徹夜明けの社畜令嬢に、不器用な公爵の甘やかし
徹夜明けの社畜令嬢に、不器用な公爵の甘やかし
「アルヴィン公爵夫人」という、この国で王族に次ぐ最強の身分を手に入れた翌日。
私は公爵邸の一角に用意された特別工房にこもり、ひたすらクズ魔石と金属パーツと睨み合っていた。
『高効率魔導循環ストーブ』の試作品を、一刻も早く完成させるためだ。
サクヤは別室で、王都への牽制を兼ねた婚姻の公的届出と、私たちが立ち上げる新商会『アエギス』の法務手続きに忙殺されている。彼女の書類作成能力と根回しの速さは異常なので、法的な防壁は完全に任せておいて問題ない。
ならば、私が果たすべき義務はただ一つ。
クラウス様に約束した「莫大な利益」の証明である、このストーブを完成させることだ。
「……くっ、やっぱり魔導線の接続が甘いわね。クズ魔石の魔力波長が安定しない」
ピンセットを握る指先が微かに震え、金属パーツをデスクに落としてしまう。
窓の外はすでに深い闇に包まれており、時計の針は深夜二時を回っていた。徹夜は昨晩から数えて二日目だ。
前世で社畜として働いていた頃は、三徹くらいは当たり前のようにこなしていた。だが、今の私は貴族の令嬢として温室育ちの身体。当然ながら、疲労は隠しきれない。
ズキズキと痛むこめかみを押さえ、私は小さく息を吐いた。
『――お前の代わりなんていくらでもいるんだよ。結果も出せない無能が』
『――君のアイデアは素晴らしいが、君自身にはそれを実現する力がない』
不意に、前世の上司たちの冷たい言葉が脳裏を過った。
利用されるだけ利用され、最後は価値がないと切り捨てられた記憶。
そして数日前、元婚約者のルーファスに濡れ衣を着せられ、見捨てられた時の記憶。
(……早く、結果を出さなきゃ)
クラウス様は、ルーファスのような浅薄な男ではない。それは分かっている。
だが、私たちの関係はあくまで「利益」で結ばれた契約結婚だ。私が公爵夫人としての価値――すなわち「チート技術の提供」を滞らせれば、いつ彼に失望され、この温かく安全な居場所を失うか分からない。
そう思うと、焦りで心臓が早鐘のように打ち、休むことなどできなかった。
私は再びクズ魔石を手に取り、魔導線と繋ぎ合わせようと身を乗り出す。
だが、疲労で霞む目では細かい作業がおぼつかず、魔石からバチッ、と不規則な火花が散った。
「きゃっ!」
熱を帯びた魔石を思わず手放しそうになった、その時だった。
「――無茶をするな」
背後からスッと伸びてきた大きくて分厚い手が、空中で弾けた火花ごと、クズ魔石を包み込むように掴み取った。
ヒュッと空気が冷え、魔石が暴走しかけていた熱が、一瞬にして心地よい冷気へと変換される。
「ク、クラウス様!?」
振り返ると、そこには漆黒の髪を無造作に乱したクラウス様が立っていた。
いつも軍服や隙のない夜会服を着こなしている彼が、今は襟元の開いたゆったりとしたシャツに、黒いスラックスという極めてラフな私服姿だった。
「どうしてここに……っ、お休みになられていたのでは?」
「喉が渇いて厨房へ行ったら、工房の明かりが漏れていたのでな。……顔色が悪いぞ、アカネ」
クラウス様は片手に二つのマグカップを持っており、その一つをそっと私のデスクに置いた。
ふわりと、深く香ばしい香りが立ち上る。
「これは……ポポロ・コーヒー?」
「ああ。領地の南にあるポポロ村の特産品でな。眠気覚ましにはちょうどいいと聞いたが、少し甘くしすぎたかもしれん」
王侯貴族が自ら淹れたコーヒーを差し入れてくれるなど、前代未聞だ。
私は慌てて立ち上がろうとしたが、彼は「座ったままでいい」と私の肩を軽く押さえた。
その大きな手のひらから伝わる体温に、思わずドギマギしてしまう。
「あ、ありがとうございます……いただきます」
マグカップを両手で包み込み、一口飲む。
ミルクとハニーかぼちゃの蜜がたっぷり入ったそれは、疲労しきった脳髄に染み渡るような、極上の甘さと温かさだった。社畜時代に自販機で買っていたブラックコーヒーとは比べ物にならない。
「……美味しい。すごく、ホッとします」
「それは良かった。で、何に手こずっていたんだ?」
私が一息ついたのを見て、クラウス様はデスクの上の散乱したパーツ群に視線を落とした。
「その……動力源となるクズ魔石の波長調整です。不純物が多いせいで、魔力を放出する際に余分な『熱』が発生してしまい、回路がショートしてしまうんです。私には魔力がないので、手作業で調整するのが難しくて……」
私が申し訳なさそうに答えると、クラウス様は「なるほど」と頷き、先ほど掴み取ったクズ魔石を指先で弄んだ。
「ならば、こうすればいい」
言うが早いか、クラウス様の指先から、淡い青色の魔力がクズ魔石に流れ込んだ。
チリチリと音を立てていたクズ魔石の表面に、極薄の氷の皮膜が形成されていく。
