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戦没者

 メージェベス軍と帝国軍が遭遇したのはメージェベスが出陣してから三日のことであった。メージェベスは矢の雨をひっきりなしに帝国軍の頭上に降らせて進軍を遅らせた。帝国軍は矢が尽きるまで耐える構えを見せたがシャルの指揮による物資の絶え間ない補給によってウィルヘルミナ軍は攻撃を続けた。

「左右から三千ずつ騎兵を出して側面に回り込ませろ。敵は我が軍に比べて少数だ。圧して潰せ」

「はっ!」

 帝国軍が動き始める。その動きをメージェベスの目は見逃さなかった。まだ帝国軍の騎兵が動き出さぬうちに敵の意図を察知して命令を下す。

「右翼のサドゥ、カルクス、左翼のルエ、ジェデに伝令を出せ。それと予備隊のロロル、スウーベを迂回してくる敵の側面に当てろ。敵は数千ずつだ」

「はい?」

 側近たちは一瞬、彼の命令が理解できなかった。帝国軍の迂回部隊はまだ行動を始めたばかりで本軍から動かしていない。彼らは迂回部隊をまだ認識していない。だが往年の彼の軍事的才覚を思い出して指示に従った。

 命令を受けた各部隊の指揮官たちは驚き、指示の意図を伝令兵に尋ねたが伝令兵もその意図を掴みかねており、総司令からの命令であると叫んで戻っていく。指揮官たちは困惑したものの、命令に従わないわけにもいかず粛々と従った。帝国軍の後方に位置していた騎兵部隊の一部が本軍から分離し、ウィルヘルミナ軍の側面に回り込む動きを見せた。軽装騎兵による俊敏な機動であったが待ち構えていたウィルヘルミナ軍の挟撃を受けて敗走した。迎撃した部隊の指揮官たちも驚愕していた。彼らの総指揮官は敵が動く前に予測して待ち構えていたのである。

 ウィルヘルミナ軍は無理に攻勢に出ず、突出した敵部隊を迎撃して損害を強いた。メージェベスは敵の動きとその目的を誰よりも早く察知すると完璧な配置でそれを迎撃する。人間離れした先読み能力と戦術眼であった。

 彼は戦場を凝視している。未来を読んでいるのではない。生物は大きな動きをする前に必ず予備動作が発生する。彼は軍隊を一つの生物として捉え、敵軍の大きな動きを僅かな予備動作から読み取るのだ。

「す、凄い…。王やクジェ様に隠れているが…」

「ああ、メージェベス様も十分に怪物だ」

「あの方もまた…我らの司令官だ!」

 ウィルヘルミナ王国の歴史において戦場に名を轟かせたのはシェルイと彼の若き将軍たちが主であった。だが建国王の義父メージェベスは戦場における彼の師とも呼ぶべき名将であった。

 初日はウィルヘルミナ王国軍の勝利に終わった。いずれ帰還するシェルイ本軍に備えるために全軍の体力を温存しようと兵力を小出しにした帝国軍は想定外の損害を被ることとなった。だがウィルヘルミナ軍の将兵は決して楽観視していなかった。敵の数は自分たちの倍。主力は大部分を残している。あのアルディス次の日も同じ戦いを繰り返すとは思えない。そのような男であればシェルイが敗れるはずがないのである。

 だがメージェベスはいつものように酒を飲んでいる。下手くそな歌を歌い、酔いのまま叫ぶ。その様子を見て娘のシャルが近づいてきた。彼女の瞳には緊張と恐怖があった。

「父上」

「おお、シャルか。後方支援、ご苦労であった! 明日もこの調子で頼むぞ。さて、お前も飲むか?」

 メージェベスは酒盃を手に取った。

「い、いえ、遠慮させていただきます」

 彼女は父の隣に座って焚き火を見つめた。黒曜石の瞳が火に照らされて幻想的に彩られる。彼女もまた自分たちの見に待ち受ける敗北を実感していた。この戦場にいるのは国内守備隊。精鋭たちはシェルイに従って出征している。対してアルディス率いる帝国軍は選りすぐりの精兵たち。戦力の差は単純な数の差だけではなかった。

