レンタカーで降り立つ女神(自称17歳)
レンタカーで降り立つ女神(自称17歳)
大熱狂の『ポポロ村・大収穫祭フェス』から一夜明けた翌日。
アエギス商会の臨時オフィスとして借りているポポロ村の村長宅には、昨日の売上が文字通り「山」となって積まれていた。
金貨、銀貨、そしてリーザのファンたちが投げ打った大量の硬貨。それらをサクヤが数台の計算機(魔導盤)を同時に弾きながら、恐るべき速度で帳簿にまとめていく。
「……凄まじい売上ですね。特産品の在庫はすべて完売、新魔導ストーブの予約も想定の三倍。ポポロ村の経済規模が、たった一日で中規模の都市国家レベルに跳ね上がりました」
「お疲れ様、サクヤ。リーザの集客力と、キャルルの完璧な列整理のおかげね」
私は満足げに頷き、ポポロ・コーヒーを一口飲んだ。
これでアエギス商会の資金力は盤石のものとなった。王都の悪徳宰相が消え、流通の基盤も完全に私たちが掌握している。まさに我が世の春である。
「それにしても、あの狂乱ぶりには背筋が凍ったぞ」
部屋の隅で腕を組んでいたクラウス様が、呆れたようにため息をついた。
「俺の領地の騎士団員には絶対に近づけさせん。あんなものにハマれば、国境防衛の予算まであの人魚の五円玉に吸い込まれかねないからな」
「賢明な判断ですわ、クラウス様。アイドルの沼は、一度ハマれば抜け出せませんから」
私たちがフェスの大成功と恐るべき『推し活』の威力について語り合っていた、その時だった。
『ブロロロロロロロロ……ッ! キキィィーーッ!!』
突然、村の広場の方角から、およそファンタジー世界には似つかわしくない、重低音のエンジン音とけたたましいブレーキ音が響き渡った。
「なんだ!?」
クラウス様が即座に反応し、窓の外を見下ろす。私もサクヤも急いで窓辺へと駆け寄った。
広場に停止していたのは、漆黒の流線型ボディを持つ一台の『魔導車』だった。
百年前にルナミス帝国を建国した転生勇者・佐藤太郎がもたらした概念によって、この世界には魔導車が存在する。だが、それにしても今広場に停まっているのは、王侯貴族しか乗れないような超高級セダンタイプの魔導車だ。
村人たちが「なんだなんだ」「王都の貴族のお出ましだべか?」と遠巻きにざわめき始める。
「あれは……王都の特注モデルですね。誰かの差し金でしょうか」
サクヤが眼鏡を光らせて警戒するが、私はその高級車の「ある部分」に気がついて、思わず目を細めた。
「ちょっと待って。あの車のナンバープレートの端っこ……」
「ナンバープレート?」
「……『わ』って書いてない?」
私の指摘に、サクヤが魔力で視力を強化して確認する。
「……本当ですね。ルナミス帝国の車両登録法において、『わ』ナンバーはリース車両、つまり……」
「あ、レンタカーだわ」
そう。あんなに威圧感のある高級車なのに、ゴリゴリのレンタカーなのだ。
見栄を張りたいのか金がないのか、絶妙にダサい。
ガチャリ、と重厚なドアが開き、中から一人の女性が降りてきた。
その瞬間、広場の空気が一変した。
透き通るような銀糸の髪、完璧なプロポーション。身に纏っているのは一目でハイブランドと分かる高級なドレスコート。
そして何より、彼女の全身から放たれているのは、魔力や闘気といった次元を超越した、圧倒的で神聖な『オーラ(神気)』だった。
「……なんだ、あの女は」
クラウス様が、かつてないほどの鋭い声を出した。
「ただの貴族ではない。あんな底知れぬ気配、俺でも対峙したことがないぞ……っ!」
最強の氷の公爵すら戦慄させるほどの、絶対的な上位存在の気配。
村人たちもその神々しさに圧倒され、思わずその場に膝をついて祈りを捧げそうになっている。
だが、私はその顔を見た瞬間、前世の記憶と、この世界に転生する際に顔を合わせた「ある人物」の姿がフラッシュバックし、顔を引き攣らせた。
「げぇっ……オバッ……ルチアナ様だわ」
私が思わず口走ったその言葉は、距離があるはずの彼女の耳に、なぜかピンポイントで届いたらしい。
「ちょっとそこ! おばさんって言いかけたわね! 私は永遠の17歳よ!!」
広場の中心から、神々しさの欠片もないヒステリックな怒声が飛んできた。
ビシッ! とこちらを指差すその姿は、ハイブランドを着こなしていても、どこか「パチンコ屋で台を叩いているおばちゃん」のような生活感が滲み出ている。
「なっ……知人なのか、アカネ!?」
