農業女神と『ネタキャベツ』の暴露
農業女神と『ネタキャベツ』の暴露
ポポロ村の広大な農業プラント。
さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴びて、青々とした陽薬草や立派な月見大根が風に揺れる、のどかで美しい田園風景。
だが、その平和な風景の中心から、この世の終わりかのような悲痛な叫び声が響き渡っていた。
「あぁぁぁっ! 泥が! 私の永遠の17歳のプルプルお肌に泥がぁぁぁっ!!」
タローマン製のあずき色の芋ジャージに長靴姿という、完全な農家のおばちゃんスタイルに変貌した女神ルチアナ様が、鍬を放り投げて頭を抱えていた。
「もう嫌! なんで世界神であるこの私が、炎天下で土いじりなんかさせられてるのよ! 爪の間には泥が入るし、腰は痛いし! コンビニの冷やし中華食べながら、クーラーの効いた部屋で月人君のライブ映像見たいわよぉぉ!」
完全に労働意欲を喪失し、あぐらをかいてストライキを起こそうとする駄女神。
だが、ポポロ村の農場管理は、そんな甘いものではなかった。
「――ルチアナさん。手が止まってますよ」
背後から、地を這うような低い声が響いた。
ルチアナ様がビクッと肩を震わせて振り返ると、そこには特注の安全靴を履き、手には農業用のクリップボードを持った月兎族の村長・キャルルが、夜叉のような笑みを浮かべて立っていた。
「ひっ……! む、村長……っ」
「アエギス商会の農場は、完全実力主義の歩合制です。太陽芋三コンテナ、陽薬草五十束。今日のノルマが終わるまで、おやつも休憩もありません。……さぁ、神様だろうが何だろうが、ポポロ村の土を舐めてもらいましょうか」
キャルルが安全靴で地面をダンッ! と踏み鳴らす。
元・獣人王国の近衛騎士隊長候補である彼女の覇気に当てられ、ルチアナ様は「ひぃぃっ! やりましゅ! 働きましゅ!」と涙声で鍬を握り直した。
「よし。じゃあ次は、あそこの『ネタキャベツ』の収穫をお願いしますね」
「ネ、ネタキャベツ……?」
ルチアナ様は言われるがまま、キャルルが指差した畑の畝へと向かった。
そこには、普通のキャベツよりも一回り大きく、何やらブツブツと文句を言っているような奇妙な葉脈を持つキャベツが植えられていた。
「なによこれ、普通のキャベツじゃないの。よいしょっと!」
ルチアナ様がキャベツの根元を掴み、力任せに引っこ抜いた。
スポンッ! という音と共に土から姿を現したキャベツ。
その瞬間。
キャベツの葉の隙間から、まるで人間の口のような亀裂がパカッと開き、大音声で叫び始めたのだ。
『――ギデェェェェッ!! た、食べないでくれェェェッ!!』
「うぎゃああああっ!? しゃ、喋ったぁぁぁ!?」
ルチアナ様が悲鳴を上げてキャベツを放り投げようとするが、キャベツの葉がルチアナ様のジャージの袖にガッチリと巻き付き、離れない。
『命だけは! 命だけはお助けをォォ! その代わり、とっておきの【特大スクープ】を教えるからぁぁっ!』
これが、ポポロ村の特産品の一つにして、最も厄介な魔植物『ネタキャベツ』である。
彼らは収穫されて食べられそうになると、自らの命乞いとして、周囲の人間が隠している「三面記事ばりのゴシップネタ」を大声で暴露するという最悪の性質を持っているのだ。(そして、暴露するネタがエグいほど、キャベツとしての味は美味しくなる)
「ス、スクープ!? なによ、離しなさいよ!」
『いくぞォォ! 号外、号外ィィ!! そこにいるジャージ姿の自称17歳(笑)の女神についての特大スクープだァァッ!!』
「はっ!?」
ネタキャベツの口が、メガホンのように大きく開く。
ルチアナ様の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
『――【独自】天上界の予算、私的流用発覚ゥゥ!!
女神ルチアナ、アナステシア世界の環境維持費として計上されていた国家予算規模の神聖金貨を横領!!
