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千夏の空⑤

「農業日和!」の放送が始まってから数週間、視聴者からの評判は上々だった。

優花と千夏のコンビは、フレッシュで親しみやすいと好評で、特に優花の気象予報士としての専門知識を活かした解説が「わかりやすい」「実用的」と話題になっていた。

例えば、長雨が続いた時には、優花がコーナーの中でこんな説明をした。

「この時期は、湿度が高くなることで病害が発生しやすくなります。特にブルーベリーは根が浅いため、排水が悪いと根腐れを起こすリスクがあるんです。なので、マルチングで土壌の過湿を防ぎつつ、畝を高めにすることで根に適度な酸素を供給することが大事ですね」

実際に、優花のアドバイスを受けて農地では排水溝の整備が進められ、被害を最小限に抑えることができた。

また、急な寒波が訪れた際には、

「この寒波で夜間の気温が2℃以下になる予報が出ています。ブルーベリーの若い芽が凍害を受けないように、不織布をかけたり、日中にしっかり水を与えて細胞内の凍結を防ぐことが有効です」

と説明し、農家の人々も「実践しやすい」と好評だった。

こうした二人の活躍が、番組を通じて広く伝わり、視聴者からは「専門的だけどわかりやすい!」「農業初心者でも理解できる」との声が寄せられた。

さらに、番組では農福連携の現場で働く障害者や高齢者たちの姿も積極的に取り上げた。

作業に熱心に取り組む彼らの様子に、「共生社会のあり方として素晴らしい」という感想が多く寄せられ、城田も「番組のおかげで理解が広がりありがたいです」と喜んでいた。


しかし、そんな好調なスタートの裏で、千夏は思い悩んでいた。

「カメラ回ります! リハ通りお願いします!」

ディレクターの合図で、千夏はマイクを握った。

「えっと……今日は……あ、すみません、もう一回いいですか?」

「カット! 千夏ちゃん、緊張しなくて大丈夫だからね」

撮り直しはすでに何度目かだった。千夏は必死に言葉を探すが、カメラを向けられると頭が真っ白になってしまう。

一方、優花はスムーズに話を進め、農作業の様子を的確に伝えていた。

「では、ブルーベリーの剪定をしている様子を見てみましょう。剪定は春の生育を促すために大切な作業で、特に今年の冬は暖冬だったので、新芽の発育が早く、剪定のタイミングが例年よりも早くなりました」

流れるような説明に、スタッフも頷いていた。

千夏は「こんなに自然に話せるなんて、やっぱりすごいな……」と感心しながらも、自分の不甲斐なさに落ち込んだ。


撮影が終わるたびに、千夏は申し訳なさそうに周囲を見渡し、「また周りの方々に迷惑かけてしまって申し訳ないです」と小さな声で謝った。

優花はそんな千夏の肩を軽く叩いた。

「千夏ちゃん、大丈夫だよ。最初はみんなそんなもんだって」

「でも、優花さんはすぐにできてましたよね……。私は何回もやり直してばかりで……」

千夏は俯く。

「それはね、私が気象キャスターの仕事を何年もやってきたからだよ。最初の頃は、私も何度も噛んだし、伝えたいことがうまく言えなくて悔しかったこともあった。でもね、慣れれば必ずできるようになるから」

「……慣れ、ですか?」

「そう。今、千夏ちゃんが気象データを見て農業と結びつけるのが上手になってきたのと同じで、レポートもやればやるほど上達するよ」

千夏は優花の言葉を噛みしめるように頷いた。

「……わかりました。もう少し、頑張ってみます!」

「そうそう、その意気!」


撮影が続く中、千夏は何度も同じ壁にぶつかっていた。

カメラの前に立つと、頭が真っ白になり、思ったように言葉が出てこない。ようやく声を出せても、たどたどしく、途中で詰まってしまう。

「……えっと、こちらでは、ブルーベリーの、えっと、育成が……」

「カット!」

ディレクターの声が響くたびに、千夏の肩が落ちていった。

「千夏ちゃん、大丈夫?」

撮影の合間、優花がそっと声をかけると、千夏は申し訳なさそうに顔を伏せた。

「すみません……。何度もNGを出してしまって……」

「緊張する?」

「はい……噛まないように、間違えないようにって思えば思うほど、どんどん頭が真っ白になってしまって……」

千夏は自分の手をぎゅっと握りしめた。

「優花さんは、すごいです……。私には、あんな風にスラスラ話せるなんて、無理です……」

そんな千夏を見て、優花は少し考えた後、穏やかに話し始めた。

「千夏ちゃん、誰に伝えたい?」

「え?」

「千夏ちゃんは、誰に向かって話してるつもり?」

千夏は少し考え、戸惑いながら答えた。

「えっと……カメラの向こうの視聴者の皆さん……ですか?」

「うん。でも、それだと漠然としすぎて、余計に緊張しちゃうよね」

千夏はこくりと頷いた。

「私はね、千夏ちゃんに出会って、千夏ちゃんにわかりやすく気象のことを伝えたいと思って話してきた」

「……え?」

「そのおかげで、『小林優花の話はわかりやすい』って言ってもらえるようになったんだ。だからね、千夏ちゃんも、”誰か”を決めるといいよ。千夏ちゃんが一番大好きで、伝えたい人って誰?」

千夏はしばらく考えた。そして、ふと微笑みながら答えた。

「……お母さん、かな?」

「じゃあ、お母さんに伝えるつもりで話してごらん」

優花は優しく微笑んだ。

「噛まないことばかり考えるんじゃなくて、大好きな人に伝えたいって思いながら話す方が、絶対に楽しいよ」

千夏はじっと優花の言葉を噛みしめた。そして、ふっと表情が和らぐ。

「……はい! やってみます!」


次の収録が始まる。

カメラの前に立った千夏は、一度目を閉じて深呼吸をした。

(お母さんに伝えるつもりで……)

「皆さん、こんにちは! 今日は、ブルーベリーの生育についてお伝えします!」

先ほどまでの緊張が嘘のように、千夏の声には力がこもっていた。

「この畑では、有機肥料を使ってブルーベリーを育てています。特に今年は暖冬の影響で、例年よりも新芽が早く出ているんです。そのため、剪定のタイミングが重要になります!」

千夏の声が弾む。

カメラの後ろで、ディレクターが頷いた。

「いいね、千夏ちゃん、自然になってるよ!」

撮影が終わると、スタッフが口々に千夏を褒めた。

「千夏ちゃん、よかったよ!」

「すごい成長したね!」

千夏は驚いたように、そして嬉しそうに目を瞬かせた。

「……ほんとに?」

「うん! すっごくよかった!」

優花が駆け寄って、千夏の肩をぽんっと叩いた。

「やったね、千夏ちゃん!」

「優花さんのおかげです! 本当にありがとうございます!」

千夏はこみ上げる感情に耐えきれず、ぽろぽろと涙をこぼした。

「お母さんに話すつもりでやったら……なんだか、緊張しなくなって……」

「うんうん、それが大事なんだよ」

優花は優しく微笑んだ。

「これからも、お母さんに伝える気持ちでやってみてね」

千夏は涙をぬぐい、笑顔で頷いた。


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