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 その女の子はどこにでも居るような子だった。可愛らしく、しかし特出しているわけでもなく幼い頃は誰にでも笑顔を振りまいていた。そして自我が発達し承認欲求が大きくなった。大きくなったと言っても他者を貶めることなく自己を高めることで得ていた。そんな彼女にも親友がいた。学校以外では、常に一緒で学校でも一番距離が近かった。誰よりも信頼していた。親友は彼女の心を理解していた。


 女は人から褒められるのが好きだった。


 女は人から賛辞されるのが好きだった。


 女は人から好かれるのが好きだった。


 女は人から持て囃されるのが好きだった。


 女は人から妬まれるのが好きだった。


 女は人から嫉まれるのが好きだった。


 女は人から見下されるのが嫌いだった。


 女は人から哀れまれるのが嫌いだった。


 女は人から貶されるのが嫌いだった。


 女は人から嘲笑われるのが嫌いだった。


 女は人から同調されるのが心地よかった。


 女は人がそばに居ると安心した。


 女は人と手を繋ぐことが好きだった。


 その全てを理解または、知っていた。そして全てを自分に求めていないことも分かった。あくまで自然体で仲を育んでいた。良好な関係だった。傍から見ていても。しかしいつの日から


 女の手は常に空っぽだった。


 翌朝、鏡が教室に入ると冷たい視線がたくさん刺さる。氷の冷たさと違う人の冷たさは心を凍らせてしまう。鏡は自業自得と自分に言い聞かせて心を保つ。

 自分の席へと静かに座る。前を向くと早苗の背中が見える。何も感じない。早苗からは何一つ。


「早苗ー。おはようー。」


 棒付きの飴を咥えた雛が早苗への元へと近づいてくる。昨日と変わらない顔だ。暫く早苗と駄弁っていると目が合う。


「あ、鏡くんもおはようー。」


 クラス中の意識が鏡へと集まる。あからさまな視線は教室に入っていた時よりは少ない。けれでも意識が一層向けられている。居心地が悪いことこの上ない。


「鏡くん来てたんだ!気づかなかったよー!」


 弾けるような笑顔で振り向いてくる早苗。なんとも言えない薄ら寒いものが鏡を襲う。


「ねぇ鏡くん反省した?」


 鏡の机に体を乗り出し目を細めて蠱惑的な声を出してくる。耳から脳に蜂蜜を入れられている気分になる。甘い、甘いが気持ち悪い。


「反省、した?」


 再度反省したと訊いてくる。


 反省って昨日の球技大会のことか。もちろん反省はしていない。悪いとは思っているが後悔なんてしていないし、酷いと言われても大して傷ついてもいない。素直にしてない、と答えようと口を開くと鋭い視線が鏡を射抜く。それは雛のもので、目で反省したと言えと訴えてくる。仕方なく。


「は、反省した……。」


 嘘をつくのは嫌だが後がなんとも恐ろしいことになる予感がしたのでなんとか言葉を振り絞った。声が少し震え、尻すぼみになったが反省したように見えたのか早苗は満足そうな顔を浮かべる。


「そっか!よかったよかった。そういえば鏡くんはいつになったら下の名前で呼んでくれるのかな?」

「あー、それはまあ……おいおい。まだ恥ずかしいから、さ?」


 恥ずかしさなんてもちろんあるわけが無い。いや、ある種あるかもしれない。下の名前で呼んだ瞬間取り返しのきかない事になり呑み込まれる気がする。それはたいそう情けなく恥ずかしいことだと警戒が鳴り響く。


「くすくす。恥ずかしいだって。恥ずかしいなら慣れればいいんだよ。だから、ほら呼んでみよう。」


 有無を言わせない。いつものより数段上の推しの強さに鏡は完全押されていた。


「早苗ー。そんな無理させたら可愛そうだよー。そんな急がなくてもいいじゃん。じっくりゆっくり育んでいこうじゃん。ま、何を育むかは私知らないけど。」


 程々にね、と言い残して席へと戻った。雛のおかげかまた今度と、早苗は一旦諦めた。鏡は安堵の息を吐く。しかし完全にロックオンされてしまっている状況は最悪であり、早急になんとかしなければと事態の好転を急ぐことを決意した。


 一方吹雪は授業中でも頭を悩ませていた。

 昨夜なんとか黒桐の耄碌じじいである黒桐滝から皇の《精霊器》について聞き出した。まさか教えて貰えるとは思わず内心喜んでいたが聞かされた内容は喜んでいいのか迷うものだった。


