第二章 ポポロ村開拓と駄女神の来訪
新たな拠点ポポロ村と、鼻から五円玉を飛ばす寄生魚
王都での大立ち回りを終え、元婚約者のルーファスからグランツ商会の全権と設備を合法的に奪い取ってから数日後。
私、アカネ・アルヴィンは、公爵家の馬車に揺られながら窓の外を眺めていた。
向かう先は、ルナミス帝国と他国の国境が交わる緩衝地帯『ポポロ村』。ここが私たち『アエギス商会』の新たな生産拠点だ。
「お待ちしておりました、アカネ社長、公爵閣下!」
広場に降り立つと、村長である月兎族の少女・キャルルが元気に出迎えてくれた。
タローマン(ルナミス帝国のホームセンター)で買った特注の安全靴を履き、すっかり村に馴染んでいる。
「出迎えご苦労様、キャルル。村の様子はどう?」
「絶好調です! さぁ、まずは新しく整備した大通りをご案内し――」
キャルルが案内を始めようとした、まさにその時だった。
『ウゥゥゥゥ……ッ! グァルルルッ!!』
「なによ! あんたなんかに、絶対渡さないわよ!!」
広場の先、魔法のネオン看板が輝くコンビニ『タローソン』の裏手から、凶暴な獣の唸り声と、少女の甲高い怒声が響き渡った。
「なんだ!?」
クラウス様が即座に白銀の剣の柄に手をかける。村に魔獣が出たのかと緊張が走ったが、キャルルは「あー……」と、ひどくバツの悪そうな顔をして額を押さえた。
私たちがタローソンの裏手に回り込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「シャーッ!!」
「ウゥゥゥゥゥッ!!」
色褪せた芋ジャージに健康サンダルを履いた水色の髪の美少女が、四つん這いになって、大型の野良犬と本気の威嚇合戦を繰り広げていたのだ。
二人の視線の先には、ゴミ箱から溢れ落ちた『消費期限切れの廃棄弁当』がある。
「あたしが先に見つけたのよ! これはあたしの今日のディナーなんだから!」
野良犬がジャージの袖に噛みつくが、少女は全く怯まない。
「っ……やかましいわね、これでトドメよ!」
少女はジャージのポケットから五円玉を取り出すと、あろうことか、それを自らの『鼻の穴』にグッと押し込んだ。
「フゥゥゥゥゥ……ッ!」
少女が深く息を吸い込み、腹筋に力を込める。
「――フンッ!!」
パァァァンッ!!
という破裂音と共に鼻の穴から射出された五円玉が、恐るべき初速で宙を切り裂き、野良犬の眉間へクリティカルヒットした。
「キャインッ!?」
完全に意表を突かれた野良犬は、悲鳴を上げて猛スピードで路地裏へと逃げ去っていく。
静寂が戻ったタローソン裏。
少女は震える手で廃棄弁当を拾い上げ、天高く掲げた。
「よっしゃあああ! 取ったどおおお!!」
勝どきを上げるジャージの少女。
その一部始終を呆然と見届けていたクラウス様が、ひきつった顔でポツリと呟いた。
「……キャルルよ。アレはなんだ? 魔獣の変異種か?」
「いえ、その……私のシェアハウス時代の親友の、リーザです……」
「もう一度聞く。アレはなんだ?」
クラウス様が、氷のように冷たく、しかし純粋な困惑を孕んだ声で念を押す。
「……寄生魚、かな……」
親友の口から出たあまりにも酷い単語に、弁当を抱きしめていたリーザがハッとこちらを振り向いた。
「キャルルぅ♡ ちょっと、誰が寄生魚よ! 友達じゃないの私達♡」
リーザは満面の笑みを浮かべ、健康サンダルをペタペタと鳴らしてキャルルに抱きつこうと突進してくる。キャルルはそれを安全靴の裏で「ストップ」と物理的に制止した。
「リーザ……あんた、私がシェアハウスを出てから、今まで何してたの?」
「勿論、家賃払えなくて追い出されたわよ!」
どうしてそんなに堂々と言えるのか。
リーザは廃棄弁当を大事そうに胸に抱きながら、これまでの壮絶なサバイバル生活を語り始めた。
「追い出されてからは、ルナミスデパートが拠点よ! 朝はテスターでバッチリメイク、お昼はデパ地下で試食品をハシゴして、夕方はマッサージチェアで疲労回復! 夜は満天の星空を眺めながら、デパートの屋上でテント生活!」
「それ、完全にホームレスじゃないの……」
「それに、献血すればハンバーガーもらえるし、交番の前で謎の反復横跳びしたら、お巡りさんがカツ丼奢ってくれたわ! 都会ってあったかいのね!」
リーザの口から飛び出す、底辺サバイバル術の数々。
それを聞いていたクラウス様は、完全に理解の範疇を超えたのか、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「……待て。キャルルから以前、ルームメイトは『シーラン国の正統な人魚姫』だと聞いた気がするが。……デパ地下? 交番? 王族がなぜ犬と生ゴミを奪い合っているのだ……?」
「クラウス様、深く考えちゃ駄目です。頭がおかしくなりますよ」
私はすっかり常識人(ツッコミ役)の顔になっていたクラウス様を慰めつつ、隣のサクヤへ視線を向けた。
「……サクヤ。彼女のユニークスキルは?」
「『貧乏神』です。悪運耐性がMAXになり、どれだけ最悪な状況に陥っても絶対に死なないという生存能力。それに……あのド底辺の図太さと、圧倒的な美貌」
サクヤが眼鏡をクイッと押し上げる。
前世で過労死するまで働いていた私の『社畜・ビジネスセンサー』が、ピクリと反応した。
(……使えるわ)
どんな悪環境でも生き抜き、プライドを捨てて5円玉を鼻から飛ばせる度胸。
もし彼女を、アエギス商会の『広告塔』としてプロデュースすれば、ポポロ村の特産品を宣伝するための最強の起爆剤になる。
私は、元婚約者の商会を乗っ取った時と全く同じ、極上の『悪魔の笑顔』を浮かべた。
「……サクヤ。彼女を我がアエギス商会の『専属タレント』として雇用するための、契約書の準備を。衣食住は保証するわ。その代わり……馬車馬のように働いてもらうけど」
「かしこまりました、社長。逃げ道の一切ない、完璧な雇用契約書をご用意いたします」
私とサクヤの邪悪な気配を感じ取ったのか、リーザが「ひっ!?」と怯えて廃棄弁当を抱きしめた。
その光景を見ていたクラウス様は、冷や汗を流しながら、私たちからスッと一歩距離を置いた。
「お、お前たち……悪徳宰相や魔王よりも、よっぽど恐ろしい顔をしているぞ……」
「あら、そんなことありませんわ。……ふふっ、よろしくね、リーザちゃん? 最高級のステーキ、食べさせてあげるわよ?」
「ひぃぃっ! キャ、キャルルぅ、この人たち怖いぃぃ!」
最強の氷の公爵すらドン引きさせる、アエギス商会の情け容赦ないビジネス。
未知の素材と、規格外のヤバい人材が集まるポポロ村で、私たちの新たな事業無双が爆速で始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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