新商会『アエギス』始動。王都ギルドの陰湿な嫌がらせ
新商会『アエギス』始動。王都ギルドの陰湿な嫌がらせ
「――以上をもって、アルヴィン公爵家を筆頭株主とする新商会『アエギス』の設立登記を完了いたします」
公爵邸の執務室。
分厚い書類の束に最後の署名を終えたサクヤが、眼鏡の位置を直しながら満足げに微笑んだ。
試作品の完成から、わずか数日。
公爵様から提供された莫大な初期資金と、サクヤの常軌を逸した処理速度によって、私たちの商会はあっという間に形になった。
『アエギス』――神話に登場する、あらゆる邪悪を打ち払う最強の盾の名。
それはサクヤの法務能力と、クラウス様の武力を象徴すると同時に、私が二度と誰にも搾取されないための「防壁」でもあった。
「お疲れ様、サクヤ。これでついに、私たちの拠点ができたのね」
「ええ。王都の商業ギルドを通さない、完全に独立した流通・販売網の基礎は固めたわ。あとは、社長の設計した『高効率魔導循環ストーブ』の量産体制を整えるだけよ」
私は安堵の息を吐き、隣で書類を確認しているクラウス様を見上げた。
今日も軍服をピシッと着こなした彼は、出来上がった登記簿を一瞥し、「悪くない」と短く頷いた。
「我が領地の職人たちにはすでに召集をかけてある。お前が作った試作品の構造を分解・学習させれば、一週間後にはライン生産が稼働するだろう」
「ありがとうございます、クラウス様。職人の方々にも、適正以上の報酬をお支払いする契約にしています。彼らのモチベーションが上がれば、品質も向上しますから」
「ああ。領民の利益になることならば、私も惜しみなく投資しよう」
順風満帆。
前世でも、元婚約者の商会でも味わったことのない、自分の努力が正当に評価され、形になっていくスピード感。
このまま量産体制に入り、冬が来る前に王都の市場へ新製品を投下すれば、グランツ商会が独占していた魔石利権は完全に崩壊する。
私たちは確実に、逆襲への階段を登っていた。
――だが、当然ながら、敵もただ指を咥えて待っているほど無能な善人ではない。
その日の午後。
量産に向けた素材調達の報告書を読んでいたサクヤが、ピタリと動きを止めた。
「……社長。どうやら、さっそく『ご挨拶』が来たみたいよ」
「え?」
サクヤは冷たい声音で言い、数枚の羊皮紙をデスクに広げた。
そこには、王都の商業ギルドからの通達事項が記されていた。
「『アエギス商会』宛ての、金属パーツおよび基礎錬金素材の卸しを、本日付で無期限停止とする……? どういうこと!? 代金はすでに前払いで済ませてあるはずよ!」
「理由は『王都内の需要逼迫による制限』と書かれているけれど、んなわけないわ。ただの建前よ。完全に狙い撃ちされているわね」
私は血の気が引くのを感じた。
クズ魔石は公爵領の鉱山からいくらでも採掘できるが、ストーブの筐体を作るための特殊な耐熱金属や、細かい魔導回路を繋ぐための基礎素材は、どうしても王都のギルドからの仕入れに頼らざるを得ない。
ここを絶たれれば、いくら完璧な設計図があっても量産は不可能だ。
「まさか、ルーファスが手を回したの?」
「グランツ商会の御曹司という権力を使えば、ギルドの幹部を動かすくらいは造作もないでしょうね。でも……」
サクヤは忌々しそうに羊皮紙を弾いた。
「この手際の良さと、ギルドが公爵家相手の取引を強引に停止させたという事実。ただの御曹司レベルの根回しじゃないわ。ルーファスの背後に、もっと厄介な『黒幕』がいる」
「黒幕……?」
「ええ。おそらく、王都の悪徳宰相よ」
サクヤの言葉に、私は息を呑んだ。
王都の宰相といえば、国王の影に隠れて国政を牛耳り、自らの利権を肥え太らせている悪名高き狸親父だ。
「宰相は以前から、強大な軍事力を持つアルヴィン公爵家を目の敵にしていたわ。公爵領がこれ以上豊かになることを恐れ、ルーファスと結託してこの新商会を潰しにかかったのよ。……ルーファスは宰相に利用されているだけでしょうけどね」
「そんな……国家権力レベルの嫌がらせじゃない。どうしよう、素材がなければ製品が作れない。職人たちも手持ち無沙汰になってしまうわ!」
せっかく見つけた居場所が、またしても権力者の手によって理不尽に潰されようとしている。
焦燥感に駆られ、私が立ち上がりかけた、その時だった。
「……騒ぐな。その程度のこと、最初から想定内だ」
重厚な扉を開け、クラウス様が執務室に入ってきた。
手には、王都から届いたと思われる封書を握っている。