 ――先祖代々の皇の精霊使いの精霊の加護がついているって聞いたことないわよ。


 滝からはこれを皇に教えたのは吹雪が初めてだと。そもそもこの内容についても滝の祖父から聞かされたものだと。今後藤白がまた現れることなんてないと思っていたが鏡が本格的に吹雪の騎士として《精霊器》を渡された時からいつか話そうとは思っていたと。


 鏡に全て話すべきか迷ってしまう。いらぬことを教えて負担となっては意味が無い。鏡には鏡らしくのびのびと隣に傍にいて欲しい。それに先祖代々の加護ついていると分かったがそれがどういう影響を及ぼすかは未知であり、滝も分かっていなかった。


 ――――ああ、そうだ。希樹早苗についても調べないと。それと神足学園との交流会の内容と日程の確認。先方との打ち合わせをしないと。


 今後の予定をぐるぐると考えて吹雪は忘れていた。


「――さん!――吹雪さん!」


 今は授業中だということを。何度か呼ばれていたのだが思考で埋まっていた頭は先生の声がかなり大きくなって初めて気づく。


「皇吹雪さん!」

「――は、はい!」


 教員の何度目かの呼び声でようやく返事をする。


「珍しいですね皇さん、あなたが授業中ぼーっとするとはっ――て顔色が良くありませんね。」


 吹雪は頭を傾げてしまう。吹雪は自分では気づいていないが顔が青く、目の下に隈が出来ている。昨日滝の話は夜遅くまで続いたのだ。そこから自宅に帰り家の書斎の本から《精霊器》と皇家、それに藤白に関して調べていた。結果は芳しくなかったが。

 結局の所吹雪はあまり寝ていおらず、それまで神経をすり減らしていたのだ。


「自覚がないようですね。保健室に行ってください。あ、拒否はダメですので。」


 あまり働かない頭だったが保健室に行かなければならないことは分かった。

 吹雪の様子に静は不安そうな顔をしながら盗み見る。誰に気づかれることなくポケットからスマートフォンを取り出してある人物に連絡をする。

 静が文字を打っている最中に吹雪はしっかりした足取りでしかしどこか覇気のない状態で保健室に辿り着く。


「あら、皇さん。どこか具合が悪いのかしらって聞かなくてもその顔を見れば分かるわ。とりあえずベットに横になりなさい。」


 有無を言わさない声。もとより吹雪に逆らう力はなく大人しくベッドに入る。

 祥子は吹雪が横になると優しく布団を掛ける。


「ゆっくり寝ていなさい。一時間目が終わったら起こすからね。」


 その言葉に従い瞼を閉じる。眠気が襲うとかではなく気絶するかのように意識は途切れ寝てしまった。




 近くから誰かの声がする。


「――――それで、吹雪の寝不足に心当たりがあるってどういうことだ?」

「昨日曾お祖父様に訪ねてきたんだよ。お前も分かるだろ。あの人と相対するだけで精神持ってかれるって。」

「だとしてもそれだけで寝不足になるのか?」


 うっすらと覚醒した中で聞こえてきた二つの声は慣れ親しんだ声で安心感を覚える。少しだけ目を開けると右手に静、左手に鏡がベッドを挟み座っていた。


「あ、起きた。吹雪大丈夫?」

「もう少し寝ていても大丈夫だと思うぞ。」


 こちらを心配そうに見る二人に申し訳なさが立つ。


「大丈夫よ。寝たから頭はだいぶ冴えているわ。」


 そう言いながら上半身を起こす。


「皇さん起きたのね。どこかおかしな所とかないかしら。」


 吹雪が起きたのに気づき祥子がベッドへと寄ってくる。


「問題ないです。ありがとうございます。」

「いいわよ。仕事だから。原因は寝不足ね、やっぱり。寝る前と比べて顔がスッキリしているわ。授業には戻れそう?無理だったら親御さんを呼ぶか、自分で帰っても構わないわよ。」

「二限目から出ます。」


 ベッドから下りて制服の皺を伸ばす。


「本当に大丈夫か?」

「鏡は心配性ね。問題ないわよ。午後から球技大会で授業はないのだから。さ、教室に行きましょう。あんまり時間ないでしょ。」


 吹雪の言う通り時計を見ると二限まで五分を切っていた。慌てて三人は保健室から出た。鏡は二限が移動教室というので走って先に行ってしまった。残った二人は慌てることなく教室へと向かう。


