自称神の正体、見極めさせてもらいます(3/3)
次はどこに行くつもりなのかと思っていたけれど、ドラドは意外にも神殿に戻ってきた。彼を連れ戻す手間が省けて、私はほっとする。
「今度はもっとマシな部屋を用意してあるんだろうな?」
ドラドが尋ねてきた。
「最初に私が寝かされていたところは、まるで物置だったぞ」
「仕方ないでしょう。ここ五百年くらい、召喚術で神が降りてきたことなんてなかったんだもの。だから、きちんとした部屋は用意していなかったの」
私は下働きの女性を呼び寄せて、ドラドをどこに連れていけばいいか確認した。すると、私たちが出かけている間に、神官たちがきちんとドラドの居室を整えてくれたと教えられる。
彼女に案内されて、私たちは神殿の奥まった区画に移動した。
「随分と広いのね」
到着した部屋の中を見て、私は目を丸くした。戦士たちが武術の鍛錬を行えそうなくらいの解放感がある。
「当たり前だろう。私は神なのだからな。格調の高い専用の居室を用意されるのは当然だ」
「いいえ、ここはドラド様専用ではなく、リュイサ様との相部屋ですが」
「相部屋!?」
私とドラドの声が重なった。よく見れば、部屋の調度品はすべて二人分ある。私とドラドは下女に詰め寄った。
「一体どういうつもりだ!? なぜ私がこの小娘と同じ部屋に住む必要がある!?」
「そうよ! 意味が分からないわ!」
「だ、だって、お二人はご夫婦なのでしょう?」
私たちの剣幕に、下女は目を白黒させていた。ドラドが「夫婦!」と叫ぶ。
「おい……。まさか神聖結婚の花嫁役というのは、この乱暴者の小娘のことだったのか!?」
そういえば言ってなかったっけ。ドラドは「冗談じゃないぞ」と口元を曲げる。
「こんな奴を妻になどできるか! 同じ部屋に住んだりなどしたら、寝首を掻かれかねん! 早く私を天上界に帰せ!」
「私だって、あなたみたいなのが夫だなんてごめんだわ! 早く話の分かる人を呼んできて! 部屋を変えてもらうから!」
それから大勢の神官や巫女が集められ、最終的には神官長様まで呼ばれて小会議が開かれた結果、私とドラドは同じ部屋に住むことが決定した。
……いや、何でよ! おかしいでしょう!
「二人きりだからって何かしたら、承知しないわよ」
会議が長引いたせいで、私はぐったりしていた。崩れるように、近くにあった椅子に座り込む。
神官長様に「ドラドと結婚するかは、彼の正体を見極めてから決めるはずでは?」と訴えたけれど、まったく聞き入れてくれなかった。
曰く、「同じ部屋に住むだけでは夫婦とは言えないだろう。それに、神でないとしたら彼が怪しいことをしないか見張る者も必要だ」とのことらしい。
でも、もう神殿中には私たちが夫婦だってウワサが広まっているみたいよ? この部屋に連れてきてくれた下女だって、私たちは結婚しているって思っていたみたいだし。
神官長様にとっては、私の評判や身の安全なんてどうでもいいっていうわけ?
「するか」
素っ気なく言って、ドラドは黒ジャガーの毛皮が敷かれた天蓋付きの寝床の上にどっかりと座った。
彼もこの決定には大いに不満があるらしかったけれど、疲れているためかこれ以上は議論したくないようだ。代わりに、何かを考え込むような表情になる。
「先ほどの会議には、巫女も出席していたな」
ドラドが唐突に切り出した。
「巫女の顔ぶれはいつからあんなに変わったんだ?」
「さっきの会議にいたのは、もう長いこと巫女の地位に就いている人たちだけよ」
突然おかしなことを言い出すドラドに私は戸惑った。
健康長寿に欠かせないカカオドリンクを日頃から飲んでいるお陰で、巫女たちはとても元気で長生きだ。
なにせ、巫女は三十人以上いるのに、私ともう一人二十代の女性がいる以外、あとは全員六十代以上の大ベテランなのだから。
それなのに、「顔ぶれが変わった」と言い出すなんておかしな話だ。神官長様なんて、巫女たちがピンピンしすぎて世代交代が進まない、と嘆いているくらいなのに。
ドラドが眉間にシワを寄せた。
「そういえば、私の知っている巫女の面影がある者もいたような気もするが……。だが、いつの間にあんなに老婆になったんだ?」
「あなた、さっきから何を言っているの?」
巫女たちに見覚えがあるという発言も気になるけれど、「いつの間に老婆になったんだ?」ってどういうこと? まるでうら若い娘が、一晩で五十歳くらい年を取ってしまったような言い方じゃない。
