丸めた新聞紙と、女神の強制労働
丸めた新聞紙と、女神の強制労働
ファミレス『ルナキン』での底辺攻防戦から数十分後。
私たちは、完全に酔いが覚めて青ざめている駄女神・ルチアナ様を連行し、ポポロ村の村長宅(アエギス商会・臨時オフィス)へと戻ってきていた。
応接間のテーブルには、先ほどリーザが見つけ出した赤字の督促状がズラリと並べられている。
「……あ、あれ? おかしいわね。私のエンジェルすまーとふぉん、通信圏外になってる……まさか、通信制限? いえ、利用停止……!?」
ルチアナ様が、ゴツい耐衝撃ケースに入ったスマホを振ったり叩いたりしながら、悲鳴のような声を上げた。
「現実から目を背けないでください、ルチアナ様。完全に『利用停止』です。信用情報がブラックリスト入りしていますね」
サクヤが眼鏡のブリッジを押し上げながら、冷酷な現実を突きつけた。
「利用限度額100万円に対し、月人アイカツ(アイドル育成ソシャゲ)への度重なる課金、天界の免税店でのパチモンブランド品購入、さらに地上でのギャラ飲み代。これらをすべて『月利15%のリボ払い』で処理した結果、雪だるま式に負債が膨れ上がり、見事にパンクしています」
「あ、あわわわわ……っ」
ルチアナ様が頭を抱え、ガタガタと震え出した。
「どうしよう! このままじゃ天界の大宇宙管理局カスハラ部から、サングラスかけたマッチョな黒服の天使レスラーが取り立てに来ちゃう! そしたら私、スーツケースに詰められてマグローザ漁船(蟹工船)にドナドナされちゃうわぁぁっ!!」
マグローザ漁船。それは一攫千金を夢見る男たちや、借金まみれの罪人が送られる、この世界における地獄の強制労働施設である。
神様が蟹工船送りを恐れて泣き叫ぶ姿など、誰が見たかっただろうか。
「……はぁ」
私は深く、深々とため息をついた。
そして、テーブルの端に置いてあった『ルナミス新聞』を手に取り、筒状に丸めてガチガチに固めた。
「あのさぁ……」
スパーーーンッ!!
「いっっっっっ!?」
私は丸めた新聞紙で、ルチアナ様の金髪の頭を思い切り引っぱたいた。
「神様がリボ払いで破産寸前ってどういうことよ!! ちょっとは家計管理しなさいよ!!」
「い、痛いぃっ! やめて、神の頭を新聞紙で叩かないで! 私、これでも創造神格公務員なんだからね!?」
「公務員がソシャゲのガチャ天井まで回して借金作ってんじゃないわよ!!」
ポカッ! スパーンッ!
「あ痛っ! ごめんなさい、ごめんなさい! だって月人君のSSRがどうしても欲しかったのよぉぉっ!」
「言い訳しない! そもそもリボ払いの恐ろしさも理解せずにクレジットカード使うなんて、神様以前に社会人として終わってるわよ!!」
私は前世の社畜時代に培った、後輩のポンコツ営業マンを指導する時の『ガチのトーン』で、ルチアナ様の頭をポカポカと新聞紙で叩きながら説教を続けた。
天下の世界神が、元・男爵令嬢の丸めた新聞紙の前にひれ伏し、涙目になって謝り続けている。
そのカオスすぎる光景を、部屋の隅で静かに見つめている人物がいた。
私の夫であり、最強の『氷の公爵』クラウス様である。
「……すごいな」
クラウス様は、氷青の瞳を瞬かせながら、ポツリと呟いた。
「俺の妻は、ついに神すらも丸めた新聞紙で従えるようになったか」
彼の声には、ドン引きを通り越して、ある種の深い感嘆と畏敬の念すら込められていた。
「王都の悪徳宰相どころか、世界の理を統べる神にすら物理的な説教を下すとは。……俺は本当に、とんでもない女を妻にしてしまったらしい。だが、頼もしいことこの上ないな」
クラウス様は腕を組み、ウンウンと一人で納得して謎の感動に包まれている。
いや、頼もしいとかそういう次元の話ではないのですが、旦那様。