「え、ええ。一応……私がこの世界に来る時にお世話になった、天上界の女神様です」
「め、女神だと!?」
クラウス様が目を剥いて驚愕するのも無理はない。
神話の中でしか語られない世界神(第3種惑星創造神格公務員)が、まさか自らレンタカーを運転して辺境の村に乗り付けてくるなど、誰が想像できようか。
私たちは急いで村長宅から外へ出た。
広場の中心で、ルチアナは腰に手を当て、不満げにヒールを鳴らしていた。
「全く、辺境の村まで来るのにナビ(魔導盤)が迷子になって大変だったわよ! オプションで最新版の地図付けたのに、タローマンの駐車場裏に案内されるし!」
レンタカーの愚痴をこぼす女神様。完全に世俗に染まり切っている。
「……お久しぶりです、ルチアナ様。まさか天上界から直々に降りてこられるとは。今日はどのようなご用件で?」
私が極力、愛想笑いを浮かべて尋ねると、ルチアナはサングラスをクイッと押し上げ、ニヤァと俗物丸出しの笑みを浮かべた。
「ふふっ。あんたのおかげで、この村がものすごく潤ってるって聞いてね」
「はぁ」
「あんたが今、大成功して莫大な富を築いているのは……つまり、私があんたに渡した『概念設計』のユニークスキルのおかげで潤ったってことじゃない?」
「…………」
私は無言になった。
隣のサクヤが、「出たな、権利ゴロ」とでも言いたげに眼鏡の奥を冷たく光らせる。
「はー、長旅で喉が渇いたわ〜。ポポロ村は最近特産品で儲かってるらしいじゃない? あんたをこの世界に送ってあげた恩人である私も、その恩恵で潤いたいわ〜」
ルチアナはわざとらしく自分の首筋を扇ぎながら、チラチラと私を見てくる。
遠回しな言い方をしているが、翻訳すればこうだ。
『お前が儲かってるのは私のおかげなんだから、タダで美味いものを飲み食いさせろ(あわよくば金も寄こせ)』。
(……この駄女神、たかりに来たわね)
前世で血を吐くような社畜生活を送り、今世でも自らの知略と努力で(そしてサクヤとクラウス様の力で)富を築き上げた私にとって、最も許せない人種。
それは「昔少し世話をしてやったという理由だけで、成功者の利益にタダ乗りしようとする奴」である。
だが、相手は一応、この世界を管理する神だ。
ここで下手に機嫌を損ねて神罰でも下されれば、アエギス商会の営業に支障が出るかもしれない。
「……分かりましたわ」
私は、営業スマイルの奥に絶対零度の防壁を張り巡らせて答えた。
(つまりタダで飲み食いさせろと……そうは行かないわよ。きっちり回収させてもらうから)
「恩人であるルチアナ様を、むげに扱うわけにはいきません。……ちょうどお昼時ですし、村一番の『高級レストラン』へご案内いたしますわ。さあ、どうぞ」
「あら! 話が分かるじゃない! さすが私が見込んだ子ね!」
ルチアナは上機嫌でパチンと指を鳴らし、私の案内に従って歩き出した。
その背中を見送りながら、クラウス様が怪訝な顔で私に耳打ちしてきた。
「おい、アカネ。相手が神とはいえ、あんな露骨なタカリを許すのか? それに、この村に『高級レストラン』などあったか?」
「ご心配なく、クラウス様。……神様相手でも、私は絶対にタダ飯なんて食わせませんから。それに、案内するレストランは……」
私はフフッと悪魔のように微笑んだ。
数分後。
ルチアナを案内した「村一番の高級レストラン」の前に立ち、女神の顔からスッと笑みが消えた。
「……ちょっと、アカネ。ここって……」
見上げる先には、ルナミス帝国全土にチェーン展開する、おなじみの黄色い看板。
『24時間営業ファミレス ルナミスキング(通称:ルナキン)ポポロ村店』。
「ええ! ドリンクバーもスープバーもついて、お肉も食べられる、庶民の憧れのレストランですわ! さあルチアナ様、今日は私の奢りですから、存分に『潤って』くださいませ!」
「ファミレスじゃないのよォォォッ!!」
神の怒号が、ルナキンの駐車場に虚しく響き渡った。
最強の盾も、最凶の矛も、神の前では関係ない。
アエギス商会の利益を守るための、神と社畜のケチケチ底辺攻防戦が、今、ルナキンのドリンクバーを舞台に幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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