離婚を目指して協力中(1/2)
翌日から、私とドラドは暇を見ては神殿の一角にある魔術の記録保管庫に入り浸るようになった。
ここには、様々な術の手順や効果を記した石板が大量に保管されている。その中にはきっと、召喚した神を天上界に返す方法も含まれているだろうと思ったのである。
けれど、作業は予想以上に難航した。何と言っても、石板の数がかなり多いのだ。保管庫の管理人でさえ、どこに何があるのかきちんと把握していないと言い出す始末である。
祭壇ピラミッドに彫られた神の功績を丸暗記している私でも、さすがにすべての魔術を把握してはいなかった。
そんなわけで、私とドラドは片っ端から石板を読みあさって、役に立ちそうな術を探していくハメになってしまった。
「ものを浮かせる魔術、火花を出す魔術……この辺りにあるのは、全部初歩的な術ばかりか?」
保管庫の床に座り、石板を流し読みしながらドラドがうなった。
石板に刻まれた記録は全部、神聖文字で書かれている。ドラドが文字を読めて本当によかった、と私は大量の石板に埋まりそうになりながら胸をなで下ろす。
「何かよさげな術は見つかった?」
「いいや。……そんな積み方では、頭の上に石板が落ちてくるぞ」
ドラドが私の隣で危なっかしくグラついていた石板の山を押さえる。この調査を始めてまだ十日しかたっていないが、ドラドの顔には疲れが出始めていた。
「もっと人を寄越すように誰かに言え。私たち二人でこの量をこなすのは無理だ」
「それができたらいいんだけどね……」
私は先日、お偉方を緊急招集して開いた会議のことを思い出す。
私はその場で、皆にドラドの正体が分かったと告げた。すると、集まった者たちは一斉に喜びの声を上げ始める。
――ドラド様の正体はいにしえの守護神だった!? なんとめでたい!
――そのような方が召喚されてくるとは……これも何かの縁でしょうな。
――我が国の巫女頭の花婿にはちょうどいい相手ではないか!
皆があまりにも喜ぶものだから、私はこの情報を伝えたことを後悔してしまった。だって、私が会議を開いた本当の理由は、ドラドの正体を伝えることとは別にあったから。
――私はドラドと離婚する方法を考えています。
思ったとおりだ。私が本来の目的を明かした途端に、皆は「せっかくいにしえの守護神様がおいでになったのに、そんなことは認められない!」と言い始めた。特に神官長様はかなり渋い顔だ。
――神聖結婚で結ばれた二人が別れるなど、前代未聞だ。そんなバカな思いつきはすぐに忘れろ。
――ですが、ドラドも離縁を望んでいるんですよ。
私はそう言って反論したものの、会議で出た結論は「これまでどおり結婚関係を続けろ」だった。本当に頭の固い人たちばかりなんだから!
「つまり、追加の人員はなし、と」
私が会議のことを話すと、ドラドが苦虫をかみつぶしたような顔になった。私はため息を吐く。
「あなた、昔はこの国の守護神だったんでしょう? 花婿を天上界に帰す以外の離婚の方法、何か知らないの?」
「知らん。大体、私が守護神だった頃は、一度も神聖結婚は成立しなかったんだぞ」
「一度も? でも五百年前の記録では……」
保管庫の入り口で物音がしたのに気づき、私は言葉を切った。急いでドラドの手を引っ張って、石板がしまってある棚の後ろに隠れる。
「おい、どうし……むぐっ」
私は慌ててドラドの口を手のひらで押さえる。口の動きだけで「静かに」と伝えた。
「あの二人が来たというのは本当なのだな?」
「は、はい。間違いございません」
記録保管庫の入り口から聞こえてきたのは、虫の居所が悪そうな神官長様と、偉い人を目の前にしてすっかり恐縮してしまっている記録保管庫の管理人の声だった。
「リュイサめ。どうして私の言うことが聞けないんだ。……それにしても、散らかっているな」
神官長様はブツブツ言いながら保管庫の奥へ入っていく。隠れている棚の後ろを彼が通り過ぎるまで、私は無意識のうちに息を止めていた。
「なぜ隠れる必要がある?」
やっと神官長様が離れてくれた。私がドラドの口から手を離すと、彼が小声で尋ねてくる。私は片眉を上げた。
「神官長様は、私たちがここにいるのがお気に召さないのよ」
私は先日の会議のことを思い出す。「結婚関係を続けろ」と命令された私は腹が立って思わず、「皆さんが協力してくださらなくても、私は自力で離婚の方法を見つけます」と言ってしまったのだ。
――ちょうど今、ドラドを天上界に戻すための術を調べているんです。彼と長い間離れて暮らすことになったら、もう婚姻は成立しないでしょう?
