9.人殺し
長くなっちゃった。
はぁはぁはぁはぁ。
かなり走り回ったが見つかんないぞ。
見逃した…?いや、あんな美人を見逃すはずがない。
天使や悪魔を何人も見たがあんな美人はなかなかいない。まさかこの病院から出てっちゃったのか?
そんなことを考えながら最後の廊下がある階まで登ってきた。この階にいなければ外に出てしまったということになる。頼む!居てくれ!ちゃんと返したいんだ!あくまで返したいだけだからな!うん!
「お願い…!頑張って!お願い…!!」
突如少し奥の部屋から聞き覚えのある声が聞こえた。
間違いない。あの天使の子だ。
何やら緊迫した声色だが何かあったのだろうか。
声が聞こえた部屋まで行き覗くと突然激しい光が視界に入ってきた。
「うっ!なんだ?」
思わず被ったが直に目が慣れ中を見れるようになった。そこにはベッドに寝ている女の子に両手をかざす彼女の姿があった。
「お願い…!お願い…!お願い…!」
激しい光はその両手から発せられているように見える。まさか、魔法か?異世界といえば魔法。これがこの世界の魔法なのか?!
でも何をしているのだろうか。
ベッドに寝ている子はぐったりとした様子だ。
まるで…死にかけているような。
はっ!そうか!わかったぞ!彼女は治療しているんだ。そうかヒール魔法だ。間違いない
「やめて!やめてよ!まだ、早いよ!」
多分、難航しているんだろうな。
彼女の表情はかなり険しい。それどころか涙ぐんでいるように見える。親しい関係なのが伝わってくる。重度の怪我…いや、病気なのだろうか。
俺が部屋に着いてから体感10分ほど経っただろうか。
彼女が発している光が次第に弱くなっていく。
そしてその光は完全に収まった。
その途端。彼女は膝から崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
大きな泣き声が部屋中にいや、廊下中に響き渡った。
どうやら救えなかったらしい。
溢れる大粒の涙を拭いもせず項垂れ泣き叫ぶ彼女を見て自分に重ねてしまった。
父さんの遺体を確認した時の俺と全く同じ泣き方だったからだ。彼女の隣にたっている医師と思われる天使もかける声を失っているようだった。
そんな状況で声をかけ「手鏡落としましたよ。お嬢さん」なんて言えるはずがない。またの機会に返すことにしその場を去った。
『彼女に鏡返さなくていいんですか?』
「何言ってんだ。タイミングがあるだろ。今の彼女はそれどころじゃない」
『そうですかね?彼女は今とても辛い状況だと思いますですけど』
「だから声掛けられないって言ってんだろ」
『なんでです?』
「なんでって!そりゃぁ…お前…」
『辛い時に一人で考えて悩んでってする方がいいってことですか?』
「っ…!」
『僕なら寄りかかる相手が欲しいと思いますです。辛い時に「辛かったね。大変だったね」って認めて欲しいと思うです。だから僕は話しかけるべきだと思いますです』
「…認めて欲しい…か」
否定しようがなかった。
俺にもあの時「大丈夫。お前は一人じゃない」って言ってくれる人がいたのなら。未来は変わっていたのかもしれない。転生なんてしなくて済んだのかもしれない。
『彼女の居場所知りたいです?』
「あぁ。頼む」
リューが示した場所は病院の屋上だった。
そこに設置されたベンチにひとりで項垂れている彼女の姿があった。
「…あ、あの…」
何ビビってんだ。オレ!
声かけろ!彼女の為だろうが!支えてあげるんだろ!前世で何も出来なかった自分を…前世の自分と同じ状況の彼女の気持ちを…変えるんだろ!
