俺は諦めが悪い 第4話 ご提案があります
翌朝。セラは、寝袋から出てくるまでにたっぷり三十分かかった。
「う……あと五分……」
「セラ、もう出発するわよ」
ミーナに揺さぶられ、セラはふらふらと起き上がった。顔色は紙のように白い。それでも朝食のパンを四つ平らげるあたり、さすがだった。
誠二は荷物をまとめ終えると、剣を磨いているレオンの前に立った。
「レオンさん。少し、よろしいでしょうか」
「なんだよ、おっさん」
「出発の前に、ひとつご提案があります。戦闘のときの役割分担を、事前に決めておきませんか」
会社で何百回と繰り返してきた言い回しだった。上の人間に意見するときは、否定から入らない。あくまで「ご提案」だ。
「たとえば、前に出るのはレオンさんとガルドさん。軽い傷はガルドさんが治して、セラさんの魔力は大きな怪我のために温存する。ミーナさんは――」
「いらねえよ、そんなの」
レオンは剣を鞘に収め、鼻で笑った。
「俺が全部斬れば済む話だろ。荷物持ちが口出しすんな」
「レオン」
ミーナが何か言いかけたが、レオンはもう背を向けて歩き出していた。
「……がっはっは。あいつは昔からああじゃ。気にするな、おっさん」
ガルドが誠二の背中を叩いた。腰の水筒が、ちゃぷんと鳴る。
「まあ、言うだけは言いました」
誠二は苦笑いして、背嚢を背負い直した。却下された提案は、無駄にはならない。いざというとき、「あのとき言っていたあれ」として、もう一度出せるからだ。
◇
昼過ぎ、それは現れた。
豚のような顔をした、人の倍はある巨体。オークだ。それも、四体。
「上等だ!」
案の定、レオンが真っ先に飛び出した。一体目の棍棒を剣で受け止めるが、重さに押されて膝をつく。その横を、二体目と三体目がすり抜けていく。
「ガルド、後ろ!」
「わかっとる!」
ガルドの丸盾が巨大化し、一体を押し返す。だが、もう一体が後衛へ迫る。ミーナは杖を構えたまま、青ざめて動けない。
「セラ、回復!」
レオンの叫びに、セラが慌てて詠唱を始める。この流れは、昨日と同じだ。このままいけば、またセラが倒れる。
誠二は背嚢を放り投げ、オークとミーナのあいだに飛び込んだ。
棍棒が肩に叩き込まれる。骨にまで響く衝撃。だが、倒れない。
累積値:+1
「おっさん!?」
「皆さん、聞いてください!」
誠二は、オークの棍棒を体で受け止めながら叫んだ。会議室で、紛糾した議論をまとめるときと同じ声で。
「レオンさん! 右の一体だけに集中! 他は見なくていい!」
「は、はあ!?」
「右だけです! あなたなら倒せる!」
レオンは一瞬ぽかんとしたが、すぐに歯を食いしばって剣を構え直した。単純な指示ほど、この少年にはよく届く。
「ガルドさん! 左の二体を盾で止めてください! 軽い傷はご自分で!」
「がっはっは、任せとけ!」
「セラさん! 回復は待機! 誰かが本当に危なくなったときだけ使ってください!」
「は、はい!」
誠二は、背後で震えるミーナを振り返った。
「ミーナさん。一番得意な魔法は?」
「え……。ア、アタシ、炎の矢しか……。基礎の、基礎の魔法よ。そんなの……」
「それで十分です。何百回も練習したんでしょう。あの擦り切れた魔導書を見ればわかります」
ミーナが、はっと目を見開いた。
「私が、こいつを止めます。合図をしたら、こいつの顔に撃ってください。外れても構いません」
オークが再び棍棒を振り上げる。誠二はそれを、両腕を交差させて受け止めた。
「今です!」
ミーナの唇が、震えながらも詠唱をなぞった。杖の先から放たれた炎の矢が、まっすぐにオークの顔面を撃ち抜く。巨体がぐらりと揺れ、仰向けに倒れた。
同時に、右の一体をレオンが斬り伏せ、ガルドが盾で二体まとめて地面に叩きつけた。
最後の一体が、待機していたセラの方へ逃げ込もうとする。
「セラさん、下がって――」
誠二が言い終わる前に、ごん、と鈍い音がした。セラが、杖をフルスイングでオークの脳天に叩き込んでいた。オークは白目をむき、その場に崩れ落ちる。
「……あ」
セラは、自分の杖と倒れたオークを見比べて、真っ赤になった。
(第5話へ続く)