「滝お爺様から何を聞いたんだ。」

「別に皇の《精霊器》についてよ。」


 その言葉に静の顔が曇る。どうも触れられたくない物だったみたいだ。


「あとは過去の栄光と怨嗟をひたすら聞かされたわ。人の恨み言ばかり聞いてたらそれは体調もくずすわよね。」

「相変わらず滝お爺様は……。」

「それで、静は知っていたの。皇の《精霊器》に関しては。」


 隣を歩く静を横目で睨む。逃がす気はないと静は観念する。


「知っていた。でも元から精霊の加護を受けれない鏡にとってはプラスだと思っていた。それに藤白と認められてしまったんだ。もうどうしようもない。」

「藤白ねぇ。滝お爺様はご丁寧にそれに関しても喋ってくれたわよ。恨み言も添えてね。」


 どちらかと言えば恨み言の方がメインだったが。


「藤白は皇が騎士として、黒桐が認めればなるものってどうして黒桐に認められなきゃいけないのかは甚だ疑問だけれど鏡はどうして藤白と認められたのかしら。いえ、答えなくていいわ。静は知らないのでしょう。決めたのは蓮見はすみおじいちゃんでしょうし。」


 静は口を開かなかった。確かに鏡を藤白と呼び始めたのは静の祖父である蓮見であり、そしてそれは一回きりで鏡は忘れているが黒桐の者にとってはその一回が大事なのであった。たとえ鏡が精霊との相性が悪く、吹雪の枷になる恐れがあろうとしても。

 最初は鏡は相応しくないという空気が漂っていたが鏡のことを調べ、知るにつれて満場一致で相応しいという結論に落ち着いたのだ。


「私は鏡を藤白とは思っていないわ。いくら伝統や格式を大事にする《御三家》《七色》であっても鏡は鏡よ。」


 その言葉を聞いてそれが鏡を藤白にしているんだと心の中で呟くしかなかった。


 球技大会最終日は特に何事もなく終わって行った。鏡は放課後学校近くのファミレスで人を待っていた。


「ごめん。僕から呼んでおいて待たせちゃって。」


 金色の髪を靡かせて現れたの真だった。鏡の向かいに座る。待っていたのは真その人だ。


「いえ、別に五分程度なので。何か頼みますか?」


 メニューを真に差し出す。


「そうだね。あまり多くは食べることは出来ないからサラダと飲み物でいいかな。鏡くんは?」

「俺はケーキと飲み物で。」

「おっけー。じゃあ店員を呼ぶね。」


 呼び鈴を押すとお客が少ないこともあってかすぐに来る。注文を済ますと真はこちらを向く。


「鏡くん。今日吹雪が早退したって本当かい?」


 鏡は合点がいった。突然に呼び出された理由がはっきりしたからだ。ただ単に吹雪が心配でその事について鏡に訊ねにきたのだ。


「黒桐は大丈夫、関係ないって何も教えてくれなくて……。」


 静……言い方ってものがあるだろう。

 鏡は頭を抱えそうになった。

 吹雪は結局二限を出た後家に帰った。静が無理矢理帰したと。静が聞き出した所食欲が朝からずっと無いらしく静が怒りながら帰した。


「それで吹雪は本当に大丈夫なんだよね?」


 頼りない顔で訊ねてくる。

 ああ、この人吹雪のことが好きなんだな、と鏡は頭の片隅に浮かんでいた。


「はい。大丈夫ですよ。暇で筋トレしてるって連絡がきましたし。」

「筋……トレ……?いや、大丈夫ならいいんだ。そっか、よかったあ。」


 安堵から緩み切った顔を浮かべる。蕩けたような顔に見えないこともなくちょうど料理と飲み物を運んできた女性の店員が目を奪われている。


「ありがとうございます。」


 料理を運んできた店員の顔を見てお礼を述べてしまった真。店員は顔を赤く染めてそそくさと戻っていってしまった。

 顔が良いというのは恐ろしいなとつまらないことを思う。


「もし今後も吹雪に何かあったら教えてくれないかい?吹雪って案外抱えて溜め込んじゃうから。でもそういうことを教えるのはもちろん悟らせることもさせてくれないから。鏡くんだけだよ。吹雪がなんでも言うのは。」


 鏡としてはそうだろうかと首を傾げた。吹雪はなんでもは言わない。あいつは多分誰にも言わない。だから俺は倒れてきた時支えることぐらいしか出来ない。


「別に俺にも言いませんよ。ただ俺に対してちょっと乱暴なぐらいですよ。」


 吹雪の対応を見ていると明らかに俺に対してちょっと粗暴な気がする。

 少し拗ねた風に言う鏡を見て真が小さく笑う。手で口を隠すように抑えるととても小さな声で


 すごく羨ましい。その声は鏡には届かなかった。



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