強欲アイドルのプロデュースと、氷の公爵の困惑
強欲アイドルのプロデュースと、氷の公爵の困惑
ポポロ村の村長宅、その応接間。
つい先ほどまでタローソンの裏手で野良犬と廃棄弁当を巡って死闘を繰り広げていた少女――シーラン国の正統なる人魚姫であるリーザは、テーブルに並べられた食事を前に、ポロポロと大粒の涙を流していた。
「うぅっ……お肉が、温かい……! パンの耳じゃない、本物のお肉……っ!」
「喉に詰まらせないようにね。ほら、太陽芋のスープもあるわよ」
私が差し出したスープを、リーザは野犬のような勢いで胃袋に流し込んでいく。
デパ地下の試食と炊き出しで食いつないできた彼女にとって、久しぶりの『まともな食事』なのだろう。見ているこちらが少し不憫になってくるほどの食べっぷりだ。
その横で、サクヤが涼しい顔をして分厚い羊皮紙をテーブルに滑らせた。
「さて、リーザ様。お腹が膨れたところで、こちらの書面にサインをお願いできますか」
「んぐっ……これ、なぁに?」
「アエギス商会との『専属タレント契約書』です」
サクヤは極上の営業スマイルを浮かべ、流れるように契約内容を説明し始めた。
「当社専属の『広告塔』として働いていただく代わりに、ポポロ・コーポ(村の独身寮)の一室を提供し、三食の食事を完全保証。さらに、タレント活動で生じた売上の5%を歩合給としてお支払いする、極めてホワイトな内容となっております」
「さ、三食お肉が食べられて、テントで寝なくていいの!?」
「ええ。野良犬と廃棄弁当を奪い合う必要もなくなりますよ」
リーザの瞳が、これ以上ないほどに輝いた。
「サインする! あたし、サインするわ!!」
彼女は契約書を熟読することもなく、ペンを引ったくって爆速でサインを書き殴った。
……売上の5%という数字が、彼女の生み出すであろう莫大な利益からすれば『超破格(商会側が)』であることなど、この時の彼女は知る由もない。
私とサクヤは視線を交わし、内心で((チョロい……!))と悪魔の握手を交わした。
「契約成立ね。それじゃあリーザ、早速だけどあなたの『アイドル』としての実力を見せてもらえるかしら?」
「ええ、任せて! あたしが歌えば、みんな笑顔になって、お財布の紐がゆるゆるになるんだから!」
リーザは自信満々に立ち上がり、応接間の中央に進み出た。
咳払いを一つ。
その瞬間――彼女を覆っていた『底辺ホームレス』のオーラが完全に消え去り、目を焼くような強烈なカリスマと、圧倒的な美少女のオーラ(神気)が部屋を包み込んだ。
(すごい……! これが、王族の……人魚姫の真の力!)
私は息を呑んだ。
そして、リーザは満面の、それこそ世界中のすべてを魅了するような輝く笑顔で、歌い始めた。
「聞いてください! 『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』」
――五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!
――五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!(キラキラリーン☆)
「銅でもない 銀でもない 狙い打つのは 真鍮のゴールド!
穴の向こうに 未来が見える 覗いてみてよ 私とキミのディスタンス!」
可愛らしい振り付けと共に放たれる、透き通るような美声。
だが、そのメロディに乗せられた歌詞は、私の耳を激しく疑うものだった。
「『ちょっと重いかな?』って五十円! 『重すぎて無理!』って五百円!
身軽な愛を ジャラジャラさせて 私の配信 投げ込み カモン!
絶対無敵のスパチャアイドル! 五円が積もれば 山となる!
