16.英雄伝説 序章
ここは…どこだろうか。
真っ黒な空間が広がっている。どこかこの雰囲気は既視感がある。そうだ。ここはプリンツィと出会ったあの場所だ。そこはかとなく似ている空気を感じる。
「貴方、よくやってるわね」
「なっ!誰だ!」
振り返る声の主らしき女が目の前に居た。
綺麗な琥珀色のショートカットで綺麗な青い目の彼女は俺の顔を見つめぽかんとした表情をする。
「あら?私しか感知できていないのね」
「感知…?」
「まぁいいわ。私とコンタクトできているなら問題ない」
「誰だって質問には答えてくれねぇのか」
「私が誰か?そうね…教えてあげてもいいわ。でも1つ先に聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
「そう。貴方が今の世界に来た方法。それを教えてくれない?」
「方法?」
「あなたは天使と悪魔もいない世界から来た。違う?」
「そうだけど…」
「誰に連れてきてもらったの?」
「誰…?」
プリンツィのことか?なんでそんなことが気になるんだ?ていうか真面目に答えていいのだろうか。こいつの存在も理由も分からない。そんな状態で答えれば俺の身に危険が…。
「ピーエン。」
は?
「そう、名乗ったんじゃない?」
ピーエン…。名前か。こいつはそのピーエンとか言うやつの力で俺が転生したと思ってるのか。違う、と言うもの微妙だな。真実を言おうと嘘を言おうと確信を与えかねない。その確信がこいつにどんな利があって俺にないかが分からないからな。
「…分からない。この世界の外から来たのは間違いない。でも誰にそうしてもらったとかどうやってきたかとかは覚えてないんだ」
「…」
少し厳しいか?
「…そう。ならいいわ。教えてくれてありがとう」
「あ、あぁ」
ふう。良かった。何とかごまかせたみたいだ。
「それで?あんたは?」
「失礼。名乗る約束だったわね。私は天命神。天命神ミレーナよ」
「天命神…?」
どこかで聞いた…あっ!あの本だ!病院で読んだ天魔の起源に書いてあった女神が身体を分けたという五柱の神の一人にそんな名前があった。…てことはこいつ、いや、この方は神様ってことか?!
「し、失礼致しましたぁ!」
「やめて。さっきと同じ接し方でいいわよ」
「そ、そうです…いや、そうか。それで?神様が俺になんの用で…てかここは一体?」
「ここ?ここは貴方の精神世界よ。言い換えれば心の中や夢の中とも言えるわね」
精神世界…。つまりリューもこの空間に居たと言うことなのだろうか。
「私があなたに会いに来たのには理由があるの」
「はぁ」
「女神の心臓。って知ってる?」
女神の心臓!でた!この世界に来てそんなに経っていないが早速情報が!
「名前だけはな」
「そこには私達が封印されている」
「なっ!」
封印…?どういうことだ。プリンツィが言うには女神の心臓は装置だと言っていたが…。それが神を封じ込める装置だとでも?
