俺は諦めが悪い 第6話 夏のグラウンド
カキン、と乾いた音が、夏の空に吸い込まれていった。
白球は大きな弧を描き、レフトの頭上を越えていく。いや、越えさせない。十四歳の田村誠二は全力で背走し、フェンスの手前で飛びついた。グラブの先に、確かな重み。
「アウト!」
スタンドの女子たちから、黄色い声が上がった。
「田村くん、かっこいい!」
五番レフト。二年生でレギュラーを取ったのは、誠二ひとりだった。顔立ちが整っているせいか、試合のたびに見知らぬ女子が差し入れを持ってくる。高校の監督が、わざわざ練習を見に来たこともあった。
だが、ベンチの端には、いつもあいつがいた。
浩一。小学校から一緒に野球をやってきた、一番の親友だ。誰よりも早くグラウンドに来て、誰よりも遅くまでバットを振っていた。それでも、レギュラーの背番号はもらえなかった。
「よかったな、誠二。俺の分まで打てよ」
浩一はそう言って笑った。その笑顔が、少しずつ遠くなっていった。一緒に帰る日が減り、話す回数が減り、気づけば廊下ですれ違っても目を合わせなくなっていた。
ある日の帰り道、誠二は河川敷で、ひとりでバットを振る浩一を見かけた。声をかけようとして、足が止まった。何を言えばいいのか、わからなかった。
三年の夏が終わると、誠二はあっさり野球を辞めた。
「もったいない」と、監督も両親も言った。だが、グラウンドに立つたびに、ベンチの端の空白が目に入った。それを見ないふりをして野球を続けるほど、誠二は強くなかった。
浩一とは、それきり話していない。
あのとき、何か言えていたら。もう少しだけ、諦めずにいられたら。
◇
「柔道部、入らない? 個人競技だから気楽だよ」
高校に入ってすぐ、同じクラスの男子にそう誘われた。
個人競技。誰かとポジションを争うこともない。自分が勝っても負けても、誰の居場所も奪わない。その言葉に、誠二は流されるように道場の門をくぐった。
最初の三か月は、ひたすら受け身の練習だった。投げられて、畳に叩きつけられて、また立つ。その繰り返し。
「田村、なんでそんな嫌そうな顔してる」
顧問の老教師が、腕を組んで見下ろしてきた。
「……負ける練習ばっかりなんで」
「馬鹿たれ」
老教師は、誠二の額を軽く小突いた。
「受け身はな、負けるための技じゃない。もう一回立ち上がるための技だ。何回投げられても、立てばまだ負けじゃない。覚えとけ」
その言葉の意味が、当時の誠二にはよくわからなかった。
三年生の夏、誠二は県大会に出場した。一回戦の相手は、全国常連校の主将だった。開始十秒で背負い投げを決められ、畳に背中を打ちつけた。
天井の照明が、やけにまぶしかった。
悔しい、とは思わなかった。こんなものだろう、と思った。立ち上がって礼をし、畳を降りた。それで、誠二の高校柔道は終わった。
立てばまだ負けじゃない――。あのときの自分は、本当の意味では、一度も立ち上がっていなかったのかもしれない。
(第7話へ続く)
意識失ってる間に?誠ニの過去について触れてみます。
後悔が多い誠ニは私の過去に少し重ねて書いてみました。




