公爵様の過保護な護衛と、代替素材の発見
公爵様の過保護な護衛と、代替素材の発見
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国。
強大な三国の国境が交わる緩衝地帯に位置する『ポポロ村』近郊の森は、昼間であっても鬱蒼とした木々に遮られ、薄暗い影を落としていた。
どこの国の法律も及ばないこの地は、凶暴な魔獣やならず者が跋扈する危険地帯であると同時に、手付かずの自然と未知の資源が眠る宝の山でもある。
「足元に気をつけろ、アカネ。昨晩の雨で地盤が緩んでいる」
「はい、ありがとうございます。クラウス様」
先頭を歩くクラウス様が、太い木の枝を切り払いながら振り返った。
動きやすい狩猟用の軍装に身を包んだ彼の背中は、それだけでこの森のどんな魔獣よりも圧倒的な威圧感を放っている。彼が前を歩いているだけで、野生動物たちは恐れをなして道を空けていくほどだ。
私はドレスから動きやすいパンツスタイルに着替え、彼が切り開いてくれた安全な獣道をサクヤと共に進んでいた。
「それにしても、不思議な植生ね。王都の周辺では見かけない植物ばかりだわ」
「ええ、まさに宝の山よ。サクヤ、あそこに生えている青い葉の植物を採取してちょうだい」
私は倒木の下に群生している、太陽の光を浴びて微かに青く発光する草――『陽薬草』の変異種を指差した。
サクヤが手際よくナイフで根元から刈り取り、私の手元へ持ってくる。
私はその草を受け取り、目を閉じた。
ユニークスキル『概念設計』を起動する。
脳内に、王都の商業ギルドから供給を絶たれた『金属パーツの耐熱コーティング剤』の化学式が浮かび上がる。そこへ、今手にした陽薬草の変異種と、この森の入り口で採取した『粘質の樹液』の成分データを放り込み、代替可能かシミュレーションを回す。
「……いけるわ! この陽薬草の成分を抽出して樹液と錬成すれば、王都で売られているコーティング剤よりも三倍以上熱に強い、完璧な絶縁・耐熱塗料ができる!」
「素晴らしいわ、社長。これでストーブの回路を焼き切れる心配はなくなったわね。しかも原価は王都のギルドから買う場合の十分の一以下よ」
サクヤが眼鏡を光らせながら、即座に原価計算を弾き出す。
私たちの目論見通り、ポポロ村の森には王都のギルドが独占している素材を遥かに凌駕する代替品が、文字通り腐るほど眠っていた。
「よーし、この調子で筐体の金属に代わる硬質な素材も探しましょう。クラウス様、もう少し奥へ進んでも――」
私が意気揚々と前を向いた、その瞬間だった。
――ズシンッ!!
突如として、森全体を揺るがすような重い地鳴りが響いた。
鳥たちが悲鳴を上げて飛び立ち、周囲の木々がバキバキと無惨にへし折られる音が迫ってくる。
「な、なに!?」
「アカネ、私の後ろへ下がれ!」
クラウス様が鋭い声で叫び、私とサクヤの前に立ち塞がって白銀の剣を抜いた。
直後、前方の茂みを吹き飛ばすようにして現れたのは、巨大な四つ足の魔獣だった。
体長は優に五メートルを超え、岩のようにゴツゴツとした外殻に覆われている。その口の隙間からは、チロチロと赤黒い炎が漏れ出していた。
「野生の『ジオ・リザード』の変異種か。かなり魔力を溜め込んでいるな」
クラウス様が冷静に分析する。
だが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。ジオ・リザードは私たちを発見するなり、血走った目をギラつかせ、その巨大な口を大きく開いた。
ゴォォォォォォッ!!
