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「さて、希樹さんを元に戻すってことになったけど新保さん。最後に希樹さんの魅了の精霊を見たのっていつ?」
あの後、新保さんは泣いてしまった。暫くして泣き止んで落ち着いてきたので新保さんから色々訊ねてみたい。
「最後っていうか最初っていうか一回きりなのその精霊を見たの。」
「どんな姿をしていたか覚えている?」
雛は腕を組んで目を閉じて唸る。必死に思い出そうとしている。
「うーん……ごめん。思い出せない。」
結果はこの通り。見た目に関しては情報は無し。
「そっか。それならもし出来たらなんだけど希樹さんの魅了の精霊の姿をなんとか見てくれないかな?」
鏡は話を聞いた時あることを思い出した。今日の吹雪のクラスとの試合の終わった後、早苗の周りに現れたもや。あのもやは思い出すと《毒》に犯された精霊にまとわりついているものと同じだった。
「うん。わかった。早苗の魅了の精霊の姿を見てくればいいんだね。」
「頼んだ。あ、でも無理はしないでくれ。」
「だいじょーぶ。自分の身くらい自分で守れるから。」
ウィンクをしながら飴の消えた棒をゴミ箱に投げ入れた。
「なあ、そろそろ体育館に言った方がいいんじゃね。」
元気が久しぶりに口を開いた。その言葉に雛と鏡がはっとする。
「そうだった行かないとじゃん。私と藤川くんと一緒にいると変に勘ぐられるかもしれないから先行くねー。」
ひらりと手を振ってあっさりと教室を出て行ってしまう。
「鏡。お前いいのか?」
鏡が体育館に行こうとした所で元気に呼び止められてしまう。
いいのかって新保さんを助けることだろうか。
「別にいいよ。友達を助けたいっていう気持ちは分かる。それに希樹さんに目をつけられている状況を打破出来るかもしれないし。」
構わないんだ。ただ助けたいだけなんだ。
そう付け加えると元気に渋い顔をされながら「自己犠牲か?」と言われて首を振る。
「違う。自己満足だ。」
助けたいっていう思いを手伝う。ただ自分がしたいだけで別に新保さんを哀れんだ訳でもない。可哀想に思った訳でもない。まして自分を犠牲にするつもりなんて毛頭ない。ただ自己の思いにしたがっただけ。
「それならいいけどさ。もしお前が危ない目に合うようだったら無理に止めるからな。」
厳しい目で告げられる。有言実行を嫌でも感じてしまう。
「なら危ない目に合いそうになったら隠れて助けるしかないな。」
「おい!」
「ははは!冗談だって。そろそろ信治の応援に行こう。また応援に行かなかったら何言われるか分からないからな。」
「はあ、まったく……。」
鏡が笑顔で教室を出て行く。その後を呆れながら元気も続いていく。
二人は試合が始まるギリギリに応援席に座ることが出来た。男子の一回戦の相手は一年生。クラスメイトは誰もが勝てるだろうっと思っていた。結果は特に接戦となる訳でもなく安定した勝利を得た。
「普通に勝ったな。後で信治におめでとうって労うか。」
「そうだな。あ、この後教室に戻るのか?」
「まあ、次の試合まで時間あるしな。なんだ、この次皇さんの試合があるのか?」
「うん。だから戻るなら先に戻っててくれ。」
他の人が立ち上がる中鏡は体育館のコートを見下ろしながら言う。
「ふーん。そっか。」
そう言って元気は立ち上がらない。それに気づいた鏡は元気の方を見て目を瞬かせる。
「全く知らない仲って訳でもないし鏡を置いてくなんて可愛そうだしなー。お前全然友達いないし。」
人の悪い笑みを浮かべるが不思議と嫌な気分はしない。けど友達がいないは余計だ。元気と信治に静に真さん、吹雪だっている。
頭の中でこの学校での友達を数えそこで気づいた。友達があまりいないことに。その事に気づいた鏡は見るからに落ち込んでしまう。
「ご、ごめん鏡!傷つけるつもりはなかったんだ!ほんの冗談だ!」
鏡の落ち込んだ様子に慌てて謝りを入れてくる。元気の慌てた様子に鏡は笑いそうになってしまう。別に元気のせいじゃなくて自分で数えて落ち込んだだけなのに。
「ぷっ……。」
思わず笑いが漏れてしまう。それは元気の耳に確かに届いてしまう。
「鏡〜!いや、でも友達いないってのは悪かった。考えたら今年来たばっかだしな。地元の友達と離れて寂しいとかないの?」
