千夏の空②
優花の脳裏に、小さな少女の姿が浮かぶ。
数年前、あるイベントの質問コーナーで「自分なんか何も取り柄がない。気象予報士になりたいけど、なれるはずがない」と涙ぐんでいた少女。彼女に向けて、幼い頃クラスメートから「お前なんかいなくてもいい」と言われ、いじめられていた優花は真剣に言った。
「この世にいなくてもいい人なんていません。辛い時こそ、空を見てください」
その後、優花に、優花が好きだと言った焼き鳥の絵を描いて持ってきてくれた。
それ以降、優花は「この子に気象情報を伝えよう」と、わかりやすく情報を伝える努力を重ね、優花の気象情報を伝える技術の評価をあげるきっかけになった。
後日、少年科学館のイベントにも来てくれて、一緒に気象の本を選んだことがある。その本を読んで、千夏は勉強し、見事史上最年少で気象予報士に合格。喜びに満ちたメールをアトモス気象研究所で見たとき、優花は感激で泣いてしまった。
「そうでしたか」
畠山は目を細め、にっこりと微笑んだ。
「私、知り合いだから選考から外れなければ駄目ですかね?」
優花は少し残念そうな表情を浮かべる。
畠山は小さく首を振った。
「いや、むしろ私もこの子がいいと思っていたところです」
「え?」
優花が驚いて顔を上げると、畠山は手元の資料をめくりながら続けた。
「これを見てください」
そう言って、彼は千夏の応募用紙を差し出した。
動機欄には、力強い筆跡でこう書かれていた。
『私はずっと自分に自信を持てなかったけど、優花さんに「この世にいなくてもいい人なんていない」と言われたことで、憧れの優花さんと同じ気象予報士になろうと決めました。必死に勉強して、試験に合格できました。
この企画を知った時、優花さんと一緒に気象の仕事ができるだけでなく、どんな障害者の人も、普通なら捨てられる野菜も、みんな大切にしている施設の姿勢が、私を救ってくれた優花さんの言葉と重なりました。私もそのメッセージを伝える側になりたいと思い、応募しました』
優花はその文字をじっと見つめた。
心の奥がじんわりと温かくなる。
千夏ちゃん。こんなにも成長していたんだ。
「頭のいい娘さんですね」
畠山が感心したように言う。
「この企画のコンセプトをよく理解しているし、伝えたい想いがしっかりしている。何より、彼女自身が気象の世界で成長してきた証がここにある。みんな、どう思う?」
彼がスタッフを見回すと、すぐに声が上がった。
「賛成です」
「異議ありません」
それを聞いた畠山は、改めて優花の方を向いた。
「では、ぜひ高原千夏さんでいきましょう。小林さん、宜しくお願いします」
優花の表情が、一気に喜びで輝いた。
「はい!」
心が弾むような気持ちだった。
あの時、小さな少女だった千夏ちゃんと、今度は一緒に仕事ができる。
この出会いが、どんな物語を生み出していくのか。
優花の胸は期待でいっぱいだった。
一週間後、日本エアウェーブの会議室。
小林優花が会議室に入ると、そこには紺色のブレザーの制服を着た一人の少女がいた。
高原千夏。
かつてイベントで出会った幼い少女は、すっかり成長し、背も伸び、表情も大人びていた。しかし、どこか面影は残っていて、優花の記憶の中の千夏と重なる。
「千夏ちゃん!」
優花が思わず声を上げると、千夏も驚いたように目を見開き、そしてすぐに笑顔になった。
「優花さん!」
二人は駆け寄り、お互いの顔をまじまじと見つめる。
「千夏ちゃん、大きくなったね。すっかりお姉さんになっている!」
優花は感慨深げに千夏の姿を見上げた。
「覚えていてくれたんですね、優花さん」
千夏は少し照れくさそうに笑う。
「もちろん覚えているよ。あの時もらった焼き鳥の絵、まだ机に飾っているし」
「えーっ、それ恥ずかしい!」
千夏は顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうだ。
「あっ、そういえば、優花さんも、また綺麗になっている!」
「千夏ちゃん!」
二人は顔を見合わせて、弾けるように笑い合った。
そこに、いったん席を外していた母親の真由が入ってきた。
「高原さん、ご無沙汰しています」
「小林さん!」
真由も嬉しそうな表情で近寄って深々とお辞儀をする。
「この度はありがとうございます。小林さんのおかげで気象予報士試験に合格できただけでなく、こんな貴重な機会まで与えていただいて、なんてお礼を申し上げたらいいのか」
「私は何もしていません。全部千夏ちゃんの力です」
「色々至らないところもあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。千夏ちゃんと仕事できるのが楽しみです」
優花も笑顔で丁寧にお辞儀をした。
打ち合わせが始まり、番組スタッフとともに企画のスケジュールや進行内容を確認する。畠山耕作プロデューサーがホワイトボードの前で話をまとめると、時計を見て言った。
「では、今から実際の現場へ向かいます。僕が車を出しますので、一緒に来てください」
「はい!」
二人の声がそろい、会議室に元気な声が響いた。




