第十八話裏 ハーフエルフのムウ
にわかに信じがたい話よね。
500歳越えのハーフエルフが只人のために命を賭けているなんて。
押し寄せるルナティックウルフの大群。
人間の背丈ほどの巨大な狼は四白眼を血走らせ、私たちの喉笛を狙って飛びかかってくる。
一緒に戦っていたライとリュリュは既に戦える状態ではなく、私は防御魔術で彼女らを庇いつつ1人抗戦していた。
「ムウさんっ!
早く逃げて下さい!
あなただけならできるでしょうっ!」
「そうですよ!
逃げて、ハイジとエルルを救ってあげて下さい!」
良い子たち……
でもね、私はあなた達に気遣ってもらって良いような人間じゃないの。
あなた達を守ろうとしているのも自分の身がかわいいから。
右手に魔力を充填しながら左手で魔力の防壁を張る。
魔術の同時使用は超高等技術。
数百年の鍛錬と私に流れるエルフの血が可能にしてくれた私の存在証明。
ルナティックウルフの猛攻もしばらくは凌げる……けど、手詰まりね。
魔力が尽きた瞬間、穴の空いた船のように私とライとリュリュは呑み込まれる。
そうなったら捕まっているハイジとエルルはどうなるの?
どうして……何百年もいつ死んでも構わないと思っていたのに、こんな時に限って未練が生まれるの!
◇◆◇
耳の短いエルフの子は異種族との密通の証。
おかげで里にいる間は母共々肩身の狭い暮らしを強いられていた。
母がたったの300歳で亡くなった時、私は60歳を回ったくらいで右も左も分からない幼女。
そんな私でも居るのが耐えられないくらい母のいなくなった里は居場所がなくて、夜逃げするように出て行った。
幸い魔術の才は並のエルフと比べても優れていたし、豊かな森や川ははぐれハーフエルフが一人で悠々と生きていくには困らないほど恵みで溢れていた。
それでも一人の寂しさというものはなかなかに耐え難く、同じようなはぐれエルフや魔族で気が合う人と一緒に暮らしたり、別れたりを繰り返しながら無軌道に生きて……辿り着いたのがフェブリアル自治区。
突如、魔族領近くにできた只人の女の子だけの街。
私からすれば赤ん坊のような子供たちが開拓者を名乗って暮らしているのは微笑ましくも危なっかしくて、放っておけなかった。
だから少しでも力になろうと、はぐれのハーフエルフとして冒険者に登録し、彼女たちとともに生きることを選んだ。
加入したパーティの名前はムーンベルト。
決して才能溢れる子たちというわけじゃなかったけれど、みんな仲良くて新入りの私もすぐに打ち解けられた。
他のパーティの子達が突出して強かった私を引き抜こうと誘いに来たことはたくさんあったけれど、乗ることはなかった。
沢山の人が住む街の中で心の通じ合った仲間と生きていくのはそれまでに感じたことのない安心感があった。
当然、長命の私は幼き彼女たちよりも長く生きてしまうとわかっている。
それでも、日々穏やかに彼女達の成長を見守りながら生きていければ、きっとそれだけで良かったのに……
◇◆◇
「ムウさん!? しっかりして!!」
呆けていた私をリュリュが叩き起こす。
気づけば、頭から血が流れている。
どうやら攻撃をくらって意識を飛ばしていたようだ。
「走馬灯が見えたみたい……
長くないわね」
私は手のひらについた血を拭って呟いた。
残りのルナティックウルフは20頭、しかも密集している。
最後に命懸けで最大の魔術を放てばここにいる半分以上を道連れにできると思う。
そうなればライとリュリュを逃すこともできるかもしれない!
意を決して魔力を練り始めたのだが、
「うわあああ!! ムーンベルトの特攻隊長、牛殺しのライをなめんなあああ!!」
「私だって! ムウさんにこの1年間ずっと魔術の訓練を受けてたんだから!!」
ライとリュリュが私を庇うようにルナティックウルフに向かっていく。
「違う! それじゃダメなの!」
あなた達が邪魔で魔術が打てない!
と、叫ぶ前にライとリュリュが攻撃を受けて武器を取り落とした。
さらにルナティックウルフの巨体に押し倒され、地に伏せる。
嫌だ……また、私一人が取り残される。
二人が死んだら戦う理由がなくなる。
臆病な私は逃げてしまう。
そうなったらきっと止まらない……
ハイジとエルルを見殺しにしてフェブリアルから離れ、また一人で生きていくことになる。
次は何十年か何百年か……
仲間といる喜びを知ってしまった私はきっと仲間を失った痛みや孤独に耐えられそうもない。
「ああ……誰か……誰か助けてぇ」
涙をこぼしながら、祈るように呟いた————瞬間だった。
「【エンジ流剣殺法――交響剣二番…………『春の花嵐』】」
少女の声が私の頭上を通過していく。
幻聴にも思えるくらい柔らかい声と共に小さな影がライとリュリュの元に降り立つと同時に————光が爆ぜた。
突如嵐がその場で産まれたかのようにルナティックウルフの群れが空に打ち上げられ、斬り刻まれる。
先程、光の爆発に見えたのは全て月光を映した剣の斬撃。
爆発と見間違えるほどの何十もの剣筋が瞬時に生まれるということはそれだけ速く、速いということは力強い斬撃。
打ち上げられたルナティックウルフは全身を切断され、地面に転がった。
しかも一瞬で……4頭も!?
「いち、にぃ……さんっ!
良かったです。
全員生きていますね」
先程起こった惨劇が嘘のように穏やかな声が耳朶を打つ。
月明かりに照らされた愛らしい童女が私に微笑みかけた。