「封印ってどういうことだ」
「それを説明するのには時間がない。どうやら貴方は目を覚まそうとしているみたい」
「目を…?」
待て。そういえばだ。俺が置かれているのはどういう状況だ?俺はあの堕天使と呼ばれてたやつと戦い暴走した。そこで…次に意識が戻った時に知らないオッサンがいて…。そしてまた気を失った…のか。
「お願い。女神の心臓を探し出して。じゃなきゃこの世界は…滅びる」
「世界が滅びる…?どういうことだ」
「頼んだわよ」
「待て!」
どんどんとミレーナの姿が薄く遠のいていく。手を伸ばすもその時には彼女の姿ははっきりと見えない程に薄れていた。次第に暗闇だけだった空間に光が差し込んでくる。
気がつくとベッドの上だった。ここは…どこだ。辺りを見回す。ネオがいた病院とは違う。雰囲気はコテージ的なログハウスのように思える。近くの暖炉には牧がくべられており部屋中は丁度いい暖かさだった。戦いはどうなった。街は…ネオは、ハヤテは…。みんな無事だろうか。俺は……また誰かを殺したりはしていないだろうか。
ガチャッ
扉が開く音に頭が反応した。向けた視線の先にはハヤテが立っている。
「ハヤテっ!」
「レグルス!目ぇ覚めたか!」
ハヤテの状態は最後の記憶とは齟齬がある。ボロボロの血塗れだったのにそんなのは嘘だったんじゃないかと思うほど健康体。目視でそれがわかるのが何よりの証拠だ。何はともあれ良かった。ハヤテは無事だった。
「俺はどんくらい寝てた。街はどうなったんだ」
「安心しろ。お前が寝ていたのはせいぜい一日ってとこだ。街の方もお前が戦い出して以降の被害は出てねぇ。ネオっていったか?お前が気にかけていたあの天使も無事だ。俺とお前を治してくれたのもあの子だ」
「そうか…」
ひとまず丸く収まったらしい。そうか。ネオが俺達を…。ハヤテの傷が完治しているのも納得だな。
「ここは?」
「ここはあの統一区の街から東に数十キロの邪域。中型の町、ネンリケだ」
邪域…。確か悪魔しかいない地域。だったよな。
「あの堕天使はどうなった」
「逃げた」
「うおっ!?」
さっきまで誰も座ってなかった椅子に突如オッサンが腰掛けている。待て…このオッサン。
「あんた…あん時の」
「やっぱり記憶なくしてるのは本当みたいだな。悲しいぜ。俺は」
「まぁまぁ。いいじゃないっすか。無事に戻ってきたんだから」
「はっ。違ぇねぇ」
ハヤテは心を許しているようだし悪い奴ではないのだろう。それに思い返せば俺を助けてくれていたような気がする。
「んじゃ、自己紹介と行くか。ルーギア・ファルティナークだ。改めてよろしくな」
「レグルス・ドラコ・ヴァンテールっす」
「俺は知ってるっつーの」
「あっ…すみません」
「ハハハハハハッ。レグルスはやっぱおもろいわ!」
「なっ、ハヤテ!どういう意味だ!」
「別にー?」
全く…。とりあえず現状は理解できた。でもまだまだ知っとかなきゃいけないことはある。
あとはルーギアに聞いてみよう。
「あの、ルーギアさん」
「おいおい、お前に敬語使われると気持ち悪ぃな。そんな畏まるなよ。俺とお前はずっと対等に会話してたからな。ふつーに話せ」
「わかった。聞きたいことがある」
「ん?なんだ?」
「なぜ俺をあの街から離した」
「…」
「街はあれ以降の被害が出てない。それに俺を治療したのはネオだ。つまり病院には一度運び治療を受けさせた。なのに俺をわざわざ、邪域に…悪魔が住まう場所に連れてきたのはなんでだよ」
「そりゃあ…おめぇ…」
「俺が拷問を受けていた事とあのルルクスとかいう天使が襲ってきた事が関係してる。そうだろ?教えてくれ。俺はなんで捕まってた。なんで殺されかけたんだ」
俺の問いかけにルーギアからさっきまでの余裕の表情が完全になくなった。ハヤテも目線を逸らし黙っている。完全に地雷を踏んだような空気感だな。
しばらく沈黙した後、ルーギアが重い口を開いた。
「…記憶をなくしたお前にするべき話じゃないがそれでもいいのか」
「なっ、ルーギアさん!本当に話すつもりですか!」
「じゃなきゃこいつは納得できないだろ!」
「ですけど…」
「いい。聞かせてくれ。覚悟はしている」
「わかった…。約一か月前。ここから遠く西方に存在する大都市聖域、シャテンバークで天使の大量虐殺があった。兵士も非兵士も関係なく、死者数は一万人を超えている。行方不明者も数名いるらしい」
「なっ!?」
大量虐殺…?つまり天使が何人も殺されていたってことか…?誰がそんな惨い事を…!
