千夏の空③
日本エアウェーブから車で約三十分。高層ビル群を抜け、郊外へ向かうと、自然が豊かに広がる景色が目の前に現れた。遠くに山がそびえ、清らかな川が流れる。緑に囲まれたその場所に、社会福祉法人「大地の風」が運営する施設「大地の風」があった。
施設の玄関に到着すると、一人の男性がすでに待っていた。年の頃は五十代前半ほど、日に焼けた肌とがっしりした体つきが、現場の最前線で働いていることを物語っている。
「日本エアウェーブの皆さんですね。私が当施設の施設長の城田茂雄です。今日はようこそお越しくださいました」
力強い声とともに、城田は深く会釈をした。
「はじめまして。小林優花です。本日はお世話になります」
優花も丁寧に頭を下げる。
「高原千夏です。まだ分からないことばかりですが、どうぞよろしくお願いします」
千夏も少し緊張しながらも、しっかりとした口調で挨拶をする。
「しっかりしたお嬢さんですね」
城田はにっこりと笑い、千夏の様子を優しく見守るような目を向けた。
その場にいたプロデューサーの畠山も挨拶を交わし、話が一段落すると、城田が手を広げて施設の方を示す。
「では、早速ですが当施設をご案内しましょう。まずは畑へ向かいましょうか」
「はい!」
優花と千夏が声をそろえて答える。
施設の周囲には、広々とした畑が広がっていた。優花と千夏は、期待とわくわくした気持ちを胸に、城田の後をついて歩き出した。
施設の敷地を進むと、一面に広がる青々とした畑が見えてきた。
「うちのメイン作物はブルーベリーです。元々は梨園だった遊休農地を借り、植栽しました。当初は三百本でしたが、今では千二百本に増やしています。ここで育てたブルーベリーを使ってジャムやスムージーを作り、キッチンカーや道の駅で販売しているんですよ」
城田の説明に合わせて、優花と千夏は目の前のブルーベリー畑を見渡した。約一ヘクタールの広大な畑に、整然と並ぶブルーベリーの木々。その間を、作業着を着た人々が行き来していた。
「すごい……!」
千夏が感嘆の声を漏らす。陽の光を浴びながら、黙々と収穫作業に励む人々。その姿は、どこか誇らしげにも見えた。
「あちらではオーガニック野菜を育てています」
城田が少し先を指さした。そこには、キャベツやレタス、ナスやトマトなど、様々な野菜の葉が畑一面に広がっている。
「オーガニック野菜は高付加価値で販売できますが、規格外のものも取っておいて、決して捨てることはしません」
その言葉に、優花が興味深そうにうなずいた。
「あちらの竹林では、とれた筍を加工しています。椎茸もハウスの中で栽培していますよ」
二人は興味津々で竹林の方を見る。農作業に取り組む人々の手によって、大地の恵みが育てられ、活かされているのが伝わってきた。
さらに、城田に案内されながら併設された加工場の建物へと向かう。
「こちらでは、先ほどの作物を加工しています。作業には障害者だけでなく、地域の高齢者にも参加してもらっています」
室内では、ジャムや漬物の瓶詰め作業が進められていた。手際よく作業する年配の女性たちの姿が見える。
「最近、食品衛生の法律が厳しくなり、安全基準を超えないと漬物などを道の駅で販売できなくなりました。そこで、家庭で長年漬物を作ってきた農家の方々にも、この施設でその技術を活かし、引き続き美味しい漬物や味噌を作っていただいています」
「素晴らしいですね! 私、道の駅の漬物や味噌、大好きなんです」
優花が感動した表情で言うと、城田が嬉しそうに微笑む。
「でしょう? さらに、ここで規格外の野菜を活用し、同じ法人が運営する高齢者施設やこども食堂の食材として提供しています。だから、廃棄するコストもかからず、無駄がありません」
千夏が目を輝かせながら尋ねた。
「じゃあ、ここでは野菜も、人も、どんなものも大切にされているんですね?」
城田は力強く頷く。
「その通りです。力仕事が得意な人は畑仕事を、機械操作が得意な人は加工機械を、細かい作業が得意な人はラベル貼りや梱包を――それぞれが自分に合った働き方で、いきいきと活動できるよう配慮しています」
