大樹の国
宜しくお願いします。
大陸の南東に位置する大森林地帯。
その森に隠れるようにして一つの国が存在している。
見上げれば、天を覆うのは青い空ではなく、緑の木々。
地面には木洩れ日が斑模様を作っている。
吹き抜ける爽やかな風と、揺れて奏でる草花の心地よい音。
そして、セッションするように響き渡る鳥の囀りが、ここで生きる者に染み渡り心を穏やかにしていく。
豊富な農作物。
澄んだ水流。
なに不自由もない平和な時間が包み込む国、それがここ大樹の国である。
国の中心に聳え立つ一本の巨木。
精霊が宿り、この森を支える要たる樹木である。
結界により悪しき者から民を守り、領域内の水も空気も全てを浄化する。
湧き出る樹液は空気と混じり、生きとし生ける者へと活力を与えている。
命あるものにとって大切な木。
この国の民の生命線とも言える樹木。
そのような神聖なる樹へと住むことを許された者達がいる。
建国より代々住まう者。
唯一許された存在。
それがこの国の王族である。
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「──はぁ……」
本日数度目の溜め息を漏らしたのは、国の中心にある大樹に住まう女性であった。
銀髪で、やや尖った耳。
そして透き通るような白い肌を持つ彼女は、絶世の美女と言われた母に負けずとも劣らない容姿をしている。
そんな誰もが羨む美貌の彼女。
しかし、その容姿を民が簡単に目にすることはできない。
それは、住居が地上より遥か高所に設けられいるからである。
これは王族に与えられた特権の一つだ。
彼女に与えられた一室は、樹木の中とは思えないほど荘厳な造りであった。
巨大な天涯付きベッドが部屋の中心にあるが、それでもまだまだ部屋は余裕があるほどに広い。
そのベッドへと扇状に輝くような銀髪を広げ、仰向けに横たわる彼女。
もう一度大きな溜め息を吐くと徐に起き上がり、悩みを抱えたような表情を浮かべたまま窓際へと移動した。
まだ成人前であるが、身長が高いために、高い位置へと取り付けられたその丸くくり貫いたような窓穴から顔出すことができた。
そして、下を歩く豆粒のような民を見下ろしながら再度、彼女は溜め息をついた。
「……お嬢様、溜め息をつかれますと、その数だけ幸せが逃げていきますよ」
この室内にはもう一人の女性がいた。
同じ銀色の髪をし、肩口で短く切り揃えた彼女は、既に成人を迎えたスレンダーな美人。
その女性は空いたベッドをすぐさまベッドメイキングしていく。
「はぁ……。 あんな男を夫として迎えるくらいなら、いっそのことここから飛び降りようかしら…ねぇフィッダ?」
「ジル様っ! 嘘でもそんなことを仰ってはなりません!
ジル様はゆくゆくは女王となられる身。御身お大切になられませんと。
……でも、確かにあの御仁が王配というのはわたくしも………ハッ! わたくしとしたことがっ!そんなことを言ってはいけませんね!
──とにかく! この国で一番の武力を持つあの方以外には候補が───」
侍女のフィッダが言い切る前に、 何かを思い付いたようにバッと振り返るジル。
フィッダはそのジルの勢いに言葉を止めてしまう。
「──あっ!ねぇ、フィッダ! この国では確かにあの男が一番だけど、もし、アレを倒すことできる者のが他の国にいたら? それなら、この話を無かったことにできるかしら?」
フィッダは少しの間目をつぶり口を閉じた。
そして、何かを思い出したように目を開く。
「──できるかもしれません……ジル様。先代まではそうはいかなかったでしょうが、現国王、ジル様の父上様であればもしかしたら……」
「もしかしたら……?」
「はい。代々、我がエルフ族は他種族との交配を禁止とされてきました。ですので、この国一番の力がある者を他種族の者が倒すことができようとも、それは婚姻とは関係のないことでした。
ですが、現国王様は実力至上主義のお考えをお持ちのお方です。
もしかしたら…もしかしたらですが、他種族と言えど、ジル様が好いた者で、その方があの御仁を王様の目の前で倒すことができれば……」
「──いけるかもしれないのね?!」
くわっと開かれたジルの両眼は、さっきまでの悲観に満ちたものではなく、将来に希望を見出だしキラキラと光っていた。
「──はい。 ただ、婚約を無かったことに、というよりはその方を新たな王候補として迎えるのか……もしかしたら、反対され……最悪、ジル様がエルフ族より追放という形になるかもしれません……」
フィッダはジルとは違い、少し顔に影を落としているようにも見えた。
ジルの将来を案ずるフィッダには、追放ということが決められた結婚よりも最悪の結末に思えたからであった。
しかし、当のジルは楽観的であり、自身が嫌いな男と結婚するよりも、できればしたくはないけど、王国を出るほうが幸せであることは間違いないと、既に頭の中は協力者をどうするかに考えを巡らせていた。
「ウフフフ。 よしよし…えっと、たしかもうすぐ王都で魔法競技大会だったわよね?フィッダ」
「はい。 王都で来月、魔法四競技大会が行われる予定となっております……が? えっ?」
「───よし、フィッダ! 私達も行くわよ!」
「へっ……我がエルフ族も招待されているにはされておりますが……王と王妃様のみ──」
「フィッダ! 父様には私からお願いするわ! だから、あの人への連絡はお願いしてもいい? 何とか一緒に連れていって、父様の前でコテンパンしてもらわなくちゃ!」
ジルは、未発達な胸を膨らますように肺へと空気を送り込むと、気合いを入れるようにフンスッと鼻から一気に息を吐いた。
「……畏まりました。 すぐに書状を送らせていただきます」
「うん、よろしくね!」
フィッダは恭しく頭を下げると、書状の手配をするために部屋をあとにした。
扉が閉まるのを見届けると、ジルはまたベッドへとダイブした。
枕へと顔を埋めると、足をパタパタをバタつかせる。
「──ウフフフ。 王都なら、アレを倒せる人はいっぱいいるだろうなー。 ……いるかな?
着いたらすぐに作戦立てなくちゃ!
あんな傲慢で高慢ちきな人…大っきらい。あんなのを気に入る父様の気が知れないわ。
……しかし、王都かー。久しぶりだなー! とっても楽しみ!
……あっ、王都ならもしかしてあの方もいるかしら…?
約束は反故にされてしまったけど…、きっと、きっと何か理由があったに違いないもん。
ああ、会いたいな……彼の魔法凄かったな……。
彼なら…ヴェルならコテンパンにできる……かな……」
大樹の国、別名エルフの国。
王族の娘、第一王女ジルヴァラ。
命を救ってくれた彼の人へと想いを馳せて、昼間にも拘わらずいつの間にかスースーと寝息を立てたのだった。