「それを悪魔、天使両方の軍が調べたところ大量の魔力残滓が発見された」
「魔力…残滓?」
「あぁ。すまねぇわかんねぇよな。悪魔と天使はそれぞれ生きる為のエネルギーみたいなのを体内に宿してる。悪魔なら魔力、天使なら神力。それぞれ使えばそれぞれの残滓…つまり残りカス見たいもんが辺りに散るんだよ」
「…魔力残滓が出たってことは悪魔がやったって事」
「あぁ。一応例外もあってな。穢れた魂と呼ばれる怪物がいる。無機物と有機物が混じったような見た目で数千年前に悪魔と天使間の戦争の激化を止めるために神が生み出した存在。伝説では罪人の魂を混ぜ込めて作られた者という見方もあるらしいが…。まぁそれはいい。そのステインも魔力や神力が力の源なのさ」
無機物と有機物が混じった…?そうか、あの森で出会った石像とミックスされているような見た目の犬はステインだったのか
「そのステインとやらの仕業の可能性もあるのか?」
「いや。その可能性はほぼない。というか確実にない」
「え?」
「聖域、邪域。それと統一区は結界が貼られていてな。ステインはこれを通れないんだ。これらはこの世界の王…空皇が管理してる。」
「なるほど…その王様がいる限りステインが入り込む隙はない…」
「そう。そんなわけで十中八九、悪魔の仕業だと判断された」
「まさか…その犯人が」
「あぁ。お前かもしれないと天使共は疑ってる」
「嘘だろ…!」
そうか。ならあの拷問に必死感があったのも理解できる。でも…なんで俺なんだ…?
「お前しか居ないんだ」
「え?」
「今、俺が疑われているのはなんでだって顔してたからな。それに対する答えだよ」
「待て待て待て。俺にしかできないってどういうことだ」
「聖域には、いやまぁ邪域もそうだがそれぞれの入口には門番がいる。悪魔が入ろうとしたらすぐにわかる」
「いや、だとしたらそれは俺も一緒だろ」
「…悪魔には翼がない。空を飛べないんだ。この何千年もの間空を飛べる天賦を授かった悪魔は一人もいなかった。でも…お前は違う」
「まさか…俺はあのオーラで」
「そう。羽を作り飛べる。お前はよく神に愛された悪魔だと昔から言われてた。そんなわけで英雄の悪魔を名乗るようになってから有名になっちまってな。邪域とは違って聖域には空を監視する監視塔が無いことを利用し空から侵入。大量虐殺を行ったと疑われている」
「俺が…そんなことするはず無っ…!」
いや、待て。これは俺が転生してくる前の話だ。転生してくる前のこのレグルスの身体は確実に何かをしていた。俺の…樹の人格とは違う、レグルスの意思があったのだと思う。一概にしてないなんて言えない。
「お前はやってない」
ハヤテ…
「俺はお前がそんなことをするとは思えない。誰よりも英雄であろうとするのがお前の良いところだ。だから気にするな。前向いて英雄で居続けてくれ」
「ありがとう」
ハヤテのその言葉に救われる。俺はハヤテの言葉を信じたい。レグルスの事を心から信じてくれてるハヤテを裏切りたくない。
きっと…きっと証明してやる。レグルスは無罪だって。
「覚悟が決まった顔してるな」
「あぁ。俺は絶対に俺の無実を晴らす。そんでそんな悪逆非道な事をしたやつを絶対にぶちのめして本当のヒーロー、いや英雄になってやる!」
「それでこそレグルスだぜ!」
「あぁ…だな。さて、話を戻すが。そんな訳でお前さんは天使共から執拗に追われてる。次捕まれば即刻首が飛ぶと思え」
「くっ…」
