がつけばもう十一時五十分。
僕は残りの十分をどう凌ごうかと、それについてぼんやり思案していた。




