12.未来と契約
どこまで歩いたのだろうか。街を出て知らない森の中に入ってから体感二時間以上は経っている。
ふと脳にこびり付いているネオの言葉がフラッシュバックする。
「…最低」
あの言葉が忘れられない。ヒーローになるなんて息巻いて贖罪をするなんて綺麗事を並べた癖に俺は人を殺した。
俺に生きる価値なんてない。
『自分を責めてはいけないです』
「そんなこと言ってもよ…。俺のせいであいつは」
『ネオさんが言っていたことを忘れてるですか』
「ネオが言ったこと…?覚えてるに決まってるだろ。俺に最低って言ってた。もう一生忘れることは無い程刻まれたよ」
『違います。夕刻、あの屋上で話していたことです』
「屋上で…?」
『あなたの励ましを聞いて自分を責める事よりも次どうするかを考えるのが先決だと、ネオさんは結論づけていましたです』
「確かに…あの時」
あのネオの言葉を聞いて俺は彼女に憧れた。
自分の後悔や無力さを…反省し新しい希望へと目を向けられる彼女の強さが眩しかった。
俺はいつもなんで自分にだけ不幸が降りかかるんだって嘆き神を呪っていた。母さんの死、いじめ、父さんの死、復讐…俺の人生の全てはマイナスなことだけだって思った。だからこそ転生を受け入れたんだ。でも結局俺は変わらなかった。彼女のように完全に前を向けなかった。だから…また殺したんだ。あの時聞こえた声は俺の本心なんだろう。その本心すら何かのせいにしたいという俺のエゴが生み出した幻影なのだろう。そう。俺は弱い。ネオとは違う。
「ごめん。リュー。俺は簡単に前を向けるほど強くない」
『また死ぬつもりですか』
「…俺が生きていれば生きているだけ。周りに迷惑がかかる。前も今も何も変わってない」
『そんな事はないでs…』
「あるんだよ!緑頭の怯えるような顔が!ネオの悪を睨むような目が!横たわった死体が!俺の心が!そう言ってるんだ!俺が生きているだけで誰かを殺す…!もうこれ以上…どの世界でも人を殺したくない…。嫌なんだ…もう…嫌なんだよ」
『…レグルス。君が今死ねば救えない命は約84億人です』
「はぁ…?どういうことだ」
『そのままの意味です。君が生きていれば助けられる命と言い換えてもいいです』
「意味がわかんねぇよ!なんだその馬鹿げた数!この世界にその数の命があったとして!俺がその全てを助けられるって言いてぇのか!」
『…その通りです』
「何を根拠に言ってやがる!ふざけんじゃねぇ!」
『未来です』
「未来…?」
『僕には未来が見えているんです。その未来で君は人々を救っている。君が言う馬鹿げた数の多数の命をです。だから僕は君を死なせる訳にはいかないのです』
「未来がって…てめぇ。じゃあ俺があの糸目を殺すのも…ネオを突き放されるのも知ってたってのか…?」
『もちろんです。これはレグルスを果たすべき目的へと導くためのことです』
「ざっけんな!」
つまり俺は…リューの手のひらの上で転がってたのか。
こいつがやたらと助けてくれていたのはこいつの思惑だったのか。
「俺に何をさせる気だ!」
『酷い言い草です。僕はあくまで君を正しく導く精霊です』
「嘘つけ!俺を陥れた!俺の心を貶めた!そうだろ!?」
『…否定はしませんです。それが君を導くのに必要な事だっただけです』
「出てけ…出てけよ!俺から出ていけ!」
『それは契約ですか』
契約?それすればこいつを追い出せるのか…?
「なんだよ、契約って」
『精霊が宿主との間に結ぶ破れない約束のようなものです。宿主が契約を望み、精霊側がそれを受諾すれば契約は自動的にその効果を発動するです。つまり…出て行くという契約をレグルスが望み僕がそれを受け入れたら僕は追い出されるです』
なるほどな…正に契約だ。
だが本来なら取引のようなものだろう。その代わりになにかの代償を払わされるのがオチだ。
「騙されるかよ…何が目的だ。代償はなんだ」
『それは…身をもって知ることになると思うです。僕は僕を追い出すことを推奨はしませんです』
「当たり前だろ。お前は俺の中に居て思うがままに俺を使いたいだろうからな」
『では契約するのですか』
こいつを心に飼っていてはろくな事にならない。俺がこんなに辛い思いをしてるのはネオを裏切るような羽目になったのは全部こいつのせいなんだ。許せない…許せない…!
「あぁ…する。お前を追い出す」
『では…胸に手を当て契約の申告をしてくださいです』
「契約だ。リュー。お前は俺の体から出ていけ」
『…はい。分かりましたです』
リューがそう言うと心臓辺りが強く光る。その光は次第に巨大になりあまりの眩しさに目を開けていられないほどになった。
やがて光が収まるとリューの声は聞こえなくなった。契約とやらが履行されたのだろう。なんにせよこれであいつから開放された。
でも…だからなんだという話だ。俺の体に刻まれた人殺しの呪いが解けたわけじゃない…。俺は生きていていいのだろうか…?
「悪いな。プリンツィ。お前の提示した条件も叶えられないかもしれない」
そう空を見上げ嘆いた瞬間。近くの茂みでガサガサと音が鳴った。
動物かと思い目をやると何かが飛び出してくる。それは動物のようでそうではない異質な雰囲気を醸し出している生物だった。形は犬のようだが前足や顔半分は石像のようだ。俺に対して威嚇しているようだ。グルルっと牙を剥き出しにして唸っている。
「な、なんだこいつ…」
ガゥッ!
