王都への凱旋。見せつけのドレスと独占欲
王都への凱旋。見せつけのドレスと独占欲
建国記念大夜会の当日。
私たちは王都の一等地にある、アルヴィン公爵家の別邸に滞在していた。
「――社長。先ほど、公爵家の『影』の者たちから報告がありました。グランツ商会本館の地下金庫より、目的の『裏帳簿』および関連書類一式の回収、無事に完了したとのことです」
別邸の執務室。サクヤが手元の書類を揃えながら、極上の営業スマイルで報告してくれた。
「暗証番号『0401』、傭兵の証言通りでしたわ。宰相への賄賂の記録、不正な流通操作の痕跡、そして社長の横領が完全な捏造であるという裏付け。すべて揃っています」
「完璧ね。サクヤ、ご苦労様。……これでルーファスの逃げ道は完全に塞がれたわ」
私は安堵の息を吐きながら、ティーカップを置いた。
あの森での襲撃から一週間。私たちは公爵領で『高効率魔導循環ストーブ』の量産体制を軌道に乗せ、十分な数の在庫と共に王都へ凱旋した。
王都の商業ギルドが流通を封鎖しようとも、私たちが独自の素材(ポポロ村産)で作り上げた新商品は、その妨害を全く意に介さず完成したのだ。
「私は今夜、裏方に徹して証拠の管理とタイミングを図ります。社長は『アルヴィン公爵夫人』として、あの無能な元婚約者と悪徳宰相の前に堂々と立ってくださいませ」
「ええ、分かっているわ。……でも、少し緊張するわね。王家主催の大夜会なんて、ただの貧乏男爵令嬢だった頃には縁のない場所だったもの」
私が苦笑すると、サクヤは「何を言っているのですか」と眼鏡を押し上げた。
「今のあなたは、王都最大の商会を合法的に乗っ取る……いえ、打ち負かす『アエギス商会』の社長であり、この国で最も権力を持つ公爵様の正妻です。胸を張ってください。……そろそろ、お着替えの時間ですよ」
「そうね。行ってくるわ」
メイドたちに案内され、私は別室の更衣室へと向かった。
そこに用意されていたのは、クラウス様が自ら王都の最高級の仕立て屋に命じて作らせたという、特別なドレスだった。
深い夜空のような群青色を基調とし、裾に向かって氷の結晶のような銀糸の刺繍が施されている。歩くたびに星屑のように煌めくそのドレスは、『氷の公爵』の隣に立つ者にふさわしい、洗練された美しさと威厳を放っていた。
さらに、首元にはアルヴィン公爵家の証である、最高純度の蒼い魔石をあしらったネックレスが光り輝いている。
「奥様、大変お似合いでございます。まるで女神のよう……!」
「息を呑むほどの美しさですわ。公爵閣下も、きっと喜ばれます」
メイドたちが口々に褒めそやしてくれるが、鏡の前に立つ私は、どうにも落ち着かなかった。
前世では、疲れ切った顔でグレーのスーツを着て、終電で帰るだけの社畜。
この世界に転生してからも、実家の借金とルーファスの仕事に追われ、オシャレなどする余裕はなかった。
こんなに美しく、高価なものを身に纏って、本当に私がクラウス様の隣を歩いていいのだろうか?
「契約結婚」とはいえ、彼の完璧な経歴に泥を塗ることにならないだろうか……。
そんな卑屈な不安が頭をもたげかけた、その時だった。
「――入るぞ、アカネ」
低い声と共に扉が開き、クラウス様が部屋に入ってきた。
思わず振り返った私は、その姿に言葉を失った。
漆黒の軍装をベースにした、公爵としての最高礼装。金糸の肩章と、胸元に輝く数々の勲章。ただでさえ長身で圧倒的な美貌を持つ彼が正装を纏うと、それだけで周囲の空気が平伏すような威圧感と色気が漂っていた。
まさに、物語の中から抜け出してきたような、完璧な強者の姿だ。
「クラウス、様……」
「待たせたな。準備は――……」
私の姿を視界に収めた瞬間。
クラウス様はピタリと足を止め、氷青の瞳をわずかに見開いた。
そのまま数秒間、瞬きすら忘れたように私をジッと見つめ、不意に短く息を吐いた。
「……驚いたな」
彼はゆっくりと私に歩み寄り、立ち止まると、私の手を取った。
手袋越しに伝わる彼の手の大きさに、心臓がトクンと跳ねる。
「あの、おかしいでしょうか……? 私なんかが、こんな豪華なドレスを着ても。公爵様の隣を歩くのに、恥ずかしくないようにとメイドたちに手伝ってもらったのですが……」
自信なさげに目を伏せた私に対し、クラウス様は低く、甘い声で囁いた。
「恥ずかしいだと? 冗談を言うな」
彼は私の手の甲に、そっと口付けを落とした。
羽のように軽いキス。だが、その熱は私の全身を一瞬で駆け巡り、頬をカッと熱くさせた。
「誰よりも美しい。……私の目に狂いはなかったな。この群青と銀のドレスは、お前の芯の強さと美しさを完璧に引き出している」
クラウス様は顔を上げ、至近距離で私を見つめた。
その瞳の奥には、いつもの冷徹な公爵の顔はなく――一人の男としての、強烈で、無自覚な『熱』が宿っていた。