御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ! 推しの生活 支えてちょーだい!」
……ええと。
あまりにも直接的すぎる『集金』の要求。
神聖な人魚姫の歌声で、「推しの生活支えてちょうだい!」などとド直球に現金を要求されるこの狂気。
「はぁ……はぁ……ありがとう! みんなの五円で、あたしは明日も生きられるわ!」
歌い終えたリーザが、仮想の観客に向かって深々と頭を下げる。
応接間に、重く冷たい沈黙が落ちた。
「……アカネ」
背後のソファで腕を組んで聞いていたクラウス様が、ひきつった顔で私を呼んだ。
「はい、クラウス様」
「なんだ、今の歌は。『五円』だの『五十円』だの……民衆から硬貨を巻き上げることを推奨しているように聞こえたが。シーラン国の王族は、歌を用いて新種の『恐喝』や『徴税』を行う文化があるのか?」
氷の公爵が、完全に理解の範疇を超えた未知の文化を前に、真顔で戦慄している。
「恐喝ではありませんわ、クラウス様。これは『推し活』です。ファンが自らの意思で、崇拝する対象に現金を投げつける……極めて合法的なエンターテインメントの形ですのよ」
「自らの意思で、金を投げつける……? なぜそんな真似を。正気の沙汰ではない」
「それがアイドルの魔力ですわ」
私はクラウス様の純粋な疑問をバッサリと切り捨て、隣のサクヤを見た。
「サクヤ、どうだった?」
「……驚きました。ただの電波ソングかと思いきや、彼女の歌声には精神を鼓舞し、判断力を著しく低下させる……いえ、気持ちを昂ぶらせる特殊な『バフ(支援効果)』が乗っています。法的にグレーなレベルの強力な催眠……いえ、魅了魔法ですね」
サクヤが眼鏡を光らせながら、恐ろしい分析結果を口にする。
つまり、リーザの歌を聴いた者は、無意識の内にテンションが上がり、「この子を応援したい(お金を払いたい)」という強烈な衝動に駆られるのだ。
貧乏神のスキルで底辺を生き抜いてきた彼女の『強欲さ』が、人魚の歌声と奇跡的な化学反応を起こしている。
私の脳内で、完璧なビジネスモデルが組み上がった。
「決まりね。……明日から、ポポロ村の広場に巨大な特設ステージを建設するわ」
「特設ステージ、ですか?」
キャルルが目を丸くする。
「ええ。名付けて『ポポロ村・大収穫祭フェス』よ!」
私は立ち上がり、拳を握りしめた。
「リーザの歌で、近隣の冒険者や獣人兵たちを限界まで集客し、熱狂させる。そして、観客の財布の紐が完全にバカになった最高のタイミングで、ポポロシガー、陽薬草ドリンク、そしてアエギス商会の『新魔導ストーブ』の予約販売を叩き込むのよ!」
「……えげつなっ」
キャルルがドン引きしたように一歩後ずさった。
「アイドルという最強の集客装置(撒き餌)を使って、村の特産品と商会の製品を爆売りする。これぞ究極の相乗効果よ!」
「素晴らしい事業計画です、社長。法的な販売許可はすでに私がポポロ村役場から取得済みですので、いつでも決行可能です」
私とサクヤが完璧な連携で悪巧みを完成させると、クラウス様が深々とため息をついた。
「……つまり、この狂った集金ソングを歌う寄生魚……いや、小娘を客寄せパンダにして、我が商会の製品を売り捌くということか」
「その通りですわ。ですから旦那様、至急、野外ステージの建設費用と、舞台設営の職人たちを手配していただきたいのです」
私が満面の笑みでおねだりすると、クラウス様はやれやれと首を振りながらも、どこか楽しげに口角を上げた。
「……分かった。俺の妻がそこまで強欲にビジネスを仕掛けるというなら、出資者として最高のステージを用意してやろう。明日の朝には広場に舞台を完成させておく」
「ありがとうございます! さすがクラウス様、仕事が早いですわ!」
「だが……」
クラウス様はリーザをジロリと一瞥し、真顔で付け加えた。
「その歌を、我が公爵領の騎士団員たちには絶対に聞かせるなよ。あいつらの給料がすべて『五円玉』に換金されて吸い取られかねん」
氷の公爵すら警戒する、絶対無敵のスパチャアイドルの力。
こうして、ポポロ村の経済を力技で回す、前代未聞のアイドルフェスが幕を開けようとしていた。