喉の奥で膨張した圧倒的な熱量が、紅蓮の炎となって私たちに向かって一直線に放たれる。
戦闘力が皆無である私には、避けることなど到底不可能だった。眼前に迫る炎の壁を前に、体がすくんで動けない。
「きゃっ――!」
私が悲鳴を上げ、思わず目を閉じた、その時。
――パキィィィンッ!!
爆炎と熱風は、私に届く寸前で、突如として出現した『絶対零度の氷の壁』に激突し、完全に相殺された。
目を開けると、私の目の前に、クラウス様が立っていた。
「……よくも、私の妻に炎を向けたな」
クラウス様の声音は、いつもの冷徹なものとは全く違っていた。
それは、地底のマグマよりも熱く、そして絶対零度の吹雪よりも冷たい、純粋な『静かなる激怒』だった。
彼の全身から、これまで見たこともないほど膨大な魔力が立ち昇る。
森の空気が一瞬にして凍りつき、木々の表面に霜が降り、吐く息が白く染まる。
「俺の妻に傷一つでもつけたら、この森ごと消し飛ばすぞ」
クラウス様が白銀の剣を上段に構え、無造作に振り下ろした。
それと同時、空中の水分が瞬時に凍結し、無数の『巨大な氷の槍』となってジオ・リザードに降り注いだ。
ズドォォォォォンッ!!
「ギャァァァァァッ!?」
岩のような外殻を持っていたはずの巨大な魔獣が、悲鳴を上げる間もなく、氷の槍に貫かれて大地に縫い留められる。
さらに、傷口から侵入した絶対零度の冷気が魔獣の体内を急速に凍結させ、わずか数秒で、五メートルを超える巨体が完全な『氷像』と化した。
パリン、と。
クラウス様が指を鳴らすと、氷像と化したジオ・リザードは粉々に砕け散り、跡形もなく消え去った。残されたのは、魔獣の心臓部にあった巨大で純度の高い『火炎魔石』だけだ。
「……ふぅ」
短く息を吐き、クラウス様は剣を鞘に納めた。
そして、すぐに振り返り、私の肩を両手でガシッと掴んだ。
「アカネ! 怪我はないか!? 炎の熱に当てられていないか!?」
「あ、はい……っ。クラウス様が守ってくださったので、傷一つありません」
普段の余裕たっぷりな態度はどこへやら、少し呼吸を荒くして私の顔を覗き込むクラウス様。
その瞳には、嘘偽りのない本気の焦燥と、私を案じる深い庇護欲が浮かんでいた。
(……あんなに冷静な人が、私のために、こんなに必死になって……)
「そうか……無事ならいい。すまない、私がついていながら危険な目に遭わせてしまった」
「そんな、謝らないでください! 私こそ、不用意に奥へ進もうとしてしまって……クラウス様がいなければ、今頃どうなっていたか」
私が上目遣いで見つめ返すと、クラウス様はふっと表情を和らげ、そのまま私をグイッと引き寄せ、腕の中に強く抱きしめた。
「えっ……!?」
「……お前を失うかと思って、少し肝を冷やした。しばらく、このままでいさせてくれ」
男らしく分厚い胸板に頬を押し付けられ、彼の力強い心音と、安心しきったような吐息が耳元に伝わってくる。
契約結婚の「ビジネスパートナー」であるはずの私を、彼はまるで、世界で一番大切な宝石のように抱きしめていた。
顔がカーッと熱くなり、私の心臓も早鐘のように鳴り始める。
「ク、クラウス様……あの、サクヤが、見て……」
「あら、私は何も見ていないわよ。足元の石ころの数を数えるのに忙しいから」
サクヤがわざとらしくそっぽを向きながら、クスクスと笑い声を漏らす。
私は羞恥で爆発しそうになりながらも、彼に守られているという圧倒的な安心感に包まれ、そっと彼の背中に腕を回し返した。
数分後。
ようやくクラウス様が私を離してくれた後(彼はおほん、と少しバツが悪そうに咳払いをした)、私は気持ちを切り替えるべく、砕け散ったジオ・リザードの跡地に残された巨大な『火炎魔石』と『外殻の破片』を手に取った。
