第二十四話 柏木萌葱の物語1
いつもよりも長いです。補足となっているので、大まかな流れは今までちょこちょこ出していたものをつなげ合わせたものです。
私はファザコンです。
いきなりこういうことを言うと、またわるものAさんに怒られそうですね。でも、私がファザコンだったのは事実です。今だって、父さんが大好きですし。
そもそも、私のことをファザコンだといったのは梨花です。あ、梨花というのは・・・・・・私の親友だった人です。ずっと前の話ですが。
梨花は元気にしているでしょうか。
いけません。今日は大事な話をしようと思っているんでした。まったく、私は忘れっぽくてダメですね。
ええと、私の名前は柏木萌葱です。名前の由来は、特になかったと思います。響きが可愛いと、誰かが言ってくれましたが、それも、もうずっと昔の話です。
話は、私がまだ「小向萌葱」だった頃から始まります。
私には妹も弟もいません。姉も兄もいません。一人っ子です。だから父さんと母さんは、私をすごく大切にしてくれました。
私は父さんが大好きでした。その父さんは、ゲーム会社に勤めていました。私は全然知らないことだったのですが、友達に「父さんがトライアングル・フェニックスで働いている」って言うと、みんなびっくりしていたので、実はすごい会社だったんだと思います。
父さんはゲームが好きで、休みの日はいつも私とゲームで遊んでくれました。休みの日も忙しそうにしている母さんよりも、父さんが好きだったのはきっとこのことがあったからだと思います。
そんな父さんは、私が14歳になった誕生日にノートパソコンをくれました。当時の最新型で、私はすごく喜んだのを覚えています。
それから、日記をつけることが私の日課になりました。忘れっぽい私なので、父さんも喜んで専用のアプリを探してきてくれました。
ある日、父さんがすごくニコニコしながら家に帰ってきたことがありました。不思議に思った私が聞くと、内緒、と言って唇に指を当て、私が、気持ち悪い、と言ったら泣きそうな顔をしていました。
父さんが倒れたのは、その日から約1ヵ月後のことでした。
急性心不全。働きすぎ、だそうです。嘘だと思いました。正直父さんなんて全然働いているところを見たことがなかったからです。
こんな現実なんて見つめたくありませんでした。けれど、もう少し、発見が早ければ、って。そう思っている自分に気づいて、心のどこかでもうとっくに現実を認めている自分がいることを知りました。
ありえたかもしれない未来の裏には、どうしようもない現実がありました。
父さんが死んだのは、それから一週間もしない日のことです。結局、意識は一度も戻らずに逝ってしまいました。
悲しかったです。泣きました。泣き喚きました。母さんは、そんな私を優しく抱きしめてくれました。その、震える背中を見て、細くなった体に抱きしめられ、私はようやく母さんの思いを受け止めることができたのでした。
母さんだって、当たり前に悲しんでいました。だから、私はそれを受け止めたい。受け止めて、慰めたい。そう思ったんです。だから、母さんの前では泣くのをやめました。母さんが立ち直ることを祈って。
結局それは叶いました。すこしだけ、私の願いから外れて。
私が泣かなくなると、母さんが私のように泣く日が多くなりました。
朝起きると、母さんが3人分の食事を見ながら泣いている姿をよく見るようになりました。そのあと、母さんはちゃんと仕事に行きます。そして、母さんまでもが倒れてしまわないか心配になるくらい、ボロボロになって働いてきます。
そんな母さんを、私は玄関で迎えます。けれど、
――ただいま・・・・・・
疲れのにじむ声で言うと母さんは自分の部屋へ行き、そのまま朝まで出てこなくなりました。
そんな毎日がしばらく続いた日のことです。
――ただいまー!
