氷の公爵・クラウス様は、命の恩人に対する態度がおかしい女たちに呆れる
氷の公爵・クラウス様は、命の恩人に対する態度がおかしい女たちに呆れる
真夏の森に、不自然な白銀の吐息が漂っていた。
パキッ、と微かな音を立てて、空中で凍りついた木の葉が砕け散る。
「……ふむ。少し魔力を込めすぎたか。だが、我が領地を荒らすネズミにはこれくらいで丁度いいだろう」
月光を浴びて立つ長身の男――『氷の公爵』クラウス・アルヴィンは、氷像と化して完全に沈黙した傭兵たちを一瞥し、退屈そうに息を吐いた。
手にした白銀の剣を鞘に納める動作すら、一切の無駄がなく洗練されている。
数秒遅れて、彼の背後から息を切らせた数名の騎士たちが駆けつけてきた。
「ク、クラウス様! また護衛を置いてお一人で突撃なさるなんて……! お怪我はございませんか!?」
「怪我? この程度の雑魚に後れを取る私ではない。それよりも、こいつらを回収して尋問にかけろ。王都の訛りがあった。我が領地への密輸や工作員かもしれん」
「は、ははっ! 直ちに!」
淡々と指示を出すその姿は、噂に違わぬ冷徹な為政者の顔だ。
圧倒的な武力と、一切の感情を挟まない合理的な判断力。
馬車の中からその光景を観察していた私は、彼の手腕に心の中でスタンディングオベーションを送っていた。
(素晴らしいわ……。あれだけの広範囲を瞬時に凍結させながら、私たちや馬車には一切の被害を出さない完璧な魔力制御。おまけに事後処理の判断も的確で早い)
私が感動に打ち震えていると、隣のサクヤが羊皮紙に猛烈な勢いでペンを走らせながら頷いた。
「ええ。最高の物理防衛力ね。私たちの盾としてこれ以上ない逸材よ。……よし、できたわ」
「さすがサクヤ、仕事が早いわね」
私たちは顔を見合わせると、同時に馬車の扉を開けて外へ出た。
「おい、お前たち。怪我はないか?」
馬車から降りた私たちを見て、クラウス公爵が微かに眉をひそめる。
無理もない。うら若き令嬢が野盗に襲われ、絶体絶命の窮地を救われたのだ。普通なら、涙を流して恩人の胸に飛び込むか、腰を抜かして震えている場面だろう。
だが、私はドレスの裾を優雅に持ち上げ、彼に向かって完璧な角度のカーテシー(淑女の礼)を披露した。
「お見事な制圧能力でした、クラウス公爵閣下。初めまして、私は男爵家令嬢のアカネ・ヴィクトリア。そしてこちらは、我が商会の法務・財務顧問を務めるサクヤ・リリーシアと申します。この度の迅速なレスキュー、心より感謝申し上げます」
「は……?」
クラウス公爵が、初めて怪訝そうな声を漏らした。
怯えるでもなく、媚びるでもなく、まるで商談にでも来たかのように淀みなく挨拶をする私に、完全にペースを崩されたらしい。
すかさず、サクヤが彼の前にスッと進み出た。
「公爵様。命を救っていただいたこと、重ねて御礼申し上げます。……つきましては、本日の『突発的警護業務』および『救助費用』に関する覚書を作成いたしました。相場に基づき、金貨五十枚を後日お支払いいたしますので、こちらに受領のサインをお願いできますでしょうか?」
サクヤが差し出した羊皮紙を見て、クラウス公爵の切れ長な氷青の瞳が、これ以上ないほど見開かれた。
後ろに控えていた騎士たちに至っては、「こいつら、公爵閣下に向かって何を言ってるんだ……?」と完全にポカンと口を開けている。
「……おい。お前たち、自分が何を言っているのか分かっているのか? 命を救われた直後に、その対価を金で払うだと?」
「ええ、当然ですわ」
私はサクヤの隣に並び立ち、はっきりと頷いた。
前世で社畜としてこき使われていた私は、痛いほど身に染みて理解している。
この世で最も高くつくのは、「タダの親切」だ。
