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結婚相手は運命の人じゃありませんでした ~古代マヤ風ラブコメ異類婚姻譚~  作者: 三羽高明


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自称神の正体、見極めさせてもらいます(2/3)

「あっちへ行け」


 神殿の廊下を歩いていたドラドに追いつくと、彼はまるでうるさい犬を相手にしているような声色で私を追い払おうとした。彼の隣に並びながら、私は「できない相談だわ」と返す。


「だって、心配なんだもの」

「……私の身を案じているのか?」


 一瞬、ドラドの声から刺々しさが抜け、足が止まった。私は「そんなわけないでしょう」と腰に手を当てる。


「あなた以外の人(・・・・・・・)を心配しているの! 乱暴な自称神が、また誰かを傷つけようとしたら大変だもの。巫女頭として、この国の民を守らないと」


「私は本物の神だ」


 ドラドの口調にトゲが戻った。先ほどよりも大股でずんずんと歩いていく。疲れてるのに……と内心で文句を言いながら、私は慌てて彼に着いていった。


「はっきり言って、私はまだあなたが神だって信じていないから」

「小娘が生意気なことばかり言って……」

「何よ? また吹っ飛ばされたいの?」


 私は挑発的な口調で言ったが、本心では彼が乗ってきませんようにと祈っていた。


 今ここで勝負を挑まれたら、もう一度押し返せるか自信がない。強い力を使ってしまった影響から、私はまだ完全に抜け出せていなかった。


 幸いにも、ドラドは「ふん」と鼻を鳴らしただけで、何もしてこない。私はほっと胸をなで下ろした。


「乱暴なのはどちらだ。神相手にはもう少し敬意を払うものだぞ、小娘」

「小娘じゃないわ。リュイサよ」

「神は人間の名前など、いちいち覚えたりしないものだ」


 まったく、なんて人かしら! 会話を重ねるごとに、どんどん彼のことを嫌いになっていくような気がする。


 私はドラドの正体に関して立てていた仮説が否定されたことに、初めて感謝した。


 というのも、私はドラドのことを睡蓮の君かもしれないと思っていたのだ。


 ドラドの霊力の波動は、睡蓮の君とそっくりなのである。それに、私と睡蓮の君が始めて出会ったのも、ピラミッドの内部にある祭壇だった。私はそこに不思議な縁を感じていたのだ。


 それに彼が睡蓮の君なら、神聖結婚の儀で召喚されてきたことにも説明がつく。


 睡蓮の君と私は運命で結ばれているのだ。だから、彼が花婿役に名乗りを上げてきても不思議ではない。とはいっても、これは睡蓮の君の正体が神だったという仮定に基づいた推測だけど。


 でも、睡蓮の君は素晴らしい人なんだから、神であってもおかしくないわよね?


 それに神ではなかったとしても、運命の相手がほかの誰かと結婚するなんて、彼には耐えられなかっただろう。


 対の存在を守るために、ありとあらゆる手段を使って私の元に颯爽と駆けつけてきてくれたに違いない。睡蓮の君はそういう人だって、私にはちゃんと分かっていた。


 でも、蓋を開けてみればドラドは私のことが誰だか分からないと言う。しかも、高慢で不遜な性格ときた。


 どう考えても、こんな人が私の対の存在のはずがない。姿は見えないけれど、睡蓮の君はとても素敵な人なんだから!