いつになく明るい声に驚き、嬉しくなった私が駆け込んだ玄関で見たのは、見たことのない男性に寄り添う母さんの姿でした。
その男性は「柏木」さんという人でした。聞けば、父さんが働いていた会社の副社長で、父さんの元上司だそうです。
母さんとは、父さんの葬儀の時に出会ったそうです。私はそれを聞いて、うっすらと、本当にうっすらとですが彼が母さんと話していたことを思い出しました。
そこから、私たちの生活は一変しました。
まず、引っ越しました。柏木さんの買ってくれたマンションの丸々1フロアが、小向家、になりました。しばらくすると、それは柏木家になりましたが。
そして、母さんと、柏木さんがあまり家に帰ってこない日が多くなりました。そんな日のマンションは、広すぎるせいか、少し怖かったです。それも結局は慣れてしまいましたが。
ある日、母さんと柏木さんは言いました。
曰く、仕事の都合で一緒に暮らせなくなった。私はもう17歳になっていたので、最低限自分のことは自分でできるだろう、そう言われました。
私はそれを断りませんでした。
仕事の都合なら仕方ないし、もしそれが嘘だったとしても、柏木さんが家に来た日に、父さんの持ち物を全部捨ててしまった母さんを、もう好きにはなれませんでした。
こうして、私は1人になりました。
私の手元に残っていたのは、マンションの1フロアと、とりあえず、と渡された当面の生活費。そして、柏木さんが教えてくれた、父さんの作ろうとしていたゲームだけでした。
1人になった私は、パソコンを持ってフロアの使われていなかった部屋に移りました。家具がいっぱいある部屋は窮屈に思えましたし、何より家具なんて必要なかったからです。
4人がけのテーブルも、大きなソファーも。家族が使うものです。だったら、私には必要ありません。
がらんどうの部屋の床に寝っ転がって、私はパソコンを開きました。父さんの作ったゲームをやるためです。
私は狂ったようにそのゲームSMS――ソードマギカ・ストーリーをプレイしました。
母さんが捨てちゃったものの中には、父さんの写真もありました。だから、今手元にある、父さんの生きた証、それを少しでも感じていたかったからです。
高校はいつの間にか行かなくなっていました。友達なんてすぐにいなくなって、梨花とも会わなくなって。その代わりのように毎日ゲームをやって、いつからか「戦姫」と呼ばれるようにまでなって。
私の現実は、ネットの世界になったんです。
月に一度だけ、私は外に出ます。食料の買い込みと、「柏木家」に形ばかりの挨拶をするためです。
その帰り道、私はある一人の男性に出会いました。最初は優しく声をかけてきたその人は、私を必要としてくれました。愛していると言って、抱きしめてくれました。
けれど、やがて一緒に住むことになったその人は、ある日突然消えてしまいました。その月の分のお金を持って。
騙されたんだと、気づいてはいました。最初から、心にもないことばかりを言っていたのも、分かっていました。
けれど、きっと私はどこかで期待していたんです。いえ、それは希望だったのかもしれません。どちらにしろ、私はまた、一人になりました。
それから、20歳になって、成人式を控えた12月の中旬に私は音無鈴さんと出会いました。
橋の上で震えていた彼女に声をかけたのは、今でもなぜだかわかりません。けれど、泣きそうな彼女が、父さんが死んだあとの母さんに重なったのです。
私は彼女と「契約」を結び、一緒に暮らすことにしました。
鈴さんと暮らす日々は、私が久しぶりに感じた「幸せ」で溢れていました。
鈴さんは、突拍子もないことを思いついては、私を連れ回すのです。正直、疲れることこの上なかったですが、それでも楽しい、そう思ってしまったのです。
それも、やっぱり鈴さんが突然いなくなってしまって、終わりました。
寂しさはありました。けれども、私の自分勝手な都合で、望みで彼女を縛り付けておくつもりはありませんでした。
いつからか、日記を書くのもやめていました。
そんな、日々をただ惰性で生きていたところに出会ったのが、わるものAさんです。
次回の「柏木萌葱の物語2」で、萌葱視点は終了。
もうすぐ完結です。
ありがとうございました<(_ _)>




