俺は諦めが悪い 第3話 若い勇者たち
「ひどい傷……。動かないでくださいね」
小柄な少女が、誠二の前にしゃがみ込んだ。白い法衣をまとい、両手を傷口にかざす。淡い光があふれ、焼けるような痛みが少しずつ引いていった。
「ありがとう。助かったよ」
「い、いえ。ウチ、治癒術師のセラっていいます。まだ見習いですけど……」
少女――セラは、照れたようにうつむいた。年は十五、六だろうか。目の下に、うっすらと隈が浮かんでいる。
「おっさん、灰牙狼の群れに襲われて、よく生きてたな」
金髪の少年が、腕を組んで見下ろしてくる。
「俺はレオン。いずれ王国一の勇者になる男だ!」
「……正確には、勇者志望の戦士ね。その剣も、聖剣だって言われて露店で買ったやつだし」
後ろから、冷ややかな声が飛んできた。
「本物だって! 店のおっちゃんが、間違いないって言ってたんだぞ」
レオンは胸を張って言い返した。
少年の後ろには、杖を持った赤毛の少女と、ずんぐりとした体格の男が控えていた。背丈は誠二の胸ほどしかないが、腕は丸太のように太い。立派な髭をたくわえ、腰には小ぶりな丸盾を下げている。
「ミーナよ。魔法使い。アタシとレオンは同じ孤児院の出だけど……別に、仲がいいわけじゃないから」
「ガルドだ。見てのとおりドワーフで、盾役をやっとる」
ガルドの腰に下がった革の水筒から、ふわりと酒の匂いが漂った。
誠二は姿勢を正し、反射的に頭を下げた。
「田村誠二と申します。先ほどは、本当にありがとうございました」
名刺を差し出しかけた右手が、空をつかむ。もう、ポケットに名刺入れはない。
「で、おっさんのスキルは?」
「えっと……『不屈』というものらしいです」
「ふくつ?」
レオンは、ミーナと顔を見合わせて吹き出した。
「聞いたことないな。要するに、ちょっと頑丈なだけだろ。戦闘じゃ役に立たないスキルだ」
「レオン、言い方。……まあ、役に立たなそうなのはアタシも同感だけど」
ミーナはつんと顎を上げてみせたが、誠二と目が合うと、すぐに視線をそらした。レオンは気にした様子もない。
「まあいい。ここに置いていくわけにもいかないしな。次の町まで、荷物持ちとして連れてってやるよ」
どさりと、大きな背嚢が誠二の足元に落とされた。
「……雑用なら、得意です」
誠二は苦笑いしながら、重い荷物を背負った。
◇
森の道を歩き始めて一時間ほどで、魔物が現れた。緑色の肌をした小鬼が、六体。
「ゴブリンか。楽勝だな!」
レオンが自慢の剣を抜き、ひとりで飛び出していく。
「ちょっと、レオン! 作戦は!?」
ミーナの声は届かない。レオンの剣は確かに鋭く、二体のゴブリンを一瞬で斬り伏せた。だが、そのあいだに残りの四体が、後衛のミーナとセラへ回り込む。
ミーナが杖を構えた。だが、迫ってくる小鬼を前に唇が震え、詠唱の言葉が続かない。
「ガルド、後ろ!」
ガルドが腰の丸盾を掲げると、盾は一瞬で彼の背丈の何倍もの大きさに広がった。ドワーフに伝わる宝具らしい。ガルドは巨大な盾ごと体当たりして、ゴブリンを二体まとめて吹き飛ばす。だが、残る二体には手が届かない。ゴブリンの棍棒がミーナの肩をかすめた。
「セラ、回復!」
「は、はい!」
セラが治癒の光を放つ。その直後、前線のレオンが叫んだ。
「セラ! こっちも回復だ!」
「かすり傷だろうが。そのくらい、ワシが治してやる」
ガルドがぼやいたが、レオンは聞いていない。
「は、はい……っ」
かすり傷程度の切り傷に、セラは律儀に魔力を注いだ。
戦闘そのものは、数分で終わった。剣が聖剣かどうかはともかく、レオンの戦士としての腕は確かだ。ゴブリン程度なら、多少の混乱があっても押し切れる。
だが、誠二の目には別のものが見えていた。
指示を出す者がいない。前衛が勝手に突っ込み、盾役が後ろを守れず、簡単な治癒なら盾役にもできるのに、そのしわ寄せがすべて回復役に集まっている。
セラは杖にすがるように立ち、肩で息をしていた。その顔色は、さっきより明らかに白い。