「……すごいわ。これ、ただの魔石じゃない」
私は再び『概念設計』を起動する。
脳内に流れ込んでくる素材のデータは、私の予想を遥かに超えていた。
「このジオ・リザードの外殻……熱を吸収して強度を増す特殊な性質を持っているわ。これを加工してストーブの筐体にすれば、王都のギルドが独占している最高級の耐熱金属すら比較にならない、絶対に変形しない最強の筐体ができる!」
「それだけじゃないわ、社長。その火炎魔石。不純物が完全に燃え尽きた最高純度よ。これ一つあれば、王都の既存の魔導具の心臓部として、とんでもない価格で売れるわ」
サクヤの計算に、私は目を輝かせた。
王都の悪徳宰相とルーファスは、素材の流通を止めることで私たちを干上がらせようとした。
しかし、彼らが嫌がらせをしてくれたおかげで、私たちは「王都の素材で作るよりも、遥かに高性能で原価の安い製品」を作り出すための最強の代替素材を手に入れてしまったのだ。
「ふふっ……あははっ! ざまあみろだわ。これで、既存の製品の完全に『上位互換』が作れる! あの無能な元婚約者が青ざめる顔が目に浮かぶようよ!」
「ええ。完璧なカウンターパンチの仕込みが完了したわね」
私とサクヤが悪役顔負けの邪悪な笑みを浮かべてハイタッチをしていると、クラウス様が呆れたようにため息をついた。
「……お前たち、さっきまで死にかけていたというのに、逞しいことだ。だが、私の妻が優秀で何よりだ」
クラウス様が優しく微笑み、再び私の頭をポンと撫でようと手を伸ばした――その時だった。
サクヤがピタリと笑みを消し、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
同時に、クラウス様も伸ばしかけた手を止め、視線を森のさらに奥へと向ける。
「……どうやら、歓談の時間は終わりのようね」
サクヤの低い呟きと共に、周囲の木々の陰から、武装した数十人の男たちが音もなく姿を現した。
「チッ……ジオ・リザードをぶつけて体力を削る算段だったが、化け物じみた公爵サマには通用しなかったか」
下劣な舌打ちと共に、男たちが一斉に武器を構える。
彼らの首筋には、不気味な黒い紋様――『契約の呪い』が刻まれていた。
間違いない。ルーファスが裏金で雇った、口封じのための傭兵団だ。
「……私の妻を傷つけようとした愚か者が、まだこんなにいたとはな」
クラウス様が再び白銀の剣を抜き放ち、絶対零度の殺気を周囲に撒き散らす。
だが、サクヤが一歩前へ出て、不敵な笑みを浮かべた。
「公爵様、彼らの制圧はお任せします。ですが、トドメは刺さないでくださいね? 彼らには『重要な証拠』を吐いてもらうための、特別なお仕事(尋問)がありますから」
法と武力が完璧に噛み合った最強のチームの、反撃の第二幕が始まろうとしていた。
第6話をお読みいただき、誠にありがとうございます!
巨大な魔獣の襲撃からアカネを庇い、「俺の妻に傷一つでもつけたら消し飛ばす」と激怒するクラウス様。
普段は冷徹な彼が、本気で焦ってアカネを抱きしめる過保護っぷり……いかがでしたでしょうか?
そして、ピンチの後に最強の代替素材をゲットし、ルーファスたちの嫌がらせを完全に無に帰すアカネたちの逞しさ(笑)。
「公爵様の抱擁にキュンとした!」「最強の素材ゲットで反撃の準備万端!」「次回、サクヤのえげつない尋問が楽しみ!」と思っていただけましたら、
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次回、捕らえた傭兵たちに対する、サクヤの『絶対契約』を使った合法的な地獄の尋問がスタートします! お楽しみに!