その使途はなんと……日本のイケメンアイドル・朝倉月人の【福岡ドームツアー・VIP席チケット】および【大量の公式ペンライト・アクリルスタンド購入費用】だったことが判明ェェェッ!!』
「――――ッ!!?」
ルチアナ様の顔面が、キャベツよりも青ざめた。
『さらに! 同アイドルにファンレターを送る際、「私は港区女子の女子大生(19)」と年齢と身分を重度に偽装していることも発覚! 永遠の17歳設定すら守れていないガバガバなコンプライアンスゥゥ!!』
「あああああああああああああああっ!!? やめて! 喋るな! 喋るんじゃないわよこのクソキャベツゥゥゥッ!!」
ルチアナ様が発狂し、ネタキャベツの口を両手で必死に塞ごうとする。
だが、時すでに遅し。
畑中に響き渡った特大の横領スキャンダル(と年齢詐称)を、背後で聞いていたキャルルの目が、スッと細められた。
「……なるほど。私的なアイドル推し活のために、世界の維持費を横領していたと」
ゴゴゴゴゴ……と、キャルルの背後から、どす黒い闘気が立ち昇る。
「ヒッ……!? 違、違うのよキャルルちゃん! これは必要経費というか、神のメンタルケアのための福利厚生というか……!」
「アエギス商会もポポロ村も、不正と横領には一番厳しいんですよ、駄女神様」
キャルルは特注の安全靴を履いた右足を、ゆっくりと高く振り上げた。
「月影流――顎砕き(尻バージョン)!!」
「ぎゃあああああああああっ!!」
キャルルの安全靴が、ルチアナ様のジャージのお尻にジャストミートした。
見事な放物線を描いて畑の泥濘へとダイブする世界神。
その手からは、見事な暴露ネタを披露して最高の旨味成分(アミノ酸)を引き出したネタキャベツが、コロコロと転がり落ちたのだった。
「……素晴らしいわね。あのネタキャベツ、今日の夕飯のロールキャベツにすれば絶品よ」
農場を見下ろす丘の上に設置された、優雅なパラソルの下。
私はポポロ・コーヒーの入ったティーカップを傾けながら、泥まみれになってキャルルに叱られているルチアナ様の姿を、極上の笑顔で鑑賞していた。
「アカネ。お前は本当に……神を容赦なくこき使っているな」
私の向かいの席で、クラウス様が呆れ半分、畏敬半分の表情で呟いた。
北の辺境を束ねる最強の魔法剣士である彼も、このポポロ村の狂った生態系と、それを完璧にコントロールする私とサクヤの経営手腕には、もはやツッコミを入れることしかできないでいる。
「当然ですわ。借金は労働で返す。神様だろうと人間だろうと、資本主義の絶対ルールです。それに、ルチアナ様も『労働の尊さ』を学べて、良い社会勉強になっているはずですわ」
私がしれっと答えると、クラウス様はフッと短く笑った。
「天界の神に社会勉強をさせる人間の妻など、前代未聞だな。……だが、俺はそんなお前の、誰に対しても媚びず、自らの知略で全てを支配する強さがたまらなく好きだ」
「っ……! く、クラウス様、またそういうことをサラッと……!」
不意打ちの甘い言葉に、私の顔がボンッと赤くなる。
クラウス様は口元に手を当てて意地悪そうに微笑みながら、私の反応を楽しんでいる。
普段はツッコミ役に回っているくせに、二人きりになるとすぐにこうやって私をからかって(甘やかして)くるのだから、本当に心臓に悪い。
「――お楽しみのところ失礼します、社長、公爵様」
甘い空気を切り裂くように、サクヤが書類の束を抱えてパラソルの下へやってきた。
相変わらず、空気を読む気など微塵もない極上の営業スマイルだ。
「サ、サクヤ! どうしたの、今日の収穫量は!」
私が咳払いをして誤魔化すと、サクヤは眼鏡を光らせて書類を差し出した。
「絶好調です。ルチアナ様の(キャルルの暴力による)強制労働と、リーザのライブ集客の相乗効果で、ポポロ村の売上は過去最高を記録更新中。……ルチアナ様が抱えていた100万円の借金ですが、この驚異的な利益率であれば、あと数日で『完済』となります」
「あと数日で完済……!」
私は目を輝かせた。
神様を労働力としてタダ働きさせるのも面白いが、彼女の借金がチャラになれば、アエギス商会は「天界に多大な恩を売った」ことになる。
これからの事業拡大において、この『貸し』は必ず役に立つはずだ。
「ふふっ……いいわ。ルチアナ様には、最後までキッチリと馬車馬のように働いてもらいましょう。借金完済の日が楽しみね」
「ええ。彼女もきっと、労働の尊さと達成感に涙することでしょう」
私とサクヤが、息の合った悪魔の笑みを浮かべて頷き合う。
丘の下の畑からは、「もう嫌ぁぁっ! 泥がついたぁぁ! 月人くぅぅぅんっ!」という女神の情けない悲鳴と、「サボるな! 手を動かせ!」というキャルルの怒号が、今日も平和に響き渡っていた。
ルチアナ様の涙の農業生活、借金完済まであとわずか。
しかし、私たちはまだ知らなかった。
借金を完済した直後の「ソシャゲ廃人」が、いかに愚かで、破滅的な行動に出る生き物であるかということを――。
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