「クラウス様! すみません、私のせいで、公爵領にまで王都からの嫌がらせが……!」
「謝る必要はない。むしろ、あの狸親父(宰相)が分かりやすく尻尾を出してくれて助かったくらいだ」
クラウス様は全く動じた様子もなく、悠然とデスクの前に立った。
その顔には焦りどころか、底知れぬ余裕すら漂っている。
「お前の生み出した技術は、それだけ王都の連中にとって脅威だということだ。権力を使って首を絞めに来たということは、彼らが『まともな競争では勝てない』と認めた証拠でもある」
「それは……そうですけど」
「王都の流通ルートなど、最初からあてにしていない。我が領地の職人たちには、すでに別の作業を指示してある」
そう言って、クラウス様は私とサクヤを見据えた。
その言葉に、サクヤもニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ええ、その通りね。王都のギルドが素材を売ってくれないなら、私たちが『手付かずの素材』を直接確保すればいいだけの話よ」
「手付かずの素材……? でも、そんな都合のいいものがどこに……」
私が首を傾げると、クラウス様が壁に掛けられた巨大な地図を指差した。
「ここだ。我がルナミス帝国と、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三国の国境が交わる緩衝地帯。――『ポポロ村』近郊の森だ」
「ポポロ村……」
「あそこはどの国の法も及ばない無法地帯に近いが、その分、特異な魔力を持った植物や、特殊な鉱脈が未開拓のまま眠っている。王都のギルドも手を出せていない『宝の山』だ」
クラウス様は地図から私へと視線を戻し、力強く言い放った。
「既存の金属パーツが手に入らないのなら、お前の『概念設計』で、ポポロ村の素材を使った新たな代替パーツのレシピを作れ。王都の素材で作るより、さらに安く、高性能なものをな」
――ッ!
その言葉に、私は目から鱗が落ちる思いだった。
そうだ。私のスキルは、地球の知識をこの世界の素材で代替・実現するもの。
王都で流通している決まりきった素材にこだわる必要などない。アナステシア世界特有の未知の素材を組み合わせれば、既存のパーツを遥かに超えるものを作り出せる可能性だってあるのだ。
敵の嫌がらせが、逆に私の新しいアイデアを引き出すスパイスになる。
「……分かりました。やってみせます! ポポロ村の素材さえ手に入れば、すぐにでも新しい設計図を引き直しますわ!」
「いい返事だ。だが、あそこは凶暴な魔獣も出る危険地帯だ。お前たち二人だけで行かせるわけにはいかん」
クラウス様はそう言うと、自身の腰に提げた白銀の剣をポンと叩いた。
「出資者として、そして『夫』として、お前たちの安全は私が保証する。護衛は私一人で十分だ。さっそく出立の準備をしろ」
「えっ、クラウス様ご自身が護衛をしてくださるんですか!?」
「当然だ。私以上に頼りになる盾が、この世にあるとでも思っているのか?」
不敵に笑う最強の公爵様。
その背中の頼もしさに、私の心の中にあった不安と焦りは、完全に吹き飛んでいた。
「……ふふっ。さすがクラウス様。これ以上ないほど心強いですわね、アカネ」
「ええ。……行きましょう、ポポロ村へ!」
王都からの理不尽な圧力。
だが、最強の盾と剣を持つ私たち『アエギス商会』は、そんなものでは止まらない。
既存のルールが通用しないなら、私たちが新しいルールを作って、彼らの頭上に叩きつけてやるのだ。
私たちは、次なる反撃の素材を求めて、未知なる辺境の森へと足を踏み出すのだった。
第5話をお読みいただき、誠にありがとうございます!
王都の悪徳宰相とルーファスが結託し、国家権力レベルの嫌がらせを仕掛けてきました。
しかし、最強の公爵様とサクヤの前では「想定内」。
王都の素材が駄目なら、未知の素材でさらに凄いものを作ってしまえばいい! という、アカネのチート頭脳がさらに覚醒する展開へ突入します。
「この3人の余裕っぷりが最高!」「ポポロ村でどんな素材が見つかるのか楽しみ!」「公爵様の過保護な護衛に期待!」と思っていただけましたら、
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次回は、ポポロ村の森で凶暴な魔獣に襲撃されるトラブル発生!
しかし、アカネに傷一つ付けさせない公爵様の「ガチギレ無双」と、まさかの新素材発見が待っています。お楽しみに!




