ルナキン(ファミレス)での底辺攻防戦と、茹で卵の友情
ルナキン(ファミレス)での底辺攻防戦と、茹で卵の友情
「24時間営業ファミレス ルナミスキング(通称:ルナキン)」。
庶民の胃袋と憩いの場であるこの店のボックス席に、場違いな神々しいオーラを放つ女神が、ふんぞり返って座っていた。
「……はぁ。まさか、地上に降りて最初の食事がファミレスの『日替わりランチAセット』になるとは思わなかったわ」
ルチアナ様はブツブツと文句を垂れながらも、出されたハンバーグをナイフとフォークで見事な速度で平らげ、備え付けのドリンクバーで陽薬草ブレンドティーをすでに三杯もおかわりしていた。
文句を言いながらも絶対に元を取ろうとするそのセコい執念。神の威厳は完全にゼロである。
「お気に召さないようでしたら、無理に召し上がらなくても結構ですのよ?」
私が営業スマイルで牽制すると、ルチアナ様は「誰が残すって言ったのよ!」と口にライスを放り込んだ。
向かいの席に座るクラウス様は、神の食事マナーを前に完全に言葉を失い、静かにコーヒーを啜っている。サクヤに至っては、自腹を切らされないように自分の分の伝票をしっかりと抱え込んでいた。
「それにしても、あんた本当に儲かってるんでしょ? ポポロ村のPV(視聴率)、天界でも話題になってるわよ。だったら、私にも還元があってもいいんじゃない?」
ルチアナ様が、ハイブランドのロゴがデカデカと入ったバッグを見せつけるようにテーブルの上に置き、チラチラとこちらを見てくる。
(出たわね、直球のタカリ要求。絶対に一円も払わないわよ)
私がどう切り返して論破しようかと思考を巡らせていた、その時だった。
「おつかれーっ! アカネちゃん、ライブ大盛況だったわよー!」
ファミレスの自動ドアが開き、チャイム音と共に、ジャージ姿にキラキラの安全チョッキを羽織ったリーザが乱入してきた。
首にはライブの汗を拭くためのタオルを巻き、片手にはタローソンでもらったと思しき『茹で卵』を握りしめている。
「あらリーザ、お疲れ様。売上はバッチリだったわね」
「ええ! ファンのみんな、お財布スッカラカンにして喜んで帰っていったわ! ……ん?」
リーザの視線が、私の隣に座るルチアナ様でピタリと止まった。
普通なら、彼女から発せられる神気に圧倒されるはずなのだが……リーザの目は、ルチアナ様ではなく、テーブルの上に置かれた『ハイブランドのバッグ』と、彼女の身なりにロックオンされていた。
貧乏神のスキルを持つ人魚姫の野生の勘が、「こいつは金を持っている(カモだ)」と判定したらしい。
「あら〜! はじめまして、お姉様! 私、アエギス商会専属アイドルのリーザって言いますぅ♡ すっごく綺麗なコートとバッグですねぇ!」
リーザはさっさとルチアナ様の隣に滑り込み、猫撫で声で擦り寄り始めた。
「あら、あんたが噂のアイドル? ふふん、お目が高いわね。このバッグ、天界の免税店で買った最新モデルなのよ」
「わぁ、すごーい! お姉様みたいに素敵な大人の女性にぴったりぃ♡」
リーザのヨイショに気を良くしたルチアナ様は、「そうでしょうそうでしょう!」とすっかり上機嫌になっている。
だが、私は見逃さなかった。
リーザがルチアナ様の手や肩をマッサージするふりをしながら、ものすごくナチュラルな手つきで、ルチアナ様のバッグの留め具に指をかけているのを。
(ちょっと、あの子……神様相手に『スリ』を働こうとしてる!?)
私が止める間もなく、リーザはルチアナ様のグラスが空になっているのを見て、店員を呼び止めた。
「すいませーん! ここに『サケスキー』のボトル一本と、グラスお願いしまーす! あ、お会計はお姉様で♡」
サケスキー。
米麦草から作られた、度数37度を誇る高級酒である。
「えっ、ちょ、真っ昼間からお酒!?」と焦るルチアナ様だったが、リーザは「こんなお安いファミレスで我慢してくださってるお姉様に、せめてものお詫びですぅ! グイッといっちゃってください!」と、なみなみと注いだグラスを強引に手渡した。
「ま、まぁ? 奢ってくれるって言うなら、飲んであげないこともないわね。くぅ〜っ、五臓六腑に染み渡るわぁ!」
ルチアナ様は、神聖な女神のはずなのに、まるで新橋のガード下で管を巻くサラリーマンのような見事な飲みっぷりで、サケスキーをあおった。
度数の高い酒とリーザの巧みな合いの手により、ルチアナ様はあっという間に出来上がってしまった。
「だいたいさぁ! 私がどれだけ天界で苦労してると思ってんのよ! オリン(上司)は口うるさいし、ヴァルキュリア(部下)は説教ばっかだし! 私の唯一の癒しはねぇ、朝倉月人君のライブDVDをコタツで観ることだけなのよぉぉ!」
「うんうん、分かりますぅ。社会って厳しいですよねぇ」
「そうよぉ! 月人君のピックアップガチャ、天井まで回してやっと出たのよ! えへへへへ……」
完全に酔い潰れ、テーブルに突っ伏して幸せそうにヨダレを垂らす駄女神。
クラウス様は「これが……神……? 俺たちが信仰していた存在……?」と、世界観が崩壊したような顔で頭を抱えている。
「よし。寝たわね」
