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俺は諦めが悪い 〜過労死した万年係長、諦めなかった回数だけ強くなる〜  作者: 残燈眠


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俺は諦めが悪い 第2話 万年係長の経験値

灰色の獣は、全部で五頭いた。

 低いうなり声が、四方からじわじわと迫ってくる。左腕の傷がずきずきと脈打ち、膝は笑いっぱなしだ。

 正面から全部を相手にしたら、終わる。

 誠二は、妙に冷めた頭でそう判断した。

 クレームが五件同時に来たとき、五人で別々に対応すると、話が食い違って必ず炎上する。まずやるべきは、窓口を一本にすることだ。

 ――相手が一度に一頭しか来られない場所を作ればいい。

 視線を走らせる。小川のほとりに、人の背丈ほどの岩がある。その横には、さっき転がり込んだ倒木。岩と倒木のあいだに、人ひとりがやっと立てるほどの隙間があった。

 誠二は足元の太い枝をつかみ、じりじりと後ずさった。

 背中が岩に触れる。左右は岩と倒木、後ろは小川。獣たちが入ってこられるのは、正面の一か所だけだ。

「よし……窓口、一本化完了」

 自分でも何を言っているのかと思う。だが、口に出すと少しだけ震えが収まった。

 一頭目が、正面から飛びかかってきた。

◇

 枝を横に振り抜く。獣の顔面に当たり、鈍い音がした。だが、すぐに二頭目が来る。肩に牙が食い込み、誠二は岩に叩きつけられた。

 倒れる。立つ。

 三頭目に足を噛まれる。また倒れる。それでも、岩に手をついて立ち上がる。

 立ち上がるたびに、視界の端で半透明の板がちかちかと光った。

累積値:+1

 何度目かもわからなくなったころ、獣たちの動きが止まった。うなり声に、わずかな戸惑いが混じっている。何度倒しても起き上がってくる獲物は、初めてなのかもしれない。

 群れが左右に割れた。奥から、ひときわ大きな一頭が姿を現す。顔に古い傷のある、群れのボスだ。

 ボスが地面を蹴った。枝ごと体当たりを受け、誠二は仰向けに倒れた。重い前足が胸を押さえつけ、生臭い息が顔にかかる。

 もう、いいんじゃないか。

 ふと、そんな声が頭の中で響いた。死んでまで頑張る理由がどこにある。十分やったじゃないか。ここで目を閉じれば、全部終わる。

 まぶたが落ちかけた、そのとき。

 見覚えのある背中が、一瞬だけ脳裏をよぎった。くたびれたスーツの、誰かの背中。

 ――あのとき、俺は。

 誠二は、目を開けた。

「……悪いな」

 喉の奥から、かすれた声が漏れる。

「俺は、諦めが悪いんだ」

 次の瞬間、半透明の板がまばゆく輝いた。

スキル「不屈」を獲得しました

効果:諦めなかった回数の総量を、肉体の耐久力に変換する

累積値:12,847回

「一万……二千……?」

 数字の意味は、なぜかすぐにわかった。終電を逃した夜。突き返された企画書。頭を下げに行った取引先。投げ出さずに踏みとどまった、四十三年分の回数だ。

 体の芯に、熱が満ちていく。ボスが首筋に牙を立てた。だが、牙は皮膚の上で、硬い音を立てて止まった。

 誠二はボスの首元の毛をつかんだ。考えるより先に体が動く。腰を入れ、背中に担ぎ、そのまま投げ落とす。

 ボスの巨体が宙を舞い、岩に叩きつけられた。

◇

 甲高い悲鳴を上げて、ボスがよろよろと起き上がる。ボスが森の奥へ逃げ出すと、残りの獣たちも後を追うように姿を消した。

 静けさが戻った。

 誠二はその場にへたり込み、岩に背中を預けた。全身が痛い。腕も肩も足も、どこもかしこも傷だらけだ。それでも、生きている。

「……今のは、背負い投げか?」

 自分の手のひらを見つめる。どうしてあんな動きができたのか、自分でもよくわからなかった。体のどこかに、昔の何かが残っていたのかもしれない。

 板の表示が、静かに切り替わる。

名前:田村誠二

年齢:43

職業:なし(元・係長)

スキル:不屈

累積値:12,861回

「……増えてる」

 今の戦いで立ち上がった回数が、そのまま足されたらしい。誠二は思わず、乾いた笑いを漏らした。

 叱られて、やり直して、頭を下げて、それでも投げ出さなかった日々。誰にも評価されなかった二十年が、ここでは数字になって自分を守っている。

「万年係長の経験値も、捨てたもんじゃないな」

 そうつぶやいたとき、森の奥から足音と人の声が近づいてきた。

「こっちだ! さっきの悲鳴、この辺りから聞こえたぞ」

「待って、灰牙狼の群れの縄張りよ。気をつけて」

 茂みをかき分けて現れたのは、四人組だった。先頭に立つのは、金色の髪に銀の鎧をまとった少年。腰には、見るからに上等な剣を下げている。

 少年は、血まみれで座り込む誠二を見下ろし、拍子抜けしたように眉をひそめた。

「……なんだ。ただのおっさんか」

 誠二は、ひきつった笑みを浮かべて答えた。

「……はい。ただのおっさんです」

(第3話へ続く)

お読みいただきありがとうございます!

続きが気になったら、ブックマークや評価で応援してもらえると、誠二の累積値が増えます。

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