慰謝料請求? いえ、商会ごと乗っ取りますが
慰謝料請求? いえ、商会ごと乗っ取りますが
「負債をチャラにする方法、だと……?」
床に這いつくばり、絶望の涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていたルーファスが、縋り付くような目でクラウス様を見上げた。
その瞳には、浅ましいまでの生存本能と、他力本願な甘えが色濃く浮かんでいる。
「ほ、本当ですか!? 公爵閣下! あの金貨百万枚にも上る負債を、本当に肩代わりしてくださると……っ!」
「ああ、そうだ。アルヴィン公爵家にとって、金貨百万枚など領地の氷を溶かすほどの価値もない。一括で立て替えてやることは造作もないことだ」
クラウス様が鷹揚に頷くと、ルーファスの顔にパッと歓喜の色が広がった。
「あ、ありがとうございます! 流石は公爵閣下、慈悲深いお方だ! アカネ、お前も公爵様にお礼を言え! これで俺は救われる、グランツ商会は潰れずに済むんだ!」
自分の悪事など完全に棚に上げ、狂喜乱舞する無様な元婚約者。
だが、クラウス様の氷青の瞳は、足元のゴミを見下ろすかのように冷え切っていた。
「勘違いするな。私がただの親切で借金を肩代わりしてやるわけがなかろう。――サクヤ」
「はい、ここに」
クラウス様の声に応じ、サクヤがスッと一歩前へ出た。
彼女の手には、いつの間にか用意されていた分厚い羊皮紙の束が握られている。
サクヤは極上の営業スマイルを浮かべたまま、その羊皮紙をルーファスの目の前にパラリと広げた。
「こちらが、債務引き受けの条件を記した『契約書』になります。目をお通しください」
「け、契約書……? なになに……」
ルーファスは震える手で羊皮紙を受け取り、その文面を上からなぞり読み始めた。
だが、数行読んだところで、彼の動きがピタリと止まり、目玉が零れ落ちそうなほどに見開かれた。
「な、なんだこれはぁっ!?」
ルーファスが金切り声を上げて立ち上がろうとしたが、腰が抜けているのか、再び無様に床にへたり込んだ。
「『グランツ商会の保有する全ての商標、特許、王都の一等地に構える本館、各都市の流通網、ならびにすべての魔導具製造工場を――アエギス商会へ無償で譲渡する』……だと!? ふ、ふざけるな! これじゃあ、俺の商会を丸ごと乗っ取る気じゃないか!」
そう、これこそが私たちの真の目的。
単なる『企業買収(M&A)』である。
潰して借金まみれにするだけでは生温い。彼が大事にしていた地位も、財産も、商会のインフラも、すべて合法的な手続きによって私たちが『奪い尽くす』のだ。
「乗っ取る? 人聞きの悪いことを言わないでくださいな」
私は優雅に微笑みながら、ルーファスを見下ろした。
「私たちは、負債を抱えて破産寸前のあなたを救済して差し上げると言っているのです。倒産して地下牢に繋がれるか、すべてを手放して自由の身になるか。選ばせてあげているだけですわ」
「ひっ……!」
「それに、ご安心ください。譲渡いただいたグランツ商会の設備は、我がアエギス商会の『下請け工場』として有効活用させていただきます。あなたが私から奪ったアイデアも特許も、すべて私自身の手で改良し、適正な価格で市場に提供いたしますわ」
「俺の、俺の商会が……下請け……だと……?」
王都最大の商会の御曹司として、他者を見下し、搾取することしかしてこなかったルーファス。
その彼が、自分が最も見下していた女(私)の『下請け』として吸収される。その事実が、彼の薄っぺらいプライドを完膚なきまでにへし折っていた。
「さらに特別な温情として、ルーファス様にはアエギス商会の『見習い平社員』として再就職の道もご用意しておりますのよ? ポポロ村の鉱山での魔石発掘作業から始めていただきますが、いかがでしょうか?」
サクヤが追い討ちをかけるように、わざとらしく小首を傾げてみせる。
「ふ、ふざけるなァッ! 俺はグランツ商会の次期当主だぞ! 王都最大の商会のトップに立つ男だ! こんな屈辱的な契約書に、サインなんかしてたまるか!」
ルーファスが羊皮紙をビリビリに破り捨てようと手をかけた、その瞬間。
――シャンッ。
クラウス様が白銀の剣を僅かに鞘から抜き、その冷たい刃をルーファスの首筋にピタリと当てた。
「ひぃっ!?」
「選べ、ルーファス・グランツ。今ここでサインして無一文の平民になるか、衛兵に引き渡されて一生地下牢で腐り果てるかだ。……私の妻の慈悲を無下にするなら、この場で首を刎ねても構わんが?」
絶対零度の殺気。
冗談でも脅しでもない、クラウス様の本気の瞳に射すくめられ、ルーファスはガチガチと歯の根を鳴らして震え上がった。
「さ、サインしますぅぅっ! します、だから命だけはっ!」