「なっ……魔石の内部構造を、氷魔法で直接コーティングしているんですか!?」
「ああ。不純物が燃焼する際に発生する熱を、あらかじめ私の冷気で相殺するように固定化した。これで魔力の波長は均一に保たれるはずだ」
私は信じられない思いで、その魔石を見つめた。
魔法というのは本来、戦闘や大規模な現象を起こすために使われる大雑把なものだ。これほどミクロな単位で、しかも他者の魔力(魔石)に干渉して精密な調整を行うなど、神業としか言いようがない。
「こんな繊細な魔力制御までできるなんて……すごいです。クラウス様は、本当に規格外ですね」
「魔法剣士として、剣に魔力を均等に行き渡らせる鍛錬の応用だ。……ほら、これでいいか?」
彼は次々と、デスクの上にあったクズ魔石を手に取り、一瞬にして完璧な動力パーツへと変換していく。私が数時間かけても終わらなかった作業が、ものの数分で完了してしまった。
「……ありがとうございます。でも、まさか公爵様ご自身に手伝わせてしまうなんて」
「気に病むな。私も出資者として、この製品の完成を楽しみにしているのだからな。……だが」
クラウス様は作業を終えると、ジッと私を見下ろした。
その氷青の瞳には、冷徹さではなく、どこか呆れたような、それでいて深い思いやりの色が浮かんでいた。
「お前は少し、一人で全てを背負い込もうとしすぎだ」
「えっ……」
「サクヤから聞いたぞ。王都の商会で、他人の何倍も働き、結果を出しながらも不当な扱いを受けてきたそうだな。……ここでも、早く自分の価値を証明しなければ捨てられると、そう思って焦っていたのだろう?」
図星を突かれ、私は言葉に詰まった。
マグカップを握る手に、ぎゅっと力が入る。
「……怖かったんです。せっかく、クラウス様という最高の環境を得られたのに。私が役に立たない人間だとバレたら、また居場所がなくなるんじゃないかって……だから、完璧な結果を早く出さなきゃって……」
ポツリポツリと、心の奥底に隠していた本音が漏れ出た。
弱みを見せればつけ込まれる。そう思って、サクヤ以外には決して見せないようにしていた惨めな姿だ。
だが、クラウス様は私を嘲笑うことも、咎めることもしなかった。
彼はただ静かにため息をつくと、大きな手を私の頭に乗せた。
「っ……!」
ポン、ポン、と。
不器用で、どこかぎこちない手つきで、私の頭を撫でる。
「馬鹿な女だ。私は、お前の描いたあの図面を見た時点で、すでにお前の頭脳を世界一だと評価している。それに……お前はもう、私の『妻』だろう?」
「……クラウス、様」
「妻が自分の工房で倒れるなど、夫としての私の面目が丸潰れだ。一人で抱え込まず、もっと私を頼れ。魔力の調整だろうが、敵の排除だろうが、お前の望むことは私が全てやってやる」
頭を撫でる手の温もりと、その力強くも優しい言葉に、胸の奥で固く結ばれていたトラウマの糸が、ふわりと解けていくのを感じた。
ビジネスライクな契約結婚。
お互いの利益のためだけに結ばれた関係。
そう頭では分かっているのに、彼の見せた不意打ちの優しさに、私の胸は信じられないほど高鳴っていた。
「……はい。ありがとうございます、旦那様」
私が赤くなった顔を隠すように俯いて頷くと、クラウス様も少しバツが悪そうに視線を逸らし、「……今日はもう休め」と短く告げて工房を後にした。
残された私は、完璧に調整されたパーツと、すっかり空になったマグカップを見つめながら、自然と綻ぶ口元を手で押さえた。
「……これだから、上司の不意打ちの優しさは卑怯なのよ」
翌朝、完璧な魔導ストーブの試作品が完成し、クラウス様とサクヤの前で稼働実験が大成功を収めたのは、言うまでもない。
私たちの新商会『アエギス』の反撃の準備は、これで完全に整ったのだ。
第4話をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今回は、前世のトラウマから焦るアカネと、それを見抜いて不器用に甘やかすクラウスのお話でした。
仕事の時は氷のように冷徹な公爵様が、深夜にラフな格好でコーヒーを淹れて手伝ってくれる……このオンオフのギャップこそが、大人の男の最大の武器です(笑)。
徐々に、ただのビジネスパートナーから「夫婦」としての絆が芽生え始めています。
「公爵様の不器用な甘やかし最高!」「頭ポンポンにキュンとした!」「試作品も完成したし、いよいよざまぁ開始だ!」と思っていただけましたら、
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次回、ついに新商会『アエギス』が王都の市場に向けて始動。しかし、元婚約者の背後にいる悪徳宰相が卑劣な手段で嫌がらせを仕掛けてきます。
二人の完璧な連携による、痛快な反撃をお楽しみに!