覚悟は………決まった。
「あ、あの!」
「え…?」
涙を拭いながら顔を上げた彼女の顔はかなりボロボロだった。赤く腫れた目がどれだけ泣き追い詰められたのかを物語っていた。
「ごめんなさい。こんな時に話しかけて。これをお返ししようと思って」
手鏡を差し出した。
「これ…!私の…!良かったぁ!大事なものなんです。拾ってくれたんですね。なんとお礼を言っていいか…!」
「い、いいんです!俺のせいで落としちゃったみたいな感じだし…」
「いやいや、ぶっ飛ばしちゃったのは私なので…!でも本当に助かりました。ありがとうございます!」
深々と頭を下げる彼女を見て人付き合い大苦手な俺が珍しく察してしまった。
気を遣わせている。
涙を隠して辛いことがあったんだと俺に悟らせないような対応。そう感じざるを得ないほどに無理が伝わってくる。こんな対応させる為に俺は話しかけたんじゃない。
「大丈夫ですか」
「え?なにがですか?」
「あーいや…実は。見ちゃったんです。あの病室で貴女が泣いていた所を」
「!」
「本当にすみません!その鏡を返そうと探していたらたまたま…」
「そ、そうですか。お見苦しいところを見せちゃいましたね」
「い、いえ。そんな事は。あの子…親しい子だったんですか」
「……」
「ご、ごめんなさい!こんなこと聞いて!失礼でしたよn…」
「あの子は元々重度の病気でした」
「!」
どうやら話してくれるみたいだ。
「天使の子供は羽が大きくなるまで病気等に罹りやすいんです。これは天使の体質なので仕方の無いことなんですが彼女が罹った病気は中でも酷い病気でした」
「酷い…病気?」
「はい。征魂病です」
「征魂病…」
聞いた事のない病名だ。恐らくこの世界にしか存在しない病気なのだろう。
「この病気にかかれば日が経つにつれて魂の活力が無くなっていってしまうんです。体は健康なのに…衰弱死する。原因不明の病気です」
「なっ。そんな事有り得るんですか…!」
「はい。しかも厄介なのはどんな傷も病気も完治させることが出来る私の天賦でも…あの病気は治らなかった。つまり正真正銘の不治の病なんです」
「そんな…」
「あの子がここに運ばれてきた時。私にこう言ったんです。助けて、死にたくないって。私は約束したんです。必ず乗り越えて遊びに行こうねって。でも私はその約束を守れなかった…死なせてしまった。全療の天使なんて持ち上げられて調子に乗って、絶対に助けるなんて意気込んで。……私は酷い嘘つき。ただの人殺しなんです」
人殺し…か。それは重い烙印だ。
俺は向井を追い詰め死に追いやった。殺したんだ。あいつがどんなに醜い悪人でも殺してしまったという事実は変わらない。それに向井玲奈の心も人生も…命も全てを奪ってしまった。俺は今その重責を背負って生きなければならない状況だ。とても辛くしんどい道だ。でも彼女は違う。ほっといても死ぬ相手を救えないからと言って人殺しになんてならない。なのに、自分を人殺しだと揶揄するのはそれだけ責任を感じているんだ。こんな時にかける言葉は…いや、かけて欲しい言葉は…
「俺は…昔命を奪った事があります」
「え?」
「復讐でした。親しい人を殺された恨みで精神的に追い詰め自殺させてしまった。とても後悔しています。自分の憎悪が自分を止められなかった。誰かを思いやる気持ちなんて持てなかった。でもあなたは違います。自分じゃない他人の為に全力を尽くした。それは人殺しなんかじゃない。貴女の優しさや覚悟や想いは悪意じゃない。真っ直ぐな善意です。それが至らなかったからと言って自分を責める必要はない。と思います」
「あ、あの…」
俺は何を言ってるんだ。
突然人殺しをした宣言なんかして…。
慰めるつもりだったのに完全に引かせちまったじゃねぇか。完全に嫌われ…
「ありがとうございます」
え?聞き違ったか?
「貴方は優しいですね。私を慰めるために自分でも忌み嫌うような過去をさらけ出してくれるなんて。元気づけてくれてありがとうございます」
「い、いや、とんでもない!出過ぎた真似をし過ぎました!」
「そんな事ないです!貴方のお陰で…少し…落ち着きました。それに貴方の言う通りだと思います」
「え?」
「私自身が彼女に向けた優しさや想いは全力でした。それを否定する事になれば私を信じてくれたあの子に対しても失礼ですし冒涜だと思います。今すべきことは彼女に対して謝る事でも己を責めることでも無い。もう二度とこんな事にならないようにする事。そうですよね?」
「そ、そ、そうです!その通りですよ!」
そこまでは言ってないんだけどなぁ。
やっぱりこの人は元々芯が強いんだろう。俺の励ましの言葉に感銘を受けた訳ではない。俺の行動で自分の行動を省みて己を律した。ただそれだけなのだ。
すごい。尊敬に値する生き様だ。
「あの、お名前を聞けませんか」
しれっと聞いてしまった。
キモイとか思われてないかな。大丈夫かな
「ええ勿論です。私はネオ・マーティバルっていいます。この病院の医師をやってます」
ネオ・マーティバルさん…か。
名前まで美人だなぁ。そんな概念無いけど。
「貴方のお名前は?」
「俺は渡な…じゃなくてレグルス・ドラコ・ヴァンテールです」
「レグルスさん。いいお名前ですね」
ウヒョー!美少女に言われたい言葉ランキング上位の言葉「いいお名前ですね」頂きましたー!まさか人生で言われることがあるとは…まぁこれを人生ワンカウントはズルな気もするが…そこはご愛嬌!