サクヤが差し出した羽ペンを奪い取るようにして、ルーファスは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、契約書に自らのサインを刻み込んだ。
「確認いたしました。これにて『グランツ商会』の全資産は、アルヴィン公爵家およびアエギス商会に正式に譲渡されました」
サクヤが羊皮紙を回収し、ポンッと指を弾く。
『絶対契約』の魔力が羊皮紙に宿り、この契約がこの世界の法と理において、いかなる手段でも覆せなくなったことを証明した。
私は、完全に抜け殻のようになって床に座り込むルーファスを見下ろした。
王都の悪徳宰相は失脚し、グランツ商会の利権と設備はすべて私の手の中に落ちた。
私から努力と居場所を奪った男への、これ以上ない完璧な『ざまぁ』の完成だ。
私、サクヤ、クラウス様の三人は、顔を見合わせてクスッと笑い合った。
まるで示し合わせたかのように、全く同じ、マリーシア(狡猾さ)に満ちた『悪魔の笑顔』を浮かべて。
「ありがとうございます、ルーファス様。あなたが私から奪ったものは、利子付きで『すべて』私のものになりましたわ」
私がそう告げた瞬間。
完全に発狂したルーファスの瞳から、理性の光がプツンと途切れる音がした。
「あ……あ、あァ……俺の……俺の商会が……俺の人生が……」
うつろな目で虚空を見つめ、ブツブツと呟き始めるルーファス。
「俺は天才だ……王都最大の、御曹司……こんな女に、こんな女に奪われてたまるか……!」
ギリッ、と異常な音を立てて歯を食いしばったルーファスが、懐に手を突っ込んだ。
「認めねぇ……こんなこと、認められるかァァァッ!!」
狂乱の叫びと共に、ルーファスが懐から引きずり出したもの。
それは、どす黒いオーラを放つ、禍々しい形をした『黒い魔石の呪具』だった。
「なんだ、あれは……?」
クラウス様が眉をひそめた直後。
ルーファスがその呪具を握り潰すと、ドクンッ! と、空間そのものが脈打つような悍ましい魔力の波動が爆発した。
「ギャァァァァァッ!!」
「な、なんだ!? 広間が黒い炎に……っ!」
周囲の貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
ルーファスの身体から溢れ出したドス黒い炎が、まるで生き物のように蠢き、大広間全体を包み込もうと膨張していく。
「社長、危ない!」
サクヤが私の前に飛び出そうとしたが、それよりも早く、強烈な力で腕を引かれた。
「クラウス、様……っ」
「私の後ろから離れるな」
私を自身の背中に庇い込み、クラウス様が白銀の剣を構える。
あれは、ただの魔導具ではない。
ルナミス帝国や王都の技術はおろか、このアナステシア世界の理すら歪めるような、異常で理不尽な力。
あとから知ったことだが、それはゴッドチューブでやらせ配信を行う『炎上神ワイズ』のブローカーから、ルーファスが秘密裏に買い取っていた『神のアイテム』だった。
「死ねェッ! アカネェェェッ! 俺のすべてを奪った貴様ら、全員燃え尽きろォォォッ!!」
理性を完全に失い、黒い炎の化身となったルーファスが、一直線に私をめがけて襲いかかってくる。
法や経済、言葉による論破など一切通じない、純粋な『暴力と破滅』。
だが。
私の前に立つ、極寒の怒気を纏った『最強の盾』は、神のまがい物の力すらも冷ややかに見下していた。
「……法で裁けぬなら、私が斬るだけだ」
大広間の空気が、一瞬にして『絶対零度』へと反転する。
公開処刑の最終幕。
氷の公爵による、理不尽な神の力への容赦なき制裁が始まろうとしていた。
第12話をお読みいただき、誠にありがとうございます!
ついにルーファスの全資産、地位、そして商会そのものを合法的に「丸ごと乗っ取る」という、えげつないM&Aが完了しました!
アカネたち3人の悪魔のような笑顔、そして完全にすべてを失って発狂するルーファスの姿。法と経済による極上のカタルシスをお楽しみいただけたでしょうか。
しかし、プライドを完全にへし折られたルーファスが、最後に隠し持っていた「神の呪具」を暴走させて襲いかかってきます!
「商会乗っ取りスカッとした!」「三人の悪魔の笑顔が最高!」「いよいよ公爵様の本気無双だ!」と思っていただけましたら、
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(※皆様の星が、アカネを守る公爵様の剣の切れ味をさらに鋭くします!)
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次回、炎上神ワイズの理不尽な力に対し、クラウス様が「絶対零度の剣」で完全決着をつけます! そして、戦いを終えた二人の間に、甘い変化が……? お楽しみに!




