10.異常事態
「……ここはどこじゃ?」
周囲をキョロキョロと見回しながらクロセルは呟く。
どうやら鳴き声をもとに走り回った結果、道に迷ってしまったらしい。
その容姿と合わさって完全に迷子の少女のようだ。
「ふふふ……。拙が役立つことを知ればユウヤも……」
何を想像したのか、クロセルは頬に手を当て、身体をくねらせた。
その表情は柔らかく、頬はやや朱に染まっている。
道に迷ったと言うのにその表情に焦りの色はない。
と、不意にクロセルの視界の端で何か紐のような物が揺れ動いた。
怪しく思いつつもクロセルは揺れ動いた物へと焦点を合わせる。
「あれは……」
クロセルの視線の先にあった物、それは何かの生き物のような細長いものだった。
見ようによっては尻尾に見えなくもない。
どうやらそれは、通路の先の部屋の中に居るようで、クロセルの見える範囲にはそれしかなかった。
「ふふふ、これでユウヤも拙のことを大切に思うてくれるはずじゃ♪」
脳内に、自分のことを膝に乗せて頭を撫でながら抱き締めてくるユウヤの姿を思い描きながらクロセルは呟く。
ユウヤの性格を考えるとそんなことは微塵もあり得ないことなのだが……
そして、クロセルは揺れ動く尻尾のような物へと視線を固める。
「装填……」
クロセルは右掌の前に縦に細いハート型の魔力弾を形成する。
そして魔力弾を維持しながらゆっくりと足音を殺しつつ、揺れ動く尻尾のような物へと近づいていった。
徐々に徐々に近づいていき、残り3m、2m、1m……
「喰らうのじゃ!」
そう叫びながらクロセルは部屋の中に飛び込み、尻尾のような物へ右掌を向けた。
しかし、いつの間にかそこには尻尾のような物など最初から無かったかのように忽然とその姿を消していた。
そして、クロセルの視界を闇が包み込むのはほぼ同時だった。
‡ † ‡
「最後の〝どっか〜ん♪〟は台詞としては無いと思ったな……」
「知らん。師匠に言え」
冒険者の言葉にユウヤは腕を組みながら答える。
事実、〝煌花恋月〟を創ったのはユウヤの師匠だ。
故に掛け声などの設定もユウヤではなく師匠が行ったのだ。
「さて、と。〝決闘〟で負けちゃったし。どうするかなぁ……」
意外とさばさばした物言いにユウヤはやや驚くも、表情には表さない。
「そもそも、何のために鉱山に来たんだ」
「いや、レアモンスターが出現するって噂を聞いてな。倒したらレアアイテムが出ないかな〜、と」
ユウヤの問いに冒険者は笑みを浮かべながら答える。
その様子はさながら、夏休み1日前の小学生、もしくは餌を目の前に置かれた飼い犬のようにも見えた。
「レアモンスター……だと?」
「そう、レアモンスター。見た目も鳴き声も不明だけどな」
ユウヤの不思議そうな言葉に冒険者は頷き、答えた。
ここでレアモンスターについての説明をしよう。
レアモンスターは特定の条件をクリアした状態で出現するボスクラスのモンスターのことで、その名の通り希少なモンスターのことを指している。
その条件は様々で、時間や季節、特定の装備を着けている、特定のモンスターの一定数討伐、などなどいくつも存在しているのだ。
例えば、クロセルことサキュバスプリンセスなら、サキュバスの討伐数が100を越えた状態でサキュバスを20体連続で倒す、と言った感じである。
他にも名前だけなら知られているレアモンスターがいるが、出現条件は今のところ知られてはいない。
「……で、レアモンスターの出現条件は」
「興味あるんだ? まぁ、いいけど。レアモンスターの出現条件は、鉱山内に他のレアモンスターが出現するか侵入する、らしいぞ」
──ヴーーッ! ヴーーッ! ヴーーッ!
冒険者がレアモンスターの出現条件を言い終えるのと同時に、けたたましい音が周囲に鳴り響いた。
そして、ユウヤの目の前にウィンドウが出現する。
出現したウィンドウには〝クロセル〟と文字が書かれていた。
その文字を見た瞬間、ユウヤの表情が一瞬だけ完全に消える。
直後、ユウヤは何も言わずに駆け出した。
冒険者が何かを叫んでいたのだがユウヤは気にも留めず、進む。
「〝天狼刈咒脚〟!」
ユウヤが言うと同時に黒色の湯気のようなものが立ち上がり、ユウヤの足へと絡み付いていく。
そして、ユウヤが次の一歩を踏み出したとき、黒色の湯気のようなものはかき消え、ユウヤの足は銀色の毛皮に包まれていた。
その瞬間、ユウヤの身体は先程までの速さをさらに上回る速さで通路を駆け抜けていく。
不意に前方にモンスターの姿が現れた。
モンスターは何体もおり、種類も様々だ。
モンスターの姿を確認し、ユウヤは足を止めずにモンスターへと跳躍する。
「『纏魔滅蹴撃』!」
ユウヤが叫んだ瞬間、ユウヤの足に黒いもやのようなものが纏われる。
そして、ユウヤは跳躍した勢いを殺さずに身体を回転させ、モンスター達を蹴り抜いた。
いや、この表現は些か間違いかもしれない。
モンスター達は完全に上下に切断されている。
であれば、蹴り抜いたではなく蹴って裂いたのだから、蹴り裂いたとでも言うべきか。
〝天狼刈咒脚〟によって強化された攻撃力に、走っていることによる加速力、そして発動した〝纏魔滅蹴撃〟によって、モンスターに与えるダメージは絶大なものへとなっていた。
モンスター達に隙間が生まれたのを確認し、ユウヤはその隙間を縫うように駆け抜けていく。
眼に見えず隙間を駆け抜け、捉えることのできない。
その姿を一言で表現するのならば……疾風。
そして、ユウヤは足を止めることなく走り続けた。
‡ † ‡
──ズズズ……
力の抜けていく四肢、ゆっくりと落ちていく瞼。
「ユウ……ヤ……」
最後の力を振り絞り、クロセルは愛しき者の名を呼ぶ。
そして、クロセルの意識が闇へと落ちていくのと、足が銀色の毛皮に包まれた人物が部屋に飛び込んできたのはほぼ同時だった。
・纏魔滅蹴撃
〝格闘士〟の〝武技〟。
足に魔力を纏わせて敵を蹴り抜く。
纏っている時間が長いため連続して攻撃も可能。