「……美しすぎて、他の男どもの目に晒すのが惜しくなってきた。今すぐこのまま、寝室に閉じ込めてしまいたいぐらいだ」
「なっ……!?」
直球すぎる賛辞と、突然の独占欲の吐露。
ドカン! と私の中で何かが爆発する音がした。顔から火が出るどころの話ではない。全身から湯気が出そうだ。
「く、クラウス様っ! な、何を……っ! 私たちはビジネスパートナーで、契約結婚で……!」
「ああ、そうだな。だが、お前が私の『妻』であることに変わりはない。……俺以外の男に、その姿を気安く見せるなよ」
彼は私の耳元に唇を寄せ、あえて「俺」と一人称を崩して囁いた。
その破壊力たるや、ジオ・リザードの炎のブレスの比ではない。私は足の力が抜けそうになり、思わず彼の胸元にすがりついてしまった。
「っ……意地悪、言わないでください」
「意地悪なものか。本音だ」
クラウス様は私の腰に腕を回し、優しく抱き止めてくれた。
その分厚い胸板から伝わる温もりと、彼特有の清涼な香りが、パニックになりかけた私の心を不思議と落ち着かせていく。
(……この人は、本当に)
仕事の時は氷のように冷徹で、敵には一切の容赦がない。
だけど、二人きりになると、こうして不器用に、けれどストレートに私を甘やかしてくれる。
前世でも今世でも、誰にも必要とされず、ただ「便利な道具」としてしか扱われなかった私を、彼は一人の女性として、こんなにも真っ直ぐに求めてくれる。
胸の奥がキュッと締め付けられ、熱いものが込み上げてくるのを必死に堪えた。
これ以上彼の優しさに触れていたら、本当に夜会に行けなくなってしまう。
「……ありがとうございます、旦那様。おかげで、少し自信が出ましたわ」
私がゆっくりと体を離し、少し照れくさそうに微笑むと、クラウス様も満足げに口角を上げた。
「そうか。お前は俺の妻だ。誰に遠慮する必要もない。堂々と胸を張って、あの愚か者どもを見下ろしてやればいい」
「はい。……『アエギス商会』の社長として、そしてアルヴィン公爵夫人として、完璧に務めを果たして見せます」
クラウス様は自身の腕をスッと曲げ、私にエスコートの姿勢を取った。
「行くぞ、アカネ。俺の腕から、絶対に離れるな」
「ええ、もちろんよ。旦那様」
私は彼の腕にそっと手を添えた。
最強の盾であり、私の心を溶かしてくれた最愛の(と自覚するのはもう少し先だが)パートナーと共に、私たちは決戦の舞台へと歩み出した。
王都の中心にそびえ立つ、豪奢な王城。
その大広間は、シャンデリアの眩い光と、着飾った貴族たちの喧騒に包まれていた。
建国記念大夜会。この国で最も権威があり、最も多くの有力者が集まる場所。
私とクラウス様がエントランスに到着すると、案内役の従者が信じられないものを見るように目を丸くし、慌てて声を張り上げた。
「あ、アルヴィン公爵閣下! な、ならびに、公爵夫人・アカネ様、ご到着!!」
その大音声が響き渡った瞬間。
大広間の喧騒が、まるで時を止められたかのようにピタリと静まり返った。
全員の視線が、大階段の上の私たちに集中する。
その中には当然、私を「無能な横領犯」として追放したルーファスと、彼と癒着している悪徳宰相の姿もあった。
「なっ……!? アカネだと!?」
「馬鹿な……なぜあの小娘が、氷の公爵の隣に……しかも、公爵夫人だと!?」
ワイングラスを取り落とし、顔面を蒼白にして私を凝視するルーファス。
周囲の貴族たちも、「あれはグランツ商会を追放された男爵令嬢では?」「なぜアルヴィン公爵が彼女を正妻に……?」と、驚愕と混乱のヒソヒソ声を漏らし始める。
私は、クラウス様の腕にしっかりと寄り添ったまま、彼らを見下ろして優雅に微笑んだ。
(さあ、極上のざまぁのエンターテインメントを始めましょうか)
私から全てを奪い、どん底に突き落とした者たちへ。
法と経済、そして最強の武力による『完全論破の公開処刑』が、今、幕を開ける。
第8話をお読みいただき、誠にありがとうございます!
いよいよ王都の大夜会へ乗り込む準備が整いました。
サクヤによる「裏帳簿」の完全回収。
そして、ドレスアップしたアカネに対する、クラウス様の破壊力抜群の「独占欲ダダ漏れ」の甘やかし……いかがでしたでしょうか。
普段は冷徹な公爵様が「他の男に見せたくない」と耳元で囁くギャップに、アカネも完全にノックアウト寸前です。
「公爵様カッコよすぎる!」「アカネのドレス姿見たい!」「いよいよ公開処刑の始まりだ!」とテンションを上げていただけましたら、
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次回、夜会の中心でアカネの新商品『高効率魔導循環ストーブ』が大発表され、貴族たちの強烈な掌返しが始まります!
焦るルーファスたちの無様な姿をお楽しみに!




