従うか、反抗するか(1/2)
保管庫で重大な発見をした日の翌日から、私とドラドは国中を駆け回って、彼が天上界に行くための準備をすることになった。
「まず確認するべきなのは、天体観測の結果ね」
石板の記述とにらめっこしながら、私は粘土板に神聖文字を刻んで、これからやるべきことをリストアップしていく。
「天上界への通路が開くのは、星が特定の並びになった時だけよ。これは天文官に聞けばいいわね」
「通行料としてカカオが一袋いるとも書いてあるな。随分と強欲だ」
ドラドがいつもの調子で難癖をつける。けれど、その声はどこか嬉しそうだ。
思い悩む私とは対照的に、ドラドはずっと浮き足立っていた。そのくらい天上界に帰れるのが嬉しいのだろう。
ドラドは地上界にはまったく未練がないのだろうか。私もこれくらい単純に、彼が去っていくことを喜べたらいいのに、と複雑な気持ちだった。
「ほかの必要な素材も特別に手に入りにくいものはないし、何とかなりそうね」
完成した粘土板のリストを私はドラドに手渡した。
「条件がそろう日の夜になったら、祭壇ピラミッドの魔術具に素材を捧げてから霊力を注ぎ込んで、通路を開きましょう。これで、あなたは無事に元いた場所に戻れるわよ」
ところが、そう簡単にはいかなかった。天上界への通路を開く準備を始めてから七日後、私はドラドに残念なお知らせをすることになってしまったのだ。
「通路が開く日はね……嵐が来るらしいわ」
相部屋に置かれた机の向かい側に座るドラドに、私は重々しい声でそう告げた。
「何? またか?」
ドラドが眉をひそめる。きっと、球技の試合が行われた日にも天気が荒れたことを思い出しているのだろう。今の時期の半島は嵐が多い。
「でもね、今回のはただの天の気まぐれじゃないの。……雨の神のお通りに伴う嵐なのよ」
普段は天上界に住んでいる雨の神も、たまに地上へやって来ることがある。そうすると、半島では決まって天気が荒れるのだ。雨の神は嵐の神も兼務しているのである。
しかも、雨の神はじっとしているのが嫌いなのか、ふらふらとあちこちを練り歩く癖があった。
雨の神がやって来た場所の天気は、よそよりもずっと悪くなる。どこに来るかは神託によってあらかじめ知らされるから不意打ちよりはマシなものの、通り道の中にたまたま含まれてしまった国はたまったものではない。
そして、今回その貧乏くじを引いたのは、この夕凪の都だったのだ。
「明日にでも、国王陛下が国民に友好国への一時避難を呼びかけるそうよ」
私は憂鬱な気持ちで言った。
「残念だけど、今回は諦めるしかないわ。通路は晴れた日の夜にしか開かないけど、天気が回復するのはいつになるか分からないし……。何日間も悪天候が続く場合だってあるもの」
「私に天上界へ戻るのを断念しろというのか?」
ドラドが納得できないと言いたげに眉根を寄せた。私は「仕方ないでしょう」と肩を竦める。
「下手をすれば、この国が嵐のせいで立ち直れないくらいの被害を受けるかもしれないっていう時なのよ? ワガママを言わないで」
「ワガママなど言っていない。お前こそ、そう簡単に諦めるな」
「だって、嵐が来るのは確定しているもの。心配しなくても、同じ星の並びになる日はまた来るわよ。ええと……」
私は天文官から借りてきた天体運行の予想図を見て、次の目的の日がいつになるか確認しようとする。けれど、ドラドは「気に食わん」とバッサリ言い捨てた。
「よその神の気まぐれに振り回されるなどごめんだ。私はあらかじめ決めていたとおりの日に帰るぞ」
「できもしないことを言わないで。そんなことより、ほら。次に通路が開く日が分かったわよ」
