自称神の正体、見極めさせてもらいます(1/3)
「では、あの青年は何者なのかについて、皆の意見を聞こうと思う」
それからしばらくたったあと。私は、神殿で急遽開かれることとなった、お偉方を交えた会議に参加していた。
「少なくとも、守護神様ではありませんな」
最初に発言したのは、神官長様だった。
「だが、召喚術によりやって来たのだ。神だというのは間違いないのだろう?」
執政官の一人が質問する。神官長様は渋い顔になった。
「それも分かりません。確かに、珍しい髪と目の色をしてはいますが……」
夕凪の都に限らず、この半島に住む人たちは皆黒い髪と目をしていた。一方、例の青年は金髪碧眼。あの神秘的な色合いは、神にふさわしいといえるだろう。
けれど、それだけで青年の正体を断定することはできなかった。
聞いたところによれば、遠くの国には色々な髪や目の人も住んでいるらしいし、彼が神ではなく外国からやって来たただの人間であるという可能性も考えられなくはないのだ。
「あの男が人間だとしたら、大変なことになるな」
執政官がうなった。
「我々は神と人間の区別もつかない愚か者として、半島中の国々から笑いものになるぞ」
「ここは守護神様にお伺いを立てるのはどうだろう? あと数カ月で、ちょうど降臨祭ではないか」
「そんなに待っていられるか。他国から、夕凪の都には目利きが一人もいないらしいと見くびられたらどうする」
皆はああだこうだと言い合い始めた。話し合いが一向に終わる気配がないのには理由がある。あの青年が倒れていた場所が妙だったからだ。
召喚されてきた神は通常は魔術具の皿の上に乗っているはずだ。けれど、彼はピラミッド内部の祭壇にいた。
こんなことは記録では一度もなかった。そのため、皆は召喚は成功したのか、それとも神は降臨しておらず、あの青年はただそこに居合わせただけの人間なのかと戸惑っていたのである。
お偉方の議論はいつまでも続く。このままでは埒があかないと思った私は声を上げた。
「彼が何者なのか、私に見極めさせていただけないでしょうか?」
「リュイサ殿が?」
「よい考えなのではないか? 巫女頭なら正しい答えを出せるだろう」
私の言葉に、皆がほっとしたような顔になる。だが、神官長様は険しい表情だった。
「お前の申し出には賛成する。だが、くれぐれも判断を間違わないようにな」
神官長様の声は重々しかった。
「もし、神聖結婚に何か間違いでもあれば大変なことになる。どういうことか分かるだろう?」
「……代償を支払うのですね?」
神官長様の深刻な声色に釣られて、私の声も低くなる。
神聖結婚は、神々と人間の間で交わされる契約だ。
その結果は、「神と人間が結婚する」か「神は召喚されずに、結婚は成立しなかった」の二択しかない。「神ではない相手と結婚してしまった」とか「神が召喚されてきたのに結婚しなかった」などという事態はあってはならないのである。
もしここで判断を間違うと、国を挙げての行事に失敗したとして、お偉方のメンツは丸つぶれになるし、契約違反の代償も払わなければならない。悪いことだらけである。
「あの青年が神だというのなら、それでよい。記録にないことは起こったものの、彼はリュイサの夫だと認められる。だが、人間の場合はそうもいくまい」
神官長様の言葉に、私は考えを巡らせる。
つまり、私としては彼が人であるほうが都合がいいわけだ。だって、結婚しなくて済むんだから。
その場合だと、彼は詐欺師ということになるのだろうか。神聖結婚が行われるのを知っていて、こっそりと内部祭壇に潜伏し、あたかも自分が天上界から召喚されてきた神のように見せかけるペテン師だ。
神がやって来たら特別な待遇でもてなすことになっているので、そういった悪だくみを考えつく人がいても不思議ではない。
でも、それは邪推だろうか。彼は、何らかの事情でたまたまあの時あの場所に居合わせただけの人っていう可能性もなくはないんだから。
けれど、私はあの青年の正体について、ある仮説を立てていた。もしそのとおりなら、彼の花嫁役を務めるのは願ったり叶ったりだけど……。
――お前は……誰だ?
彼にかけられた言葉が頭から離れない。あの一言は、私の仮説を真っ正面から否定するものだった。
考えれば考えるほど心は乱れていく。やっぱり、一刻も早く彼の正体を見極めないといけないようだ。悩んでいるだけでは先へ進めそうもない。
「あの方がお目覚めになりました」
控えめな態度で会議室に入ってきた使用人が報告する。皆の顔に、さっと緊張が走った。
「行きましょうか」
神官長様に促され、皆が連れ立って外に出る。「あの方」とは、先ほどまで私たちが話題にしていた謎の青年のことだ。気を失った彼は、神殿内の空き部屋に寝かされていた。
彼の正体を見極めるのは私の役目と決まったものの、皆は巫女頭に任務を丸投げするつもりはないらしい。自分たちも目覚めた青年の話を聞く気でいるようだった。それだけ神聖結婚は大切な儀式ということだ。
「失礼いたします」
扉に軽く拳を打ちつけてから、全員で入室する。
問題の青年は、ジャガーの皮を敷いた寝床の上で、ふてぶてしそうに座っていた。不機嫌そうな顔で室内に入ってきた人たちを睨みつける。
「一体どういうつもりだ? ひとをこんなところに閉じ込めておいて」
皆が私のほうをチラチラと見る。どうやら、対話役は任せた、と言いたいらしい。私はすかさず前に出た。
「あなたは誰?」
「誰、だって?」
青年はピクリと眉を動かした。
「神に対して随分と無礼な口を利くではないか」
神、という言葉に背後にいた人々が小さくどよめく。どうやら偶然居合わせた通行人説は除外するほうがいいようだと思いながら、私はさらに質問を重ねた。
「あなたは私に見覚えがないって言ったわね?」
「だったらどうした」
青年はぶっきらぼうに答えた。彼は私を知らないようだ。やっぱり仮説は間違いだったのだろうかとひそかに落胆する。
「じゃあ、あなたは誰なのよ。名乗りなさい」
失意のあまりぞんざいな言い方になってしまう。青年が「態度の大きい小娘め」と呟いた。まあ、失礼ね。人のこと言えないくせに!
