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10.英雄の悪魔

頭に八巻のようなものを巻いた緑髪の男は手を伸ばしたままこちらを見つめポカンという表情をしている


「おい!何してんだ!早くしねぇと天使共が来るぞ!」


これ俺に言ってんだよな?

この部屋には俺しかいないし…そうだよな


「あ、あのぉ。どちら様ですか」


「はぁ?何ふざけたこと言ってやがる!早く行くぞ!」


行くってどこにだよ!

一体なんなんだ!こいつは!


「ったく!しゃーねーな!」


そういうと男は無理やり俺の手を掴んだ。


「ちょ、おい!」


「飛ぶぜ!舌噛むなよ!」


「飛ぶ?!って…お、おい!」


「レッツゴー!」


男はそう叫ぶと俺の手を握ったまま窓から飛び降りた。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ものすごいスピードで3階から落下していく。

空中で男は体をひょいと捻り俺をまるでおとぎ話のお姫様を扱うみたいに前で抱えた。

そしてそのまま地面に激突…と思ったら綺麗に着地した。


「殺す気かぁぁぁっ!」


「お前がモタモタしてるからだろーが!天使共が来たらめんどくせぇことになるっつってんだろ!」


「意味がわかんねぇよ!てか降ろせ!お前誰だよ!」


「うおっ!」


暴れてようやく離して貰えた


「なんだよ!レグルス、お前らしくねぇぞ」


お前こそなんだよ!

俺の何を知ってやがるこのバカチンイカれバンジー野郎が!


「とにかく行くぞ!」


またも俺の手を掴み今度は走ろうとする。

俺はそれを全力で拒んだ。


「お前は何者だ!どこに俺を連れて行く!何する気だ!」


「はぁ?くだらねぇ冗談言ってんじゃねぇよ。今はふざけてる場合じゃねぇだろ。一刻も早く本隊に合流しなきゃ!」


「何言ってやがる!本隊ってなんだよ!俺にお前との面識があるような記憶はない」


「なっ!」


「まるっきりだ。まるっきり何も知らん!当然知ってるよなくらいで言われても俺はわかんねぇんだよ!順序建てて話せ。な?おk?はい!一からゆっくり!」


「あーもう!意味わかんねぇ!」


どうやら緑頭も訳がわからなくなってきたみたいだ。

まずいぞ。収集がつかない。とりあえずこいつの手を取るのはやめておこう。絶対に何かしらの問題が起きると俺の直感がアラートを鳴らしている。


ピカッ!


突如空が光った。雷か?と思い空を見上げた途端。

とんでもないスピードで体が押し出された。地面に滑るように倒れ込む。体の上には緑頭が覆いかぶさっていた。なんだ?こいつが俺を突き飛ばしたのか?


「いってぇな…何しやが…」


「ほう、私の一撃を避けるか」


なんだ?知らない声だ。

声の方向を見ると紫っぽい長い髪と大きな羽を携えた糸目の天使が立っている。どこから現れたんだこいつ。


「ふむ。これを避けられる程だったとは。少し侮ってしまったか」


避ける…?なんだ?俺は攻撃でもされていたのか?


「ったく…。おい、レグルス。怪我ねぇか」


緑頭は体起こしながら俺を見つめる。

なんなんだよ。一体何が起きてる


「怪我なんかねぇよ…」


「ならいい。立て。やるぞ」


やる??何を?


「私は、ルルクス・ナインティス。天兵団第十六組副団長」


「ルルクス・ナインティス…!?あいつが…あの!星の天使か…!」


「ほう。私のことはしっかり知ってるらしいな。私もお前の事を知っているぞ。疾風の悪魔、ハヤテ・ダッシュ」


「ちっ、だからなんだよ」


ルルクス・ナインティスと、ハヤテ・ダッシュか。

当たり前だが聞いたこともない名前だ。


「別に?死にゆく者の名前を覚えてやるのはせめてもの救いだからな。戦いの際私が名乗った相手で生き残ったものは居ない。ただ一人を覗いてな。つまり私にとって名乗りとは死刑宣告なのだよ。名も知らぬ相手に殺されては死ぬに死にきれんだろう。私の寛大な心に感謝して死ね」


「はっ、よく言うぜ。残念ながら今日で生き残り記録は更新して三人になる。よく覚えとけよ」


「ふん、その減らず口を減らしてやる」


糸目天使が剣を頭上に翳すと空に輝く星のひとつが更に激しく光る。その光からとてつもない素早さのレーザーが突如俺めがけて降ってくる。


死ぬ…!


そう思った途端、ものすごい速さで体が押し出される。瞬きの間に数十メートルは移動したように感じる。俺がいたところには先程のレーザーが突き刺さり激しい轟音が鳴り響いた。

一体何が起きてんだよ…!