私はドラドに星の運行表を見せようとしたものの、彼はそれを手のひらでバシンとはたいてテーブルの上に乱暴に叩きつけた。
「お前はそれでいいのか、小娘」
ドラドがきつい口調で尋ねてくる。
「巫女頭でありながら、この国が雨の神に好き放題されるのを黙って見ている、と?」
「論点をずらさないでちょうだい」
巫女頭としてのプライドを揺さぶられ、私は思わず椅子から立ち上がった。
「私たちは、次に通路が開く日のことを話し合っているのよ。雨の神がこの国に災難をもたらすのは釈然としないけれど、今はその話はしていないでしょう」
「いいや、この二つは同じ問題だ」
ドラドはきっぱりと言い切った。
「すべては、雨の神が許可もなしに夕凪の都にやって来るのが悪いんだ。奴を追い払うことができれば、何もかもが解決するだろう」
「雨の神に逆らうっていうの?」
ドラドがあまりにも恐ろしいことを提案したものだから、私は一瞬で血の気が引いた。
「できるわけがないでしょう。雨の神は嵐を呼ぶ一方で、水をもたらしてくれる存在として半島中で信仰されているのよ。そんな強力な神に手向かったら、この国は潰されてしまうわ」
「大嵐が来たら国が滅びるかもしれないなら、同じではないか」
ドラドが鋭い声で指摘した。
「私は誰にも屈したりはしない。よく覚えておけ」
「無理よ、絶対に無理!」
私は頑なに首を振った。ドラドが呆れ顔になる。
「いつもの威勢の良さはどうした、小娘。普段私に食ってかかる時のように、雨の神にも一発お見舞いしてやれ」
言いたいことだけ言うと、ドラドは部屋を出ていく。私はヘナヘナと椅子に崩れ落ちた。
「……バカじゃないの?」
雨の神に反抗するなんて無謀すぎる。あの方の恐ろしさを記した記録なら、いくつも読んだことがあった。「川を氾濫させて、一夜にして地形を変えた」とか、「干ばつをもたらして大勢の命を奪った」とか。
そんな相手に立ち向かうには、私たちはあまりにもちっぽけだ。何と言っても、霊力の差がありすぎる。私たちが反撃したところで、雨の神は蚊に刺されたほどにも感じないに違いない。
その辺りが、神であるドラドには分からないのだろう。同じ天上界の住民なんだから負けるはずがないと思っているのかもしれない。
けれど、巻き込まれる私たちはいい迷惑だ。
間違っても、「夕凪の都は雨の神に逆らったために滅んだ」なんて記録を後世に残すわけにはいかない。雨の神のご機嫌を損ねないように、なんとかしてドラドを止めなければならなかった。
けれど、何度説得を試みてもムダだった。ドラドは断固としてこちらの言葉を聞き入れてくれないのだ。
しかも、どうやって雨の神に対抗するつもりなのかも教えようとしない。きっと、言ったら邪魔をすると思っているのだろう。大正解である。
転機が訪れたのは、天上界への通路が開く夜が十二日後に迫った日のことだった。私の元に部下の巫女がやって来て、聞き捨てならないことを耳打ちしたのである。
「リュイサの旦那様、最近は夜中に一人歩きをしているようだねえ」
巫女はしわくちゃの顔に好奇心を浮かべている。
「ひょっとして、浮気じゃないかい?」
「……違うわ」
私は直感した。ドラドがコソコソとやっていることなんて一つしか思いつかない。雨の神に対抗するための準備だ。
その日の夜、私はいつもなら休む時間になってもまだ起きていた。ジャガーの毛皮の上に身を横たえながら、同じ部屋にいるドラドが立てる物音にじっと耳を澄ます。
すると、寝床のほうからモゾモゾと音がした。ドラドが足音を忍ばせて部屋から出ていくと、私はそっと目を開く。彼は同居人が寝たふりをしていたとは気づいていなかったらしい。
私も外に出ると、物音を立てないように気をつけながらこっそりとドラドのあとをつけた。




