第二十七話 油断
よろしくお願いします(#^.^#)
ドアが開いて閉じた音が聞こえる。おおかた、あいつの同僚が一緒に来たのだろう。そうしているあいだに、俺の近くまでものすごい形相でやって来たあいつは、
「警察だ、お前を強姦の現行犯で逮捕する」
そう言って俺の片手に手錠をかけた。……じゃなくて、
「おい、少し周りを見てくれないか。今の状況、どう見たって俺以外に手錠をかけるのにふさわしい奴らがいるだろ?」
俺の言葉に、ゆっくりと辺りを見回し。がちゃり、ともう片方の手にも手錠をかけた牧野耕平氏。
「どう見たって、お前がふさわしいんだが?」
勝ち誇った笑みを浮かべる牧野。
俺はやつの言葉に周りを確認。泣いた痕の残る顔で立ち尽くす萌葱。俺の隣で笑いをこらえている先輩(見ようによっては、俯いて泣いているようにも見える)。そして、倒れる男たちと、震えている残った男。
うん、どう見ても俺が悪く見えるかもしれない。誤解を解くのは、とりあえず後回しにしよう。
「とにかく、こいつらを捕まえろよ。なんてったって、誘拐犯の皆様だぜ」
倒れている男二人と立ち尽くす男を指差すと、牧野は驚いてそいつらを見る。そして、萌葱に視線を送り確認を取る。
こくりと頷いた萌葱を見て、ようやく事態を把握したのか牧野は慌てて携帯をとり、どこかに連絡をとった。
これで、事件は解決したも当然だった。そう思って油断したのは仕方がないことじゃないか?
「誘拐? の現行犯で逮捕する!」
まだ、若干信じがたいのか声に疑問をにじませながらも、威勢よく叫んで男に手錠をかける牧野。
男は、抵抗する気もないようだった。
だが、
「っく……ははっ! ハハハッ!!」
突然笑い出した男。狂ったのか? 訝しげに睨む俺とは対照的に、牧野は冷静に手錠をかけていく。
「済まないが、そこの君」
「私ですか?」
「そこの男の手を何でもいいから縛ってくれないか? あいにく、手錠の手持ちが3つしかなくてな」
「わかりました」
牧野の指示に、てきぱきと倒れていたリーダー(仮)の手をハンカチで縛っていく音無先輩。……手馴れすぎていて、若干の恐怖を覚えた。
ん? そこで、俺はふと疑問を浮かべる。相変わらず笑っている男の手を掴みながら、牧野に問う。
「お前と一緒に来た奴は、手錠を持っていないのか?」
「は? 何言ってんだ。俺は誰とも来ていないぞ」
冷たく答える牧野。
きっと、俺の巫山戯たメールなんて、信じる奴はいなかったんだろう。あれを信じるのは、よほどのアホか正義バカだけだ。
違和感。
「じゃあ、さっきのドアの開閉音は……?」
俺は知らなかっただけだった。牧野の警察署内での立場も、追い詰められた人間がどんな行為に出るのかも。
それでも、気づいた。だから、動けた。
「――っ!!」
俺は男を突き飛ばして駆け出した。そもそも、公園の入口は4つ。その全てに車が止まっているなら、運転手が少なくとも4人は必要なのだ。男達には仲間がいたっておかしくない。そのことを思いつきもしなかった自分にひどく腹が立った。
俺は走る。自分を睨みつける俺を不思議そうに見つめる萌葱のもとへ。
気配を殺して近づいてきたそいつに気づいたからだった。
煌く光を手に持って、萌葱のすぐ後ろに忍び寄っていたそいつに気づいたからだった。
「萌葱――っ!」
間一髪。
萌葱を横から突き飛ばした俺は、どん、という鈍い音が自分のすぐ脇から響いてくるのを、ぼんやりと感じていた。
間に合った、そんな思いが浮かぶ暇もなく俺の体を駆け巡る信号。それは脳へと伝達され、避けることのできなかった事実を伝えてくる。
最初に感じたのは、熱。焼きごてを直接肌に突きつけられたかのような熱が脇腹から全身に回り、俺はたまらず膝をつき、そのまま前に倒れ込む。
「Aさん!」
悲鳴のような声を上げて駆け寄ってくる萌葱。
「――くっ――」
痛い。ただひたすらに痛い。目の前が真っ赤に染まり、きつく閉じているはずの両目から涙が溢れていく。絶え間なく襲ってくる痛み。
脇腹に当てた両手の指の間から、熱いものが吹き出ている。とめどなく流れ続けるそれとともに、全身から熱が抜けていく。
そうして、痛みさえもだんだんと感じなくなり、ぼんやりと両目をあけた俺に見えたのは、殴り飛ばされた男と、泣き叫んでいる萌葱。
その手にミネラルウォーターが握られているのを見て、俺は小さく笑ってしまう。
昔―と言えないほど最近のことだったことに今更気づいた―の光景を思い出し、ひどく既視感を覚えたからだ。
所詮俺は、わるものA。主人王補正なんて、発生しない。それでも、俺はいつか見た主人公のように不敵に笑う。安心しろ、そんな思いを込めて。
それを最後に、俺の意識は儚く散っていった。
*
ぼやけた視界に映るのは、真っ白な見慣れない天井。