「あいつらか……寂しい、ねぇ……。」
元気に問われて地元で特に仲の良かった五人のことを思い出す。
鏡の育った村は小さな所で子供が少なかった。鏡と同い年が特に仲の良かった四人で下は一人、そこから二つ飛ばして三人。と言った感じで子供がいない年も普通にある。なので四人もいる鏡の年は村では年の瀬に大手を上げて祝われた。
四人とも元気かな。いや、あの四人は俺がいなくても特に変わりなく元気にしてるな。
仲の良かった四人のことは吹雪に次いで信頼を置いている。幼い頃からずっと一緒だったのだ。年季が違う。離れたぐらいで寂しいという感情は湧いてこない。
「ないな。あいつらもどうせ特にそんなこと思ってないだろうし。それに元気に信治、吹雪がいるから楽しいよ。」
そう答えた横顔はとても穏やかで元気は安心した。
「あ、皇さんのクラスが入ってきた。」
元気がそう言うやいなや大きな声援が飛び始める。
吹雪の人気具合に呆れてしまう。
両チームがコートに構え始める。ホイッスルの音が体育館に響く。確か吹雪の相手は三年生だったはず。上級生相手に勝てるか少し不安に思ってしまうがそれは杞憂に終わることになる。ボールが上がりサーブが打たれ試合が本格的に始まった。
試合は圧勝、とはいかなかったが相手にリードを許すことなく勝ってしまった。その後ちょうど信治の試合だったので応援しに行ったが負けてしまった。
男子の優勝は三年生となり、女子はまさかの吹雪のクラス。全部の試合に行ったが優勝するとは思わなかった。決勝戦は接戦で一プレーが長い長い。どっちのチームも傍目から分かるほど汗だくでどっちが勝ってもおかしくなかった。最後は吹雪の綺麗なスパイクで決まった。
吹雪の試合が終わるとすぐ鏡は席から立ち上がり体育館から出た。少し離れたところでスマートフォンを取り出して吹雪に優勝おめでとうという内容と放課後話しがしたいとういう旨をメッセージで送った。送り終えるとポケットにしまい、教室へと戻る。先生からの連絡事項を聞き、各々が帰る支度をする頃スマートフォンにメッセージが届いていた。吹雪からのだった。
『応援ありがとう。鏡が全部の応援に来ていたの気づいていたわ。優勝出来たのは鏡のおかげかもね。それと話ってメッセージじゃ出来ないようなことってことでいいのかしら?それなら四時に生徒会室に来てちょうだい。あそこは防音になっているから。待ってるわ。』
『ありがとう吹雪。四時に生徒会室だな。』
スマートフォンをしまい教室に掛けられている時計を見る。針は三時半を指していた。元気と信治に挨拶をして鏡は時間潰しのため図書館に向かった。
放課後、生徒会の会議が終わった生徒会室に男女が二人向かい合って座っている。男女と言ったが正確に言えば女子と男装した女子が二人だ。
「それで、話したいことって何かしら?」
吹雪はとくに背負った様子もなく口を開く。
対する鏡は少し居心地が悪かった。生徒会室は用もなければ来ないところ。地元の中学、高校と生徒会役員になったことの無い鏡にとっては無縁の場所であり、同時に近寄り難い場所であった。
「えーと俺のクラスメイトのことなんだけど希樹早苗って知ってるか?」
一先ず早苗のことを訊ねてみる。もしかしたら知っているかもしれないからだ。
「希樹早苗……うーん、心当たりはないわね。」
案の定知らないみたいだ。知らなかったとしても問題は無い。
「突然どうしたのよ。もしかして変な事にでも巻き込まれたりしたの?まさか、いじめとかあったの?」
不安な目を鏡へと向ける。
「いや、そうじゃなくて。うーん、ちょっと気になることがあって。」
鏡は先程の教室での出来事を話した。雛から教えられた早苗が魅了の精霊と契約してからおかしくなったこと。それと鏡が一瞬だけ見た黒いもやについて。一通り話し終えると吹雪は難しい顔をした。
「その黒いもやって――――。」
「ああ、あの《毒》に犯されている精霊にまとわりついているものとまったく同じだった。」
吹雪が何を言いたいのか察して肯定する。見えたのは本当に一瞬だったが間違いない。黒く淀んだ気味の悪いもや。見ていて気持ちの良いものでは無いもの。
「契約している精霊に《毒》、ね……。私も初めて聞くわ。正直本当のこととは思えない。けれど、もし本当に《毒》に犯されているのと契約しているとしたら最低でも《毒》が現れたのはここ最近のことじゃなくて三年以上前にはあったということ……。」