私の言葉に、神官長様は机を拳で叩いて抗議した。
――ドラド様を天上界に帰すだって? 何を考えているんだ! 無理に決行しようとしたら、私が直々に止めるからそのつもりでいろ。
「つまり、あの男は私たちの邪魔をしようとしているわけか?」
話を聞いたドラドは眉をひそめた。
「なぜ余計なことを言ってしまったんだ。神である私が、盗人のようにコソコソ隠れなければならないなど、不愉快極まりない」
「ごめんなさいね。口が滑ったのよ。……それより、さっき言っていた『一度も神聖結婚を執り行ったことはない』ってどういうこと?」
私は小さな声で質問した。
「五百年前の記録には、当時の巫女と守護神様の神聖結婚が成立したという記述があるわよ。この『守護神』ってあなたのことでしょう?」
近くで何かが動く気配がして、私はギクリとなった。
そろりと首を伸ばして様子をうかがうと、窓にかかっている日よけの布が風で揺れただけだと分かり、ほっと肩の力を抜く。私ったら、少し神経過敏になっているみたいね。
「それは私よりも前の代の守り神のことだ」
ドラドが私の質問を小声できっぱりと否定した。
「新しい神が生まれても、すんなりと代替わりが行われるとは限らない。多くの場合、古い神は今の地位を守ろうとして、生まれたばかりの神に戦いを挑むんだ。私の時もそうだった。私は昔の守護神から実力で守り神の地位を奪い取ったんだ」
「じゃあ、昔の守護神様に話を聞きましょうよ。実際に神聖結婚を執り行ったことがある神様なら、何か役に立つ情報をご存知かもしれないもの」
素晴らしいことを思いついて私は明るい気持ちになったけれど、ドラドは「無理だ」と即答した。
「守護神の座を追われた神の運命は悲惨なものだぞ。とてもじゃないが、話を聞ける状態にはない」
「え……どういうこと?」
思ってもみなかったことを言われ、なぜか胸のざわめきを覚えた。けれど、物音が聞こえてきたために、私は口を閉ざす。
今度は聞き間違いではない。苛立ったような荒っぽい足音が、私たちのいるほうに近づいてきている。
「こっちだ」
ドラドが焦ったような声を出し、私の手首をぐいっと引っ張った。二人で石版の収められた棚の間を、大きな音を立てないように細心の注意を払いながら小走りで移動する。
「ねえ、ドラド。さっき言っていた『守護神の座を追われた神は悲惨なその後をたどる』ってどういう意味?」
懸命に足を動かしながら、私は囁き声でドラドに質問した。
「ドラドだって、いにしえの守り神じゃない。だったらあなたも……」
「何だ? 私の心配をしているのか?」
肩越しに振り返ったドラドは、意外そうな顔をしていた。少し嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「私はまだ平気だ。なにせ代替わりが行われたのは、たった十年前の話だからな。私の運命が決するまでは、あと四十二年の猶予がある」
「十年前?」
ドラドがおかしなことを言い出すものだから、私は首を傾げてしまった。
「神が代替わりしたのは五十年くらい前だったはずよ。当時の巫女から話を聞いたことがあるから間違いないわ。……きゃあ!」
ドラドがいきなり立ち止まったものだから、私は彼の背中に正面衝突してしまった。
「いきなり止まらないでよ! 一体どうしたの?」
けれど、答えを聞く前に理由が分かってしまった。私たちの目の前に広がっているのは保管庫の壁。つまり、この先は行き止まりである。
こっちだ、っていかにも自信満々に言うから、逃げ道でも知っているのかと思ったのに、どうやらドラドは当てずっぽうで歩き回っていただけだったらしい。頼りにならないんだから!
「戻るぞ」
ドラドが腹立たしそうに言ったけれど、私は「待って!」と彼を止める。
神官長様の足音は、もうすぐ傍まで迫ってきていた。
それなのに、辺りには身を隠せそうな場所や外に通じる窓はない。別の通路に出る道も、遠くにしかなかった。これでは移動しているうちに追いつかれてしまうだろう。