「……いや、何でもない」
ドラドはしばらく物思いにふけっていたようだけれど、やがて目をショボショボさせて横になった。こちらに向けている背中から、疲労の色がにじみ出ている。
私が見ている目の前で、彼はすうすうと寝息を立てて眠ってしまった。
ドラドが寝たのを確認すると、私は部屋を出て、神官に言ってお偉方を神殿に呼び寄せてもらった。会議室で臨時の話し合いを始める。
「ドラドと行動を共にしましたが、彼を神ではないと言い切るだけの証拠は見つかりませんでした」
私はドラドと過ごした時間のことを思い出しながら、集まった者たちの前で話す。
私はドラドの正体を見極めるという使命を帯びて彼の監視をしていたけれど、残念ながらドラドが何者かは結論が出なかった。
神らしくないというのは断言できるけれど、たったそれだけの理由でただの人間だと言い切るわけにもいかないだろう。
「ですので、彼の正体は占いによって見定めようと思います」
私だって、残念なお知らせだけを携えて会議を開いたわけではない。問題への解決策をあらかじめ用意しておくのは、基本中の基本だ。
私の言葉に、皆がざわめく。
巫女の行う占いは絶対的なもので、どんな結果が出ようとも、逆らってはいけないとされている。だからこそ、占いは軽々しく行ってはいけないことになっていた。
けれど今、夕凪の都は神聖結婚にまつわる重大な問題に直面しているのだ。
巫女頭である私が自称神の正体を見極められなかった以上、これはもう、人知を超えた力に頼るほうがいいだろうと思ったのである。
「リュイサの意見ももっともだな」
神官長様が同意したことで、ほかの面々も覚悟を決めたようだった。すぐに神官を動員して占いの準備を整え、祭壇ピラミッドへ移動する。
ここで召喚術を行使したのはつい今朝方のことで、それからまだ半日ほどしかたっていないなんて信じられなかった。ドラドの登場のせいで色々と引っかき回され、時間の感覚が狂ってしまったのだろう。
頂上の広場の中心に据えられた魔術具の皿の上に、神官たちが大小様々な石や貝殻、動物の骨を入れていく。
それが終わると、巫女たちが順番に魔術具に霊力を注ぎ込んでいった。その度に皿の上から緑色の炎が上がる。
最後に私の番が来た。しずしずと前に進み出ながら、私は心の中で「ドラドは本当に神なの?」と問いかけ、魔術具に霊力を注入する。
一際高く炎が上がり、やがて消えた。私は皿の中を覗き込み、その中身を取り出していく。
皿からあふれるほどたくさん入れた品々のほとんどはなくなっていて、わずかに残ったのはたった十個ほどの骨や石だけだった。
私はそれらを慎重にジャガーの毛皮の敷物の上に並べていく。占いの結果を読み取るのは、巫女頭の大事な役目だ。ここで判断を間違うと、皆を誤った方向へと導くことになってしまう。
私は石や骨の向きと並び方を何度も変えて、じっくりと結果を読み取っていく。その間、祭壇広場の入り口で様子を見守っていたお偉方は咳払い一つしなかった。
「……出ました」
やがて、私は敷物の上から顔を上げた。
「ドラドの正体を見極めるには、球技の試合をする必要があります」
「おお……、そうきたか……!」
皆は納得の表情となった。
この半島では、球技は神聖な儀式の一つと見なされていた。神に捧げるために試合を行うのはもちろん、試合の結果や内容でその年の運勢を占ったりすることもある。
「赤の組が勝てば、ドラドは天上界の住民。すなわち神だと言えましょう」
「では、明日にでも早速試合をしましょう!」
「待て。明日は嵐が来ると天文官が言っていなかったか?」
「それは午後のことだろう。朝早くに開始すれば、昼までには終わるはずだ」
お偉方はガヤガヤと話し合いを始めた。占いの後片付けをする私の頭の中は、早くも明日のことでいっぱいになっている。
明日の今頃には、ドラドの正体は判明している。そう思うとソワソワせずにはいられない。
もし願いが叶うならば、赤の組に負けてほしいものだ。
彼が神ではないと分かれば、この結婚はなかったことになる。それに、ドラドは神を騙る不届き者として、夕凪の都から永久追放されることになるだろう。
そうなれば、あの高慢な青年の顔を二度と見ないですむわけだ。最高である。




