従うか、反抗するか(2/2)
神殿を抜け出したドラドは、静まり返った大通りを歩く。彼の長い金の髪が月の光を反射してきらめく光景はどこか幻想的で、尾行中だというのに私は束の間その美しさに見とれてしまった。
ドラドの目的地は、断崖にある真っ赤な祭壇ピラミッドだった。彼のあとに続き、私も大階段を登っていく。
先に着いたドラドが何かをしているのだろう。頂上からは緑の光が漏れ出て、夜の闇を不思議な色合いに染めていた。
ピラミッドのてっぺんに着いた私が見たのは、ドラドが広場の中央に据えられた魔術具に向かって霊力を注ぎ込んでいる光景だった。
「何を突っ立っているんだ、小娘」
こちらに背を向けていたドラドからいきなり声をかけられ、私はドキリとした。
「気づいていたの?」
「当然だ」
ドラドは魔術具の人物像が持つ皿に向かって、手をかざした。するとそこから緑色の光が現れて、四方へ拡散する。祭壇広場の外に広がった光は、遠くの空に夕凪の都を囲う薄い膜のようなものを作り出していた。私は目を見張る。
「結界ね?」
私はドラドが何をしようとしているのかピンときた。
「あなたは結界によって、雨の神がこの地に侵入しないようにしているんだわ」
「私は無力な人間とは違うからな。見ていないでお前も手伝え」
ドラドからお願い……というより命令されたけど、私はその場を動かなかった。複雑な気持ちで結界を張るドラドを見つめる。
「あなた、そんなことで雨の神に対抗できると思っているの? 人間が張った結界くらい、雨の神なら簡単に壊してしまうわよ」
「私は人間ではない。神だ」
「ええ、そうだったわね。でも、私はただの人間なの。できることは高が知れているのよ」
「愚かなことを」
ドラドが魔術具に霊力を注ぐのをやめて、私のほうに大股で歩み寄ってくる。その表情に冷たい怒りを見て取り、私は身を強ばらせた。
「私を見ろ」
ドラドに顎を取られ、強制的に上を向かされる。私はドラドの青い目を真正面から覗き込むことになった。
今日の彼の瞳は、一段と綺麗だ。あまりにも澄み渡っていて、その奥へ引きずり込まれそうになる。頭の中にモヤがかかったように、意識が段々とぼんやりしていった。足に力が入らなくなり、私はその場に崩れ落ちそうになる。
……何だろう。変な気分。
私は急速に何もかもがどうでもよくなっていくのを感じていた。
ただドラドの言うことに従って、彼の命令だけを聞いていたい。それが何よりの幸福なのだと、誰かが私の頭の奥で、何度も何度も囁いているような気がしたのだ。
私はうっすらと微笑みながら、石が縛りつけられているみたいに重く感じる片手を持ち上げた。
パンッ!
小気味のいい音が響く。私に思い切り頬をぶたれたドラドが床を転がった。
「あなた、私を魔術で操ろうとしたわね!」
私は腕組みした。もう手も足も自由に動くようになっている。
「そうはいかないわよ! 私を思いどおりにできると思ったら、大間違いなんだから!」
「それでこそ、この国の巫女頭だな」
ドラドが頬を押さえながらよろよろと起き上がる。
「神の目を真正面から見据えることができる者。神に手を上げることのできる者。それがお前だ。私にはやれることを雨の神に対してできないのはおかしいだろう」
「おかしくないわ。相手は誰だと思っているのよ。この国が滅びたら取り返しがつかないことに……」
「滅びはしない」
ドラドが強い口調で断言した。彼の真剣な表情に、私は思わず言葉を切る。
「滅びるものか。私とお前がいれば」
思ってもみなかったことを言われ、私は瞠目する。
人間を軽んじているはずのドラドが私を信頼し、こうして協力を持ちかけてくれている。その事実に胸が震えた。
どうして彼はこんなに私を信用してくれているの? どうして私を頼ろうと思ったの?
どうして? どうして……?
疑問があふれ出て、息が苦しくなる。けれど、彼の真摯な態度は私の心を動かすには充分だった。
何とかなるかもしれないという希望の種が胸の奥に植えつけられ、そこから燃え上がるような決意がほとばしり出てくる。その熱い想いに背中を押されるように、私はつかつかと魔術具に歩み寄った。
「……やるからには、手抜きはなしよ」
私は皿の上に手をかざし、霊力を注ぎ込んだ。
「ふたりで夕凪の都を守りましょう。いいわね、ドラド」
「救国の神の役は慣れているからな。天上界に帰るついでに、この国をもう一度救ってやろう」
あいかわらず素直じゃない。けれど、今の彼はあまりにも眩しかったから、からかうのはやめにしておいた。
そうね。ドラドの言うとおりだわ。私は誰にも屈したりしない。欲しいものがもう少しで手に入るというのに妨害する存在が現れたら、全力で抵抗するだけだ。