「何ボサっとしてんだよ!」


緑頭がものすごい形相で俺を見ている。

どうやろ押し出したのはこの緑頭のようだ。そうか。こいつはめっちゃ早く移動できる魔法を使うんだ。多分。てことは俺を助けてくれてるわけか。よく良く考えればさっきも俺を助けてくれた…それにさっきからの発言。

間違いなくこいつは俺を知ってる…。一体どういう事なんだ。


「私の裁きを二度も避けたか!不敬者め!いいだろう!本気で貴様らを葬ってやる!」


「なぁ、レグルス!なんで戦おうとしねぇ。死ぬぞ!」


戦う…?俺が…?そんなの無理に決まってる。

死ぬのは怖い。いや、死ぬ事は許されない。俺にはやるべき事がある。でも…それでも…俺にそんな力はないんだよ。

俺はただの引きこもり。自分の過去にも両親の死にも立ち向かえなかった非力な男だ。戦うなんて…そんな事無理に決まってる。


「俺は………戦えない…」


「はぁぁ??ふざけんな、ビビってんのかよ!」


「は、とんだ腑抜けだな。記憶と一緒に勇気まで失ったか。英雄の悪魔」


英雄の…悪魔…?


「記憶っ?!まさかお前…記憶が…!?」


「なんだ。知らなかったのか。こいつは記憶喪失。お前の事はもちろん、この世界についても何も覚えていない」


「嘘だろ…おい、何とか言えよ!レグルス!俺の事、覚えてんだろ?なぁ!俺とレグルスの絆がそんな簡単に失われる訳ねぇだろ!なぁ!レグルス!」


「知らねぇよ!」


「なっ!」


俺は…記憶喪失じゃない。なんにも知らないんだよ。

本当に。お前にとって俺がどんな存在なのかなんて知らねぇ。だからお前の期待する俺にはなれないんだ…。


「悪いな…」


「ハッハッハッハッ!滑稽だな!あの英雄の悪魔がこんなにも惨めになるとは!愉快、愉快だ!ハッハッハッハッ!」


「英雄の…悪魔」


「そうだ…てめぇは、英雄の悪魔だ。ずっとそう名乗ってたじゃねぇか。お前は正真正銘英雄だ!思い出せよ!なぁ!レグルス!」


英雄の悪魔。

俺が…英雄…か。はっ、無理だよ。

ヒーローになる為にこの世界に来た。でも悪魔に生まれ変わった。プリンツィに…騙された。

俺に誰かを救う事も、俺自身の罪を清算することもきっと出来ないんだ。そう…だって俺は…悪魔なんだから。


『それは違うです』


…?リュー?


『樹くんは、気づいていないんですか?』


気づいてない?何に?


『もう既に誰かを救ってるってことにです』


救ってる…だと?誰をだよ。

俺みたいな人殺しに救われた人なんているわけが…


『良い悪魔だと…言われたんじゃないんですか』


…!

俺の脳内には数時間前の記憶が流れた。

そう…彼女の、ネオの言葉だ。


「私…とっても嬉しい」


「レグルスは良い悪魔ね!」


そうだ…ネオは…俺に救われたと思ってる。

そして俺が彼女を救った事を拒否するのは彼女の気持ちを拒否するのと同じことだ。

自分がした事をするべき事を受け入れ認める。

それが俺がこれから歩むべき正しい英雄の道だ。

そうだ、そうだよ。悪魔だからヒーローになれないなんて誰が決めた…悪魔だから英雄じゃだめなんて誰が決めた…!俺は悪魔は悪魔でも良い悪魔だと言ってもらったんだ。そう。俺はレグルス・ドラゴ・ヴァンテール。英雄の悪魔だ!


『それでこそ。樹くん…いや、レグルスです!』


「ではな。疾風と英雄。お前ら二人を同時に討ち取れる事を誇りに思おう。さらばだ」


ルルクスが剣を掲げる。

さっきの星の光と同じ光が数十個光る。


「まじかよ…!こんなの…さすがに俺の天賦でも避けられねぇぞ…!レグルス!おい!レグルス!死ぬぞ!」


ルルクスはニヤリと笑うと剣を振り下ろした。

それと同時に全ての光からレーザーが照射される。


「レグルスー!」


ハヤテの叫びと同時に光は二人の元に降り注いだ。

轟音と共に凄まじい地鳴りと土煙が辺りを包んだ。


「はっ。骨も残らず死んだか。呆気ない。…っ!?」


剣を仕舞おうとするルルクスの手がピタリと止まった。土煙が漂っている先を睨むその目にはある光景が映っていた。赤色のオーラのような物が立ち上っている。


「その…力…!貴様!」


仕舞いかけていた剣を素早く抜き構えるルルクスの目線の先にはある物が現れる。それは真っ赤なオーラをその身に纏いハヤテを庇うように立っている男の姿だった。

そう…その男は。


「俺は…いや、俺が。俺こそが!ヒーローだ!」


英雄の悪魔だった。


11話に続く

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