「……すぅぅっ、はぁぁぁっ。……とりあえず、怒ったら少しスッキリしたわ」
私は丸めた新聞紙を肩にトントンと当てながら、涙目のルチアナ様を見下ろした。
「社長。説教は済みましたか? では、本題に入りましょう」
サクヤが、極上の営業スマイルを浮かべて前に出た。
「ルチアナ様。このままでは天界の黒服にドナドナされるのは確実ですが……我がアエギス商会が、あなたの負債100万円を『全額立て替え』て差し上げる用意があります」
「ほ、ほんと!? アカネ、サクヤ! あんたたち神なの!? あっ、私が神なんだけど!」
「ただし」
サクヤの眼鏡が、ギラッと猛禽類のように光る。
「私たちも慈善事業ではありません。立て替えた借金は、自らの『労働』で返済していただきます。ここポポロ村には、我がアエギス商会が管理する広大な農場があります。そこで時給換算で働き、完済するまで帰ることは許しません」
「えっ……ろ、労働……?」
ルチアナ様の顔からサッと血の気が引いた。
「嫌よ! 私はエアコンの効いたコタツ部屋で、お菓子食べながら月人君のDVDを見るのが仕事なの! 泥にまみれて農業なんて、永遠の17歳の肌が荒れちゃうじゃない!」
「マグローザ漁船に乗せられて、極寒の海で魔獣と格闘するのと、どっちがいいですか?」
サクヤの冷徹な二択に、ルチアナ様はヒッと息を呑み、ガックリと項垂れた。
「……わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば……」
完全論破である。
逃げ道の一切ない雇用契約書に、ルチアナ様は泣きながらサインをした。
数十分後。
ポポロ村の広大な特産品農場に、一人の新米労働者が降り立った。
「……なんなのよ、これ」
ルチアナ様は、先ほどのハイブランドのドレスコートを剥ぎ取られ、タローマン(ホームセンター)で買ってきた上下あずき色の『芋ジャージ』に着替えさせられていた。
足元には泥除けの長靴、首には汗拭き用の白いタオルが巻かれ、手には使い込まれた『鍬』を握らされている。
神々しいオーラは完全に消え失せ、どこからどう見ても『農家のお手伝いのおばちゃん』である。
「似合ってるわよ、ルチアナ様! さすが永遠の17歳、ジャージの着こなしもバッチリね!」
私が腕を組んで檄を飛ばすと、ルチアナ様はギリッと歯を食いしばった。
「あんたねぇ……神様をこんな格好させて土いじりさせるなんて、絶対天罰下るからね! 覚えてなさいよ!」
「天罰を下す魔力があるなら、さっさと鍬を振りなさい! 今日のノルマは太陽芋の収穫三コンテナ分よ! 終わるまで晩ごはんはルナキンの『ライス単品』だからね!」
「鬼! 悪魔! アエギス商会のブラック企業ォォォッ!」
ルチアナ様が涙を流しながら鍬を振り下ろし、泥にまみれながらポポロ村の大地を開拓し始めた。
「……あの、アカネちゃん」
横で見ていたリーザ(相変わらずジャージ姿)が、同情するような目でルチアナ様を見つめている。
「お姉様、なんだか可哀想ね。あたし、少し手伝ってあげようかしら……」
「駄目よ、リーザ。神様には『労働の尊さ』と『お金の大切さ』を骨の髄まで叩き込まなきゃならないんだから。それに、彼女が働くことでうちの商会が潤うんだし」
私は悪魔の笑みを浮かべ、ポポロ・コーヒーの入ったマグカップを傾けた。
背後では、クラウス様が「神を農夫として使役するとは……我が妻の強欲さは、ついに天界にまで及んだか」と、もはや呆れを通り越して感服の眼差しを私に向けていた。
こうして、借金まみれの駄女神・ルチアナの、涙と泥にまみれた『ポポロ村強制農業生活』がスタートしたのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