「本来なら、人間ごときに名乗る名など持たないと言いたいが、特別に教えてやろう。私はドラドだ」
「ドラド……自称神」
「自称ではない。正真正銘の神だ」
ドラドはムキになって反論した。あまり神らしくない態度である。私の後ろにいるお偉方の間に、不信感が広がっていくのがありありと伝わってきた。
「ここは地上界にある夕凪の都という国よ。私たちは、神聖結婚の儀を行っている最中だったの」
私はドラドに状況を説明した。
「ピラミッドの頂上に神を召喚しようとしたのよ。そうしたら、思ってもみなかった場所にあなたが現れたの。これがどういうことなのか説明してくれる?」
「神聖結婚の儀で私が召喚された?」
ドラドは、何か聞き間違いをしたのではないかというように目を見開いた。どうしてそんなに驚いているんだろうと思っていると、ドラドはブスッとした顔で続ける。
「私は気づいたらここにいた。何が起きたのか説明してほしいのはこちらのほうだ」
「それはつまり、あなたは私たちの呼びかけに答えたわけじゃなかったってこと? 何だか変な話ね。手違いでもあったのかしら?」
それなら、彼がピラミッドの頂上の祭壇広場じゃなくて、あんな場所に出現したのも理解できる気がした。要するに、何らかの理由で術が上手く発動しなかったということだ。
もっとも、これは彼が神であると仮定した場合の話だけど。詐欺師だから適当なことを言って誤魔化そうとしている可能性もまだ捨てるわけにはいかなかった。
「手違いで呼び寄せただって? よくもそんなふざけたことが言えたものだ」
困惑しながら尋ねると、ドラドはまなじりを吊り上げて立ち上がり、室内にいる人々を忌々しそうに眺めた。
「これだから人間は嫌なんだ。自分勝手な奴らめ」
ドラドがゾッとするような低音で呟いた瞬間、周囲の空気がビリビリと震えだした。皆が息を呑む。
「神への数々の無礼、もう許しておけん。仕置きだ」
体が痺れ、全身の毛が逆立つような感覚がする。肌で感じたその霊力の波動に愛おしさを感じたのは一瞬だけだった。次の瞬間には、喉が塞がってしまったように上手く息ができなくなっている。
どうやら、ドラドが強力な魔術で皆を傷つけようとしているらしい。私の中の愛情は、瞬く間に敵意にすり替わった。
「やめなさいっ!」
空気の震えが最も高まる直前に、私は自らの霊力を解放した。途端に、呼吸が楽になる。ドラドが半歩後ずさった。
「私の力を掻き消しただと? ……くっ!」
信じられないような顔をしつつも、ドラドが両腕を大きく広げた。天井から黄金の稲妻がこちらに降り注いでくる。
皆は悲鳴を上げて部屋の隅まで退却したけれど、私はその場を動かない。もう一度霊力を放出し、結界を張って彼の攻撃を防いだ。
ドラドは私の結界に穴を空けようと、まるで木の幹に石斧を叩きつけるように何度も稲妻を打ち込んでくる。それでも私は一歩も引かずに、結界を広げて彼の術を押し返した。
「人間にこれほどの魔術の使い手がいるとは……信じられん」
ドラドはすっかり動揺しているようだった。
「それとも、今の私では人間ごときにも劣るというのか……?」
ドラドはどこか落ち込んでいるようにも見えた。よく分からないけど、この機会を逃す手はない。私は一気に畳みかけることにした。
「これでおしまいよ!」
私は霊力を最大限まで解放した。稲妻は消し飛び、ドラドも吹き飛ばされて、壁に思い切り体を打ちつける。彼はぐったりとその場に崩れ落ちた。
「おお……! さすがリュイサ殿!」
「神に力押しで勝利するとは……!」
部屋の隅で縮こまっていた人たちも、もう脅威は去ったと分かったのだろう。安堵しながら、私に賞賛を送ってくる。
「皆さん……無事ですか?」
私はハアハアと息を荒げながら尋ねた。足がガクガクして、立っているのがやっとだ。けれど、巫女頭として情けない姿は見せられないので、空元気を振り絞って何でもないという表情を作る。
「……あっ!」
執政官が部屋の入り口を指差す。フラフラした体を引きずるようにして、ドラドが退室するところだった。
「ま、待ちなさい……!」
私も万全の状態とは言いがたかったけれど、このまま彼を放っておくわけにはいかないので、あとを追いかける。またドラドに攻撃されたらたまらないと思ったのか、今度は誰も着いてこようとしなかった。