顎に手を当てて深刻な顔をして唸る。《毒》が現れたのはここ一年ほどのことで今回の早苗の件は契約したのが中学でおかしくなったのも同時期。《毒》の影響でおかしくなったと勘ぐってしまう。そうなると《毒》その時からあるということになり《毒》に関して調査をしている《御三家》の一員として吹雪は無視は出来なくなる。
「うむむ。これだけじゃ判断できないわ。私の方でも少し探ってみる。希樹さんの特徴を教えてちょうだい。」
「えーと肩をちょっとすぎるぐらいの若草色の髪で俺より背は低い。たぶん吹雪よりも低いと思う。けど若草色って珍しいよな。」
「契約した精霊の影響でしょう。私も氷麗と契約してこの髪色になったしね。」
髪をひとつまみし、離す。綺麗な水色の髪がさらさらと落ちる。
「若草色の子ね。わかった。私の方でも調べて注視するわ。鏡は新保さんからもっと情報を引き出しなさい。いいこと希樹さんとはあまり接触しないように。万が一魅了にかかったなんてなったら大変だから。」
「わかった。ありがとな吹雪。」
心の底から感謝を述べる。
完全な確証がある訳では無い。個人的な問題で吹雪は一切関係がない。なのに手伝ってくれるのだ。
「別に怪しいというだけでも十分に調べる対象になるの。疑わしきは罰せずだけれども疑わしいままにしてはいけないの。真実へと格上げしないとね。ほら、もう帰りなさい。私はまだここでやることがあるから。」
手て鏡を追い払う仕草をし、手元の資料に視線を落とす。
これは暫くかかると分かり大人しく鏡は帰ることにした。生徒会室の扉を半分開けたところで振り返る。
「なに?まだ何かあった?」
顔を上げる。そこにはとてもいい笑顔の鏡がいた。いい笑顔に吹雪は面食らってしまう。
「いや、改めて言おうと思って――――球技大会優勝おめでとう。すごくかっこよかった。それだけだから、暗くなる前に帰れよ。じゃなあ。」
晴れやかな笑顔を残して立ち去って行く。球技大会の優勝なんて吹雪もすっかり頭から抜け落ちていた。頭の中は鏡から聞かされた話で一杯だった。
「あんないい笑顔で褒めるのはちょっとずるいわよ……。」
頬が赤く染まるのがわかる。口角も上げってきて抑えることができない。誰にも見られてないと分かっていても資料で顔を覆う。鏡の笑顔と褒め言葉は吹雪の心をこれでもかと穿っていた。
顔の熱が引くのを待つこと数分。資料を下げ現れた顔は冷たい皇吹雪のものだった。
「若草色の髪ね……。あの子に違いないわね。」
吹雪の脳裏に今日の一試合目の時射殺さんとばかりに睨みつけていた女子生徒の顔がよぎる。それと同時にどうして自分に黒いもやが見えなかったのが気になった。鏡に見えたのに吹雪に見えないというのはどうにも納得の出来ないものだった。
鏡は精霊との相性がすこぶる悪い。吹雪の騎士となり精霊の加護を受けたことでようやく光の玉として精霊を認識出来るようになったのだ。およそ普通の人でも光の玉でも見ることは出来る。しかしそれが鏡はまったく出来なかったのだ。吹雪が初めて会ってそれを知った時は驚いた。さらに気づくと木の精霊には好かれるのに加護を受けれない。吹雪の精霊、氷麗の強力な加護を受けてようやく光の玉が見れているという。
「皇の《精霊器》についても調べなきゃ。どう見てもあれは氷麗以外の加護もついている。黒桐の耄碌じじいが教えてくれるとは思えないけど一応聞いてみるか。」
耄碌じじいとは静の曾祖父に当たる存在で今は精霊の加護でなんとか穏やかに過ごしているがそろそろ寿命が尽きると精霊に言われている。
物知りなのだが藤白に対する激しい憎悪と皇家に対する盲目的な忠誠が吹雪はひどく苦手だった。
「はあ……嫌だけどなんとか聞き出すとしますか!」
資料を戸棚にしまい、鞄を片手に持ち生徒会室を後にする。
「やることは沢山ですけど鏡のためと思えば軽いわね。」
吹雪は鏡から頼み事をされるのが思っていて以上に嬉しいとこの時初めて気づいた。どちらかと言えば吹雪が鏡を振り回していた。それに鏡は嫌味を言うことを偶にあるが結局は付き合ってくれる。こうして鏡から頼み事されることは少なかった。
鞄片手に吹雪は今後のことを深刻に考えながら上機嫌で帰路についた。