リーザは声のトーンをスッと『底辺サバイバー』のものに戻すと、躊躇なくルチアナ様のハイブランドバッグを引き寄せた。
「ちょっとリーザ! さすがに神様の財布をスるなんて……!」
私が慌てて止めようとしたが、リーザは「大丈夫よアカネちゃん、バレなきゃ犯罪じゃないわ!」と堂々と言い放ち、バッグの中身をあさり始めた。
しかし。
バッグを近くで見たリーザの眉が、ピクリと動いた。
「……ねえ、アカネちゃん。このバッグのロゴ、有名な『パラダ』じゃなくて、『パロダ』って書いてあるんだけど」
「えっ」
「それに、縫製もガタガタよ。これ、王都の裏路地で銅貨三枚で売ってるような、完全なパチモン(偽物)じゃない」
「…………」
神様が、パチモンのブランドバッグでマウントを取っていたという事実。
クラウス様が「もうやめてくれ、俺の精神が持たん」と顔を覆う。
「まあいいわ。肝心の財布は……っと。随分と分厚いわね!」
リーザがバッグの奥から引っ張り出したのは、パンパンに膨れ上がった長財布だった。
しかし、その財布のファスナーを開けた瞬間、リーザの動きが完全に停止した。
「……リーザ?」
リーザは無言のまま、財布の中身を取り出してテーブルに広げた。
そこから出てきたのは、金貨でも銀貨でもなかった。
『キャッシングご利用明細(リボ払い)』
『大宇宙管理局・カード利用停止のお知らせ』
『月人アイカツ・魔法石購入(1万円)×30回』
『未払い金督促状――最終警告』
……出てきたのは、目を覆いたくなるような『赤字の督促状』の束だった。
「…………」
「…………」
私とリーザは、テーブルに散乱した絶望的な紙切れと、ヨダレを垂らして爆睡している駄女神の顔を、交互に見つめた。
永遠の17歳と名乗り、高級車で乗り付けてタカリに来た神の正体は。
推し活のソシャゲガチャに課金しすぎて自己破産寸前になっている、どうしようもない限界オタクだったのだ。
先ほどまで「金づる」を見るようなギラギラした目をしていたリーザの瞳から、スッと熱が引いた。
そして、今度は『同族(底辺)』を見るような、ひどく生暖かく、慈愛に満ちた瞳に変わった。
「……お姉様。お仲間だったのね……」
リーザは優しく呟くと、自分の手に握りしめていた『タローソンの茹で卵』を見つめた。
それは彼女にとって、大切なタンパク源であり、今日のディナーの半分を占める貴重な食料だ。
だが、リーザは迷うことなく、その茹で卵を高く振り上げた。
――カーーーーーンッ!!
「いっっっっっっっっっっ!?」
鈍い音と共に、ルチアナ様の美しい額に茹で卵がクリーンヒットした。
ファミレス中に響き渡る絶叫。額を赤く腫らして跳ね起きたルチアナ様が、涙目で周囲を見渡す。
「な、なによ!? 隕石!? 天界からの刺客!?」
「お姉様……これ、食べなさい」
リーザは、ルチアナ様の顔面でヒビを入れた茹で卵の殻を器用に剥き、ポカンと口を開けているルチアナ様の口に、強引にそれを突っ込んだ。
「もぐっ!? ふぐっ、むぐむぐ……! けほっ、ちょっと、いきなり何を……!」
「いいから食べなさい。タンパク質よ。お腹に何か入れておかないと、明日を生き抜く気力が湧かないわよ」
完全に「炊き出しの先輩」の顔になったリーザが、ポンポンとルチアナ様の肩を叩く。
口いっぱいに茹で卵を頬張らされ、パチモンのバッグと督促状を前に涙目になっている女神様。
底辺サバイバーと限界借金女神の間に、言葉のいらない謎の友情(同類憐憫)が芽生えた瞬間だった。
「……本当に、俺たちはこんな奴らを崇めていたのか」
クラウス様が、ついに悟りを開いたような遠い目で窓の外を見つめ始めた。彼の中の宗教観が音を立てて崩壊していく音が聞こえる。
だが、このカオスな状況の中で、ただ一人、極めて冷静にテーブルの上の『督促状』を拾い上げている人物がいた。
「……なるほど。月利15%でリボ払い、さらに滞納による遅延損害金ですか。見事なまでの多重債務ですね」
サクヤが、眼鏡の奥の瞳を猛禽類のように鋭く光らせた。
彼女の顔には、法務顧問としての『極上の営業スマイル』が浮かんでいる。
「ルチアナ様。このままでは、あなたのエンジェルすまーとふぉんは差し押さえられ、天界のカスハラ部から黒服が取り立てに来ることになりますわよ」
「えっ……う、嘘でしょ!? やだ、月人君のガチャが回せなくなる!」
「ご安心ください」
サクヤは、悪魔が魂の契約を持ちかけるような優しげな声で囁いた。
「我がアエギス商会が、あなたの借金を全て立て替えて差し上げます。その代わり……あなたには、我々の元で『正当な労働』をしていただきます。……法的には、何の問題もありませんよね?」
テーブルに散乱した督促状の束。
そして、逃げ場を失った駄女神。
アエギス商会による、神様相手の「合法的な強制労働契約」が、ファミレスの片隅で結ばれようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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