千夏が嬉しそうに微笑んだ。
「すごいです! 私、この施設のことを知って、だからこそこの企画に応募したんです!」
その言葉に、城田は目を瞬かせた後、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
優花と千夏は、改めてこの場所の素晴らしさを実感しながら、施設の温かい空気を胸に刻んでいった。
施設内の会議室で、一同は改めて話し合いの場を持った。窓の外には広大なブルーベリー畑と野菜畑が広がり、穏やかな風が木々を揺らしている。
優花が真剣な表情で切り出した。
「それで、私たちが気象面でどのようなサポートをすればいいですか?」
城田の表情が引き締まる。
「やはり日当たりや風通しが重要です。それと水。温度や湿度の管理も大切です。我々でもできる範囲で工夫はしていますが、やはりプロの気象予報士の視点でサポートしていただければ心強いです」
千夏が少し不安そうな表情を浮かべた。
「責任重大ですね……」
そんな千夏の肩に、優花がそっと手を置いてにっこりと微笑む。
「大丈夫だよ、千夏ちゃん。私たちがついている」
その言葉に、千夏は少し表情を和らげたが、まだ迷いは消えていないようだった。
「ありがとうございます、優花さん。でも、私にできることって何でしょう? 気象予報士とはいえ、資格を持っているだけで、実際の現場のことは全然わからないし……」
優花はそんな千夏を励ますように、優しく言葉を紡いだ。
「それは一緒に考えよう。私もまだわからないことだらけ。でも、丁寧に観測すれば、必ず何かが見えてくるよ」
千夏は少し考えたあと、小さく頷いた。
「そうですね……私も無駄じゃないですね」
それでもまだ少し自信なさげな千夏の様子を見て、城田が彼女の目をしっかりと見つめながら口を開いた。
「高原さん。私はやはり、この企画の担当にあなたが選ばれてよかったと思いました」
「どうしてですか?」
千夏が驚いたように顔を上げると、城田は優しく微笑んだ。
「私たちはどうしても、『この仕事ができるか、できないか』で人の価値を判断しがちです。けれど、本当に大切なのは、『その人がどんな思いでその仕事をしているか』なんです」
その言葉に、千夏は目を瞬かせる。
「あなたは、まだ経験が少ないからこそ、相手の気持ちに寄り添おうとしている。その素直さと優しさは、何にも代えられない大切なものなんです」
「城田さん……」
千夏は思わず息をのんだ。
城田は続ける。
「ただ、どんなに本人が一所懸命働いていても、周りの人が『かわいそうだから働かせているんじゃないのか』とか、『本当に役に立つの?』なんて偏見を持ってしまうことがある。それが私たちの乗り越えなければならない課題なんです。せっかくみんなが生き生きと働いているのに、それをただの福祉活動として憐れみの目で見たり、本当の素晴らしさが伝わっていないことが多い。だからこそ、今回の企画に賛同しました。農福連携の可能性や、自然の素晴らしさを、気象の視点とともに世に伝える。それには、あなたのように人の心を大切にできる人が必要なんです。気象予報士としての知識だけでなく、働く人たちの気持ちに寄り添い、彼らが本当に求めているサポートを真摯に考えられる人が」
城田の真摯な言葉が、千夏の胸に深く響く。彼の誠実な眼差しを見ていると、自分の不安が少しずつ和らいでいくのを感じた。
千夏は目頭が熱くなるのをこらえながら、力強く頷いた。
「ありがとうございます。私、頑張ります!」
そして、深く頭を下げる。
城田もまた、千夏に向かって丁寧にお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
優花はそんな二人のやりとりを微笑ましく見守りながら、心の中で決意を新たにした。
――私たちの気象の知識が、ここで働く人たちの力になるように。