俺の置かれている状況はさしずめ絶望一歩手前といった所だ。
「だからこそこんな見つかりずらい場所に隠れてるってわけよ」
「ん?でもよ。ここは邪域、悪魔の領土だろ?わざわざこの中でも隠れる必要はなんだ?」
「悪魔のやつらも一概に仲間とは言えないからな」
悪魔も仲間じゃない?どういうことだ
「さっき天使と悪魔にはそれぞれ軍があるって言ったろ。その悪魔側の軍、魔兵隊の総隊長はお前を捕まえて天使側に突き出すつもりだ」
「はぁっ!?」
待て待てなんでだよ!俺を突き出してどうする!俺は同じ悪魔だ。お互いに憎みあってるなら自分の種族はより大事に………いや、待て。
違うそうじゃない。大事だからだ。どっちも大事に思うからこそ天使とのぶつかりを避けるために俺を…人柱にしようってのか。
「ふっ。何となく察しは着いたみたいだな」
「あぁ」
「そんな訳でお前さんを堂々とお天道様の元歩かせる訳には行かないのさ。しばらくはこのマントを羽織って動いてくれ」
そう言って漆黒のマントを投げて渡してきた。
仕方ない。疑いを晴らすために動くんだ。その前に捕まれば本末転倒だからな。ルーギアの指示に従うのが懸命だろう。
「でも…どうやって犯人を見つけるかだな。俺はそもそも堂々と動けないし」
「そこは任せろっ!俺たちが助ける!」
「は?どういう事だ」
「ハヤテの言葉のままの意味だ。俺たち、いや魔導組がお前を助ける」
「魔導組…?」
「俺たちは魔導組っていう名前の自警団的な組織なんだ。ちなみに俺がリーダーでお前もハヤテもメンバーだ。まぁお前に関しては”だった”が正しいが」
「そうなんだぜ!」
「俺たちは天使と悪魔の共存を目指す為に活動してる。統一区なんて中途半端なものじゃない。悪魔だろうが天使だろうが関係なく全員が幸せに暮らせる世界にするのが目的だ」
全員が幸せにか…。
俺はネオの事を思い出していた。彼女は俺に対して最初から優しかった。一度失望させてしまったのにそれでも俺を信じてくれた。でも悪魔共は彼女の優しさを…天使だからというだけで遠ざけ憎しみの目を向ける。あれが無くせるなら、彼女がどんな状況でも眩しい笑顔でいられるなら。俺がこの世界に来た意味があると言えると思う。
「どうだ、レグルス。また俺たちと一緒に戦おう。お前の無実を証明するために、本当の平和を手に入れるために」
ルーギアの目は至極真剣だった。俺を騙そうとするような嘘や綺麗事じゃない。全てを賭ける覚悟がある。そう感じた。
「あぁ。こちらこそよろしく頼む。また、仲間に入れてくれ」
「よっしゃぁぁっ!そう言ってくれると思ったぜ!レグルス〜!」
「おい!やめろ!抱きつくな!」
「ふっ、よし。よく言った。本当に強いやつだ」
これで俺はどこを目指すのかどこを向くのかが決まった。もう見失うなんて事は無い。俺は迷わない。絶対に強くなってあの笑顔を…守る!
「よし。まずはその天賦の暴走だな」
確かにな、俺が戦う覚悟を持っていたとして戦うすべが敵味方関係なしに傷つける術じゃ意味が無い。
「頼む、ルーギア。俺に戦う術を教えてくれ!」
「おう、任せときな。だがお前の天賦は厄介だ。血の滲むような努力が必要になる。逃げ出すなよ」
「あぁ。任せろ!」
俺版レグルス・ドラコ・ヴァンテールの英雄伝説はここから始まる。この力を我がものにして守りたいものを自分の手で守れるように。前向いて胸を張って自分のした事が誇れるように、そんな生き様を目指すために俺は絶対強くなる!
17話に続く