視覚が正常に機能するのに始まり、次いで聞こえたのは規則正しい無機質な機械音。そして、俺の手を握りながら、眠る萌葱の微かな呼吸音だった。
「俺は、助かった、のか。」
無意識のうちにこぼれ落ちたそれは、音になっているかも怪しいものだった。だが、
「そうよ。」
はっきりとした返答が返ってきて、驚く。声の主は、寝息を立てている萌葱ではない。
「おはよう、A君。気分はどうかしら?」
「……おはようございます、先輩。」
音無先輩に言われて初めて俺は、自分の状態を確認する。
「ぅ――っ―」
そっと、身じろぎしただけなのに思ったよりも鋭い痛みが全身に回り、思わず声を漏らしてしまう。
「無理しないほうがいいわよ。結構、危険な状態だったらしいから。」
「……俺はどれくらい眠ってましたか?」
「――1週間、といったとこ。感謝しなさいよ、萌葱ちゃんに。」
「萌葱に、ですか?」
「そうよ、あの子ったらゲームに一切手をつけないで、あなたのことずっと看ててくれたんだから。」
「……」
思うところがないでもなかったが、まぁ見ててくれたのは事実らしいので俺は萌葱に小さく頭を下げた。
「はぁー」
そんな俺に、額に手を当ててため息をつく先輩。大げさなジェスチャーは、ダメダメ、そう言っているようだった。
「ダメダメね。」
実際に言われた。
「何がですか?」
本気で分からない俺が問うと、先輩は
「お礼っていうのはね、ちゃんと言葉で伝えないといけないのよ。」
「はぁ……。」
もとよりそのつもりだったが。まぁ、いいか。
そんな会話を繰り返していると、だんだんと瞼が重くなってきた。
「あら、もうおねむなの?」
からかうように言う先輩に、何か返そうと思うが本気で眠くなってきたからそのまま目を閉じる。眠りに落ちる寸前、
「女心がわからない奴は、一回死んだほうがよかったのよ」
そんな物騒な言葉が聞こえてきたが、俺は聞かなかったことにした。
*
「父さんが初めて作ることになっていたのが、SMSでした。」
俺が一度目を覚ました日から、さらに2日。
目を覚ました俺はきちんと萌葱にお礼を言い、何故かすごく機嫌が良くなった萌葱が、突然語りだした話を静かに聞いていた。
「けれど、父さんは最初のチュートリアルのプログラムを作ってから、すぐに亡くなってしまったんです」
暗い声で続けた萌葱。
初めて聞いた事実を聞き、俺はようやく合点がいった。
俺というプログラムが、SMSから独立していた理由。俺は柏木優一さん―改めて聞いた、父親の名前だ―の遺作、ということになるのだろう。
「……」
静寂が支配する病室に、ザリザリ、という萌葱が林檎を剥く音だけが響き渡る。どうでもいいが、萌葱の手の中で回っているのは、どう見ても芯だけにしか見えない。
「どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
萌葱が差し出してきた欠片を一つ摘み、口に入れる。若干渋いが、許容範囲だ。
「私、どうしても聞きたいことがあるんです」
暫く黙って林檎を食べていると、萌葱がそう切り出してきた。
「……」
無言で促すと、萌葱が真剣な顔をしてこちらを見るので、俺は林檎に伸ばしかけていた手を止め上半身だけで萌葱に向き合った。
「どうして、わるものAさんは私にこんなにしてくれるんですか?」
震え声で尋ねられ、俺は一瞬言葉を失った。
「私は、あなたにとって赤の他人です。それなのに、どうして――っ?」
当然の疑問、なんだろうか?
俺は、萌葱を助けたくて、助けた。それだけだった。その結果、自分がこんなことになることを知っていても、俺はきっと同じように行動したと思う。
けれど、そこで俺は考える。もしも、俺と何の関係のない人が同じ目にあっていたら、その時俺は同じように行動していただろうか、と。
答えはイエス。
俺だけじゃない。きっと、ほかの人もそうだと思う。でも、それが人間なんだろう。勝手な意見だが、俺はそう思う。
でもそれと同時に、俺は萌葱だからこそ、あそこまで簡単に行動に踏み切れた自分がいた。
だから、俺は萌葱の問いに答える。
「言っただろ? 保護者だからな」
今は、それしか言えない。それでも、心のどこかで全く別の気持ちが湧き上がっているのにも、俺は気づいていた。
「また、それですか。……私は、あなたの子供になんてなった覚えはありません……」
俯き、肩を震わせる萌葱。その姿にやはり浮かんでくるのはある気持ち。
その気持ちの名前を、俺は知っている。これは、きっと――――
最後、エピローグでこの話は完結します。
どこか、無理矢理に進めてきた話ですが、ここまでお付き合いしていただき、本当にありがとうございました。
それでは、エピローグも順次投稿いたします。