「よし、この調子で行くぞ!」
レオンは満足げに剣を収め、また先頭を歩き出した。誰も、セラの顔を見ていなかった。
誠二は、背負った荷物の重さを感じながら、黙ってその後を追った。
見覚えのある光景だった。会社でも、何度も見てきた。一番真面目な人間に、一番重い負担がのしかかる。そして、誰も気づかないまま、その人間が先に壊れていく。
◇
その夜、一行は森の中の開けた場所で野営をした。
レオンは剣の手入れをしながら、明日の予定を一方的に話している。
「明日は森の主のねぐらまで一気に行く。主を倒せば、ギルドで会った偉い人が、王都に勇者として推薦してくれるって約束なんだ」
誠二には、その約束がひどく胡散臭く聞こえた。うまい話を持ちかけてくる相手ほど、契約書には何も書いていないものだ。
「一気にって……。今日だけで三回も戦ったのよ。アタシの魔力だって、もう残ってないんだから」
「ミーナは昔から心配性だな。俺がいれば平気だって」
ミーナはむっとした顔で黙り込み、膝の上の魔導書をめくり始めた。ページの端は、何度も読み返したせいでぼろぼろに擦り切れている。
「勇者試験に三回落ちたくらいで、俺は止まらねえからな」
レオンは剣を抱いて横になると、すぐにいびきをかき始めた。
向こう見ずで、単純で、人を疑うことを知らない。それでも、その一点だけは、誠二には妙に他人事とは思えなかった。
ガルドは水筒の酒をあおると、「まあまあ、酒飲んで忘れちまえ」とだけ言って、焚き火に薪をくべている。セラは鍋をかき混ぜながら、ときどき小さくふらついていた。それでも夕食になると、小さな体のどこに入るのかと思うほどの勢いで、三杯目のおかわりをよそっている。
誠二は荷物の整理をしながら、黙ってそのやりとりを聞いていた。
夜更け。見張りの交代で目を覚ました誠二は、焚き火のそばで小さな影が上下しているのに気づいた。セラだった。法衣の袖をまくり、黙々と腕立て伏せをしている。やがて腕が止まり、セラはその場に膝を抱えて座り込んだ。肩が小刻みに震えている。
「……眠れないのかい」
声をかけると、セラはびくりと顔を上げ、慌てて目元をぬぐった。
「す、すみません。起こしちゃいましたか」
「いや、交代の時間だから」
誠二は、少し離れた場所に腰を下ろした。しばらく、薪のはぜる音だけが響く。
「……見てました?」
「腕立て伏せ、だよね」
「内緒にしてください。ウチ、ほんとはモンクとか戦士とか、前で戦う職業になりたかったんです。でも、お母さんが名のある治療術士で……気づいたら、治癒術師になってました」
セラは、袖から出た細い腕を恥ずかしそうに隠した。
「……でもウチ、治癒術師としても役に立ててないんです」
ぽつりと、セラが言った。
「回復が遅いって、いつもレオンに言われて。魔力も、すぐ足りなくなっちゃうし。お母さんなら、もっと上手に治せるのに。もっと頑張らなきゃって思うのに……もともと低血圧で朝は弱いんですけど、最近は朝起きるのが、本当につらくて」
その言葉に、誠二の胸の奥がきしんだ。
どこかで、聞いたことのある言葉だった。いつか、誰かが同じように、無理に笑いながら言っていた気がする。
「セラさん」
「はい」
「君は、十分すぎるくらい頑張ってるよ。足りないのは、君の力じゃない」
セラは、きょとんとした顔で誠二を見た。誠二は焚き火に目を落とし、眠るレオンたちの方を見やった。
このままでは、明日、誰かが潰れる。
荷物持ちのおっさんに、何ができるのかはわからない。勇者に意見できる立場でもない。それでも――。
誠二は、膝の上で拳を握った。
「……このチーム、放っておけないな」
焚き火の向こうで、半透明の板が小さく光った。
職業:荷物持ち(仮)
「……そこは更新しなくていいんだよ」
(第4話へ続く)
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