突如、その犬のような化け物が襲いかかってきた。
「うぁぁぁぁぁっ!来るなぁ!」
何とか噛みつきを躱し走って逃げ出したがとてつもない速さで追いついてくる。どうする…!このままじゃ追いつかれる…!何か、何か手は無いか…!
頭にふと数刻前の事が蘇る。あのオーラなら…。いや!ダメだ!あれを使えばまた何かをしでかす。誰かを傷つけ殺してしまうかもしれない。あの力は…もう封印する。絶対に使わない、そうしよう。まぁそもそも自分で使う方法は知らないんだけど…。なんて言ってる場合かよ!このままじゃ追いつかれる!くそっ!どうする!
ウ〜ガウッっっっ!!
犬が飛びかかってくる。ダメだ、食われる!
そう思った瞬間。
「月兎速矢!」
犬に向かって物凄い速さで蹴りを入れる見知った顔が目に映った。犬は蹴り飛ばされ近くの木に激突するとゲンナリして動かなくなった。
「お、お前…」
「レグルス…!ようやく見つけたぜ…!」
「やめろ!近づくな!お前を殺したくない!」
「落ち着けよ、レグルス!大丈夫だから!」
「大丈夫じゃねぇよ!俺は…あの天使を…」
「ありゃ事故だ。お前が殺したくて殺したんじゃない。だろ?」
「だからだよ!殺したくないのに殺しちまうかもしれないからこそ近寄んなって言ってんだ!」
「記憶をなくして天賦の使い方も忘れちまったんだろ。だから暴走した。天賦を使用しなければ大丈夫だよ」
「暴走…?」
そうか。たしかに。あの時俺の意識はオーラの球をレーザーに投げた後フッと消えた。正確には薄らとはあったが自分の意思で体を動かしたような記憶は無い…。つまりオーラが暴走し勝手に俺の体を動かしたって事だ。でも、だとしても変わらないんじゃないか。俺があのオーラを出した時俺はオーラを出そうとして出したわけじゃない。つまり今後も勝手にあのオーラが出るようなことがあればその時にまた暴走する。そしてまた人を…。やっぱりダメだ。一人にならなきゃ…もう誰も殺したくない。
「悪い…」
俺はハヤテに背を向けて走り出した。
「あ、おい!待て!」
木々を分け、生い茂る草を通り抜け走った。どこまでもどこまでも逃げるつもりで。しかし、腕を掴まれてしまった。
「うっ!」
「レグルス!どこ行くつもりだ!」
「離せ!」
こいつの天賦とやらは恐らく高速移動。俺なんかが走ったところで追いつかれるのはわかってた。どうにかして引き離さないと…。こいつは良い奴なんだろう。だからこそ殺したくない…。
「なんで逃げるんだよ」
「言っただろ、殺したくないからだよ」
「大丈夫だって言ってんだろ」
「何を根拠にその言葉を信じる!ふざけんな!俺は大丈夫じゃねぇ!俺は…俺は!」
『最低…』
くっ…!頭がっ…!
「おい、大丈夫か?」
「うるせぇ…触んな」
早くここから…こいつを撒いて逃げ出さなきゃ。俺の天賦が暴走する前に…。
ドォォォォォン!
「なんだっ?」
「爆発…?」
耳を劈くような爆音が響き渡った。どこかでなにかが爆発したらしい。何か争いでも起きているのだろうか…。なら尚更ここを離れなきゃ。巻き込まれたらまた天賦が勝手に発動するかもしれない。
「おい、あれっ…!」
ハヤテが指を指す。その先を見るとドス黒い大きな煙がぐんぐんと空へ立ち上っているのが見えた。待て…あの方角って…!
あの街かっ…!?
気付いたら体が勝手に走り出していた。
「お、おい!レグルス!」
街に何かあったのだとしたら。そう考えたら居ても立っても居られなくなった。どうか無事でいてくれ…ネオ…!
ここから街までは歩きなら二時間以上。俺が走って行っても間に合うかわからない。そもそも何ができるのかも分からない。でも彼女失うのだけはごめんだ。ネオに辛いを思いをさせてしまった。これ以上悲しませたくないんだ。間に合え!間に合ってくれ!
「レグルスっ!どうするつもりだよ!」
はやっ!もう追いつい…て…。そうだ!
「ハヤテ!頼みがある!」
「うおっなんだよ、いきなり」
「お前の全速力で俺をあの街まで送り届けてくれ!」
「はぁ?!なんで?!」
「ネオが危ないかもしれない…!俺はあの子の心を苦しめた。ならせめてもの罪滅ぼしにあの子を助けてあげたいんだ!」
「ふっ。まったく。記憶が無くなったって言うくせにいつものレグルス見てぇな事言うじゃねぇか。わかった。任せろ!」
ハヤテは俺をおぶり準備運動を始めた。
「おっし!本気出すからな!舌噛まないように口塞いどけよ!」
「ん!」
「行くぜ…!兎走卯緋!MAXスピード!」
ハヤテの足が徐々に緑色の光を纏っていく。
「瞬速兎走!」
ハヤテがそう呟いた瞬間。とんでもない速さで駆け出した。ジェットコースター、リニアモーターカーなんて目じゃない速さだっ!
「うぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
早すぎる。とても目を開けていられない!でもこれなら、すぐに街に!
「着いたぜ!」
はやっ!すげぇーな!
街は至る所の建物から出火しているようだ。爆発みたいな音がしたのはこの街で間違いない。
「ハヤテ!あの病院まで行くぞ!」
「あ…あぁ!わかったぜ!」
頼む…、ネオ。
無事でいてくれ!
13話に続く。