「レグルスでいいですよ。それに敬語も不要です。気軽に接してください」
「本当?なら私もネオって呼んで!貴方とは仲良くなりたいから」
「わ、分かりま…。いや、わかった!これからよろしく。ネオ」
「こちらこそよろしくね。レグルスっ」
なんだこれ…これがこれが恋の始まりってやつなのか。お互いに名前を呼び捨てで呼び合う。
あぁ夢でも見てるのではなかろうか。俺が…あの俺が女子と呼び捨て同士で…えへ…えへへへ。
っと。いかんいかん。
俺はそんなことをするために転生したんじゃない。
転生した向井玲奈を探しだし謝罪する。そして本当のヒーローを目指す。それがこの世界での俺の果たすべき任務であり責務だ。
…んー。まぁでも?少しくらいはいいよな?
恋愛したら罪滅ぼしにならないなんて誰が決めたんだよって話だ。よし。決めたぞ。責務を果たしつつ俺は恋を追いかける。渡辺樹に出来なかったことをレグルス・ドラコ・ヴァンテールがやるんだ!
「私…とっても嬉しい」
おいおいやめてくれよ。本当に嬉しいのはこっちなんだからさ。
「レグルスは他の人とは違う。私に優しく接してくれるなんて」
「な、それはどういう?他の人たちはネオに優しくないの?」
「うん。統一区の病院の中でもここは天使の患者が少ないの。だから必然的に悪魔を診る事が多いんだ。私には悪意がなくても悪魔達は違う。天使ってだけで忌み嫌われて診察中に怒鳴られたり陰口を言われることなんてしょっちゅう。でもレグルスは違う。私に鏡を届けてくへて寄り添ってくれて支えようとしてくれた。だから私とっても嬉しかったの。あぁ。良かった。”悪魔”にも優しい人はいるんだって思えて」
悪魔…にも?まてそれはどういうことだ
「レグルスは…良い悪魔ね!」
俺が……悪魔?
待て待て待て。確かにこの世界に来て自分がどっちなのかの確認はしてなかった。…俺が悪魔?でもあいつは…!プリンツィはヒーローに向いてる種族って…!天使のことじゃなかったのか!?どういう事だよ。
こんな…こんなことっ!
「レグルス…?大丈夫?」
「悪いネオ。鏡を貸してくれないか」
「鏡?うん。いいよ」
ネオが出した鏡を覗き込んだ
そこには黒い髪に切れ長の深紅の眼をした男の顔が映っていた。顔だけでいえば絶対に天使ではない。
驚いたような表情のガラの悪い男の顔だった。
なぜ俺は自分を天使だと思っていたのだろう。
天使と悪魔の関係性を知った。俺は拷問されていた。そしてドルジのあの憎き敵を見るような目を覚えている。なんであの目が天使の仲間を見るような目だ勘違いできたのだろう。全ての要素が…俺を悪魔だと確信づけるのに充分だった。
「レグルス、本当に大丈夫?」
「あ、あぁ。なんでもない。ありがとう。少し目にゴミが入った気がしただけだから」
「なら良かった。急に怖い顔するからびっくりしたよ。でも本当になにかあるなら言ってね。私にできることなら何でもするから」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして。あ、そろそろ戻らないと。あの子に最後のお別れちゃんとしてあげなきゃ。レグルス。本当にありがとう。貴方のおかげで目が覚めた。だからレグルスも自分を責めちゃダメだよ。お互い頑張ろうね!」
「あぁ。そうするよ」
「じゃあまた明日!」
「うん。また明日」
彼女は微笑み手を振りながら去っていった。
姿が見えなくなった途端ぐっと体が重くなった。
外はもうじき夜になろうとしているようだ。夕陽が俺一人になった屋上を煌々と照らしている。
夕焼けの綺麗さはあっちの世界もこっちの世界も変わらないな。…なんてな。
俺は自分の病室に戻った。
自分が悪魔だと知りかなりショックを受けたらしい。
想像以上に疲れている。まぁ走り回ったりしていたのもあるだろうがそれにしてもだな。
そうか。俺は悪魔だったんだ。
まぁそうだよな。あれだけの事をして転生したんだ。そりゃ悪魔にされるに決まってる。
でも俺が悪魔だと分かったからこそより気になるのはやっぱりバンテインの態度だ。いかに嘘をついているかどうか分かるとはいえ存在自体を恨みあっている相手に拷問所から病院に移しわざわざ記憶を取り戻す為に本や息抜きを用意する理由があるのか?
俺が勘違いで捕まっていた事に何か関係はあるのだろうがあまりに不自然過ぎる。
今後あいつは警戒しなきゃならないな。
そんな事を考えていたが…流石に眠気が強くなってきた。意識を保って居られない。あいつの事を考えるのは……また…明日に…
パリィン____________!
突如大きな音を立てながら部屋の窓が粉々に砕け散った。そして視界には見知らぬ男が映っている。
どうやらこの男が飛び込んできた事で窓が割れたようだ。
「お、見つけたぜ!行くぞ!」
そういうと男は俺に手を差し伸べてきた。
一体この男は何者なんだ…?
10話に続く