「神っていうけど、あなたは何の神様なのよ」


 睡蓮の君でないとするなら、彼は一体何者なのだろうと思いながら尋ねる。


 雨の神とか、出産の女神とか、トウモロコシの神とか、この半島では、たくさんの神が信仰されている。変わったところでは、自殺をつかさどる女神もいた。


 彼もそうした神々の一柱だというのならば、何か担当しているものがあるはずだ。


「何の神、だって?」


 私の質問にドラドはかなり気分を害したようで、神殿の外に出るまで一言も口を利こうとしなかった。


 一方の私は、どうしてドラドがそんな反応をするのかまったく分からずに困惑する。


 神ではないと疑われたことで不機嫌になってしまったのかしら? 気難しい人だ。


 それとも、本当は神ではないから動揺してしまったとか? あり得なくはないだろう。彼が必死に神だと主張すればするほど、逆にどこか嘘くさく見えてしまうんだもの。


 神殿の敷地外に出たドラドは、市場のほうへ歩いていった。まったく迷いのない足取りだ。まるで、この国にもう何十年も住んでいるような物慣れた雰囲気をまとっている。


 やっぱり詐欺を生業(なりわい)にしている近隣住民じゃないの? という疑いが私の心に芽生えた。


「煮てよし、焼いてよし! いいアルマジロが入荷してるよ~」


「アボカド十個で、これっぽっちの香辛料しか売らないって? ぼったくりじゃない!」


 市場では、簡単な天幕を張った店が道の両側にずらりと並んでいた。あいかわらずここは賑やかだ。色々なところから、客引きの声や値切り交渉をする声が聞こえてくる。


「騒がしいな」


 ドラドは眉間にシワを寄せた。


「道を空けろ、人間ども。私を誰だと思っているんだ」


 ドラドは傲慢な態度で出店の前を練り歩く。うるさい場所が嫌いなら、よそへ行けばいいのに……。私は肩を竦めながら、彼のあとに続いた。


 とりあえず今は、ドラドがどんなことをするのか観察に徹しよう。もし彼が神を名乗っているだけのただの人間なら、そのうちにボロを出すだろう。


「そこのお兄さん、その髪はカツラかい? 綺麗だねえ。うちのハチミツ酒、飲んでいきなよ。お代は結構だからさ」


「まあ、いい男! この串焼き、持っていっておくれよ!」


 金髪碧眼の美青年という人目を引く容姿をしているせいか、ドラドは一歩進むごとにあちこちの店の売り子から声をかけられていた。


 けれど、彼はそのほとんどを無視している。


 たまに反応することがあっても、その口から出てくるのは、「そんなものを食ったら腹を壊す」とか「失せろ」とか、思いやりの欠片もない言葉ばかりだった。


 そんなドラドの姿を見ながら、私は彼の正体を考え続ける。


 神は人間の信仰心があって、初めて力を得ることができる。だから、大なり小なり神は人間を大切にするものだ。少なくとも、私はそう思っている。


 だからこそ、周囲の人々にぞんざいな態度を取るドラドの振る舞いは奇妙に映った。睡蓮の君ではないというのは確定事項だとしても、彼はやっぱりただの人間なのかもしれない。


「おい、邪魔だ。私は神だぞ。道の端に寄って頭(こうべ)を垂れたらどうなんだ」


 ドラドが目の前を喋りながらノロノロと歩いている二人組に文句をつける。「まったく、どいつもこいつも礼儀知らずだな」と、自分のことは棚に上げて腹立たしそうにしていた。


「少し思い知らせてやるか」


 ドラドがニヤリと笑った。何をする気? と身構えた途端に、周囲の景色がぼやけて、よく見えなくなる。


 一瞬、私の目がおかしくなったのかと思ったけれど、よく確かめてみればほかに原因があるようだ。これは……霧?


「さっきまで天気がよかったのに……急にどうしたの!?」

「これじゃあ品物がよく見えないじゃないか」

「痛っ! 誰だ、俺の足を踏んだのは!」


 いきなり視界が悪くなったせいで皆は混乱しているらしい。戸惑いの声が霧の中を飛び交っている。


 その様子を見たドラドは、「ハハハハ!」と満足げに高笑いした。


「どうだ! 神の力の前にひれ伏すがいい!」

「イタズラはやめなさい!」


 こんなことをされてしまっては、ただの監視役に徹しているわけにもいかない。私はふんぞり返っているドラドの肩を乱暴につかんだ。だが、彼は素知(そし)らぬ顔だ。


「神への礼儀をわきまえない人間どもが悪いんだ」


 ドラドが平然と言い放ったちょうどその時、私たちの目の前で五歳くらいの少女が前のめりになって派手に転んだ。


 きっと、霧のせいで足元がよく見えなかったのだろう。少女の顔が、しわくちゃになった衣服のように歪んでいく。


 このままだとこの子は泣いてしまう。そう思った私は彼女のもとに駆け寄ろうとしたけど、ドラドのほうが早かった。少女の近くにかがみ込み、声をかける。


「どうした」


 ドラドの落ち着き払った声に、少女は一瞬泣くのを忘れた。のそのそと起き上がり、「足が痛いの」と言う。彼女の小さな膝には、できたばかりの傷がついていた。そこから血がにじんでいる。


「大丈夫よ。今、痛み止めの術をかけてあげるから」


 私は少女の傍に跪(ひざまず)き、彼女の傷に手のひらを当てようとした。


 けれど、ドラドが「必要ない」とそれを止める。


「私がなんとかしてやろう」


 思いもしなかった申し出に、私はポカンとした。


 自分から人助けをしたいと言い出すなんて、意外といいところもあるのね。高慢な性格は困りものだけど、根はそんなに悪い人じゃないのかしら?


「こんな膝の痛みなど、取るに足らないことだと思えるほどの恐怖を、今からお前にくれてやろう。さあ、覚悟するがいい!」


 前言撤回! なんてことを言うのよ!


「あ、あっち行って!」


 ドラドが浮かべる凶悪な笑顔に、少女はすっかり怯えてしまったようだ。顔を引きつらせながら彼の胸をドンと突き飛ばしてどこかへ走り去ってしまった。


 よろけて地面に尻もちをついたドラドを見て、私は警戒心を強くする。逆上したドラドが、少女を魔術で攻撃するだろうと思ったのだ。その時は、私が彼女を守らないといけない。


 けれど、予想に反してドラドはそっぽを向いただけだった。その横顔にはどこか影がある。


 まるで少女に嫌われたことに傷ついているような表情に、私は戸惑った。人間に拒絶されたくらいでショックを受けるほど彼の心が繊細だとは思ってもみなかったのだ。


 市場に立ちこめていた霧が段々と晴れていくのと同時に、ドラドは服についた土ぼこりを払いながら立ち上がった。そして、来た道を戻っていく。


「どこへ行くの?」

「もう外は飽きた」


 それだけ言って、ドラドは平穏が戻った市場から遠ざかるようにして早足で歩いていく。急な心変わりに困惑しながら、私も彼のあとを追いかけた。

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