『あの時助けてやっただろう』『恩知らずめ』――そんな曖昧な「命の恩」という名目で、人は簡単に他者を縛り付け、都合よく搾取しようとする。(先ほどの元婚約者ルーファスのように)。
「私たちは今後、公爵様と対等なビジネスパートナーになりたいと考えております。そのためには、ここで無用な『命の借り』を作るわけにはいきません。借りは金銭で精算し、フラットな関係から商談を始めさせていただきたいのです」
私がそう言い切ると、森の中に奇妙な沈黙が落ちた。
騎士たちが「不敬だぞ!」といきり立つ気配を見せたが、クラウス公爵はそれを片手で制した。
彼はじっと私の顔を見下ろし――やがて、肩を揺らして低く笑い出した。
「……ククッ。ハハハッ! 命の恩人を前にして、のちのちの交渉で不利にならないよう、即座に借用書を突きつけてくるとは。……お前たち、頭のネジが数本吹き飛んでいるのか?」
「最高の褒め言葉として受け取っておきますわ。なにせ、少々急いでおりまして」
「急いでいる?」
「ええ。王都の腐敗した利権に潰される前に、私たち自身の『最強の商会』を立ち上げなければなりませんので。そのためには、公爵様……いえ、クラウス様。あなたの力が必要不可欠なのです」
私は真っ直ぐに彼の瞳を見つめ返した。
クラウス公爵は笑みを消し、再び冷徹な為政者の顔に戻る。
しかし、その目には先ほどの退屈そうな色はなく、明確な『興味』の光が宿っていた。
「……面白い女だ。だが、私は合理的でない話は嫌いでね。見ず知らずの、口ばかり達者な女を私の領地に入れるつもりはない」
「ご安心を。口だけではありません。私の『頭脳』が、この公爵領に王都の国家予算すら凌駕する莫大な利益をもたらすことを、必ず証明してみせますわ」
「……ほう。大きく出たな」
クラウス公爵は顎に手を当て、私とサクヤを値踏みするように見つめた。
そして、後ろの騎士たちに向かって短く命じる。
「おい、この女たちを我が邸宅へ案内しろ。馬車も修繕してやれ」
「はっ! しかし閣下、身元も怪しい者を本邸に入れるなど……」
「構わん。私の目の前で、この女たちがどんな『大風呂敷』を広げるのか、見物させてもらおうじゃないか」
クラウス公爵はひらりと翻ったマントを抑え、私に向けて挑発的な笑みを浮かべた。
「来い、アカネ・ヴィクトリア。お前のその強欲で不遜な頭脳が、私の公爵の心を溶かせるほどの価値があるのか……じっくりと査定してやろう」
「ええ、望むところですわ。……サクヤ、プレゼンの準備はいい?」
「ええ、社長。完璧よ」
私たちは再び顔を見合わせ、共犯者のように不敵に笑った。
こうして、私とサクヤ、そして最強の盾たる氷の公爵の、国を揺るがすビジネスが幕を開けたのである。
第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
命の恩人に対して、顔を赤らめるどころか「借用書(契約書)」を突きつけるアカネとサクヤ。そして、それにキレるどころか面白がるクラウス公爵。
彼ら有能な大人たちの、決して媚びないドライな(でも後々めちゃくちゃ甘くなる)関係性の始まりです!
「この3人の掛け合い、もっと見たい!」「プレゼンでどうやって公爵を驚かせるの?」「はやく元婚約者をボコボコにして!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
ぜひ画面下部の【☆☆☆☆☆】の評価ポイントをポチッと押し、星5つ(またはお好きな星の数)で応援していただけますと、作者の徹夜の社畜テンションが爆上がりして更新速度が上がります!
【ブックマーク】の登録も、どうぞよろしくお願いいたします!
次回、第3話! アカネの『概念設計』が火を噴き、ついにクラウスから衝撃の提案(契約結婚)が飛び出します! お楽しみに!