「ウィルヘルミナ王国初代王王妃がそのような顔をするな。なぜそのような顔をする。ここは我らの草原だぞ。いつもと変わらぬ生と死の巡る大地であるぞ」

 メージェベスが干し肉を食いちぎる。再び酒盃を呷る。大量の馬乳酒が乾燥した干し肉を胃袋に流し込む。

「も、もし私たちがここで敗れればザーラが陥落します。国土は分断されて蹂躙されます。私はシェルイ様から留守を預かったのに…」

「何を言う。留守を預かったのは我ら全員だ。お前だけではないのだ。それにあと数日も耐えればシェルイの本隊が必ず帰還する。我らはそれまで戦えば良いのだ。この草原は我らのもの。生きるとも、死するとも温かく迎えてくれよう。だからいつも通りに笑い、歌い、飲んで食う! いずれ死ぬその時に後悔せぬようにな!」

 男は笑う。

 夜が更け、太陽が東の空から顔を出す。黄金色の光が夜の闇を追い払う。西の空は紫に薄ずみ、暁を告げる。夜と朝の狭間、この日にウィルヘルミナ王国の命運が決着する。ウィルヘルミナ王国がどれだけ時を稼ぐことができるかによって国家の存亡が決定する。最初に攻撃を仕掛けたのはメージェベスだった。軽装騎兵による弓矢の一斉射撃で帝国軍の堅牢な陣形に亀裂を走らせると重装騎兵に突撃を命じた。その威力は凄まじかった。敵の盾を踏み砕き、兵士の胸を刺し貫く。音に聞こえしウィルヘルミナ騎兵の暴威である。しかも先頭ではメージェベスが斧を振るっている。

「はははははは! 死ねぇ!」

 帝国兵の頭や腕が舞い上がる。豪腕から繰り出される一撃はその度に敵の命を要求した。彼は一陣の風となって血の嵐を巻き起こす。彼は間違いなくウィルヘルミナ王国屈指の戦士である。単体の戦闘力だけで言うならばシェルイをも上回る。焦茶の髪を血に濡らし、敵陣奥深くへと攻め上る。

 その様子を帝国軍総司令官アルディスは冷たい目で見ていた。

「もう戦術を変えてきた。どうやら蛮族には戦術の一貫性がないらしい」

 吐き捨てるアルディスに対し、エオルは柔らかい笑みを浮かべて言った。

「ですがとても楽しげに見えますよ、閣下」

「まったく、お前には敵わないな」

 帝国一の名将は小さく息を吐き、親友と同じく少しだけ穏やかに口元を歪めた。

「昨日はしてやられた。我々が全力を出さないと知って徹底的に受け身に回ってきた。敵将は我が軍の動きを読み、完全に対処してみせた。それが今、打って変わって猛り狂ったように押し寄せてくる。俺を討たねばならないことがわかっているのだ」

「ミーシャの軍を蹴散らしたクジェという将といい知恵者はシェルイ王のみではなかったということですね」

「ああ。だが早々に蹴散らして敵の首都ザーラを攻め落とす! そしてシェルイの首を獲る!」

 帝国軍は軍を二手に分けていた。アルディスの本隊はザーラを目指し、別働隊はクジェの足止めのために残っている。クジェの足止めに五万の兵を割いているがどこまで耐え凌げるかわかったものではない。そう遠くないうちに突破して背後から奇襲をかけてくるだろう。

「予定通り波状攻撃に移れ」

 帝国軍は矢をウィルヘルミナ軍の先頭部隊に集中して浴びせて動きを止めると即座に後退して陣形を大幅に変更した。

「第一陣行け! 敵将の首を挙げろ」

 帝国軍の一部隊が突撃を開始する。ウィルヘルミナ軍も突撃でそれに応えた。ウィルヘルミナ軍は容易くそれを突破した。

「第二陣出撃!」

帝国軍の新手が現れ、休む間もなく次の部隊との交戦を強いられた。帝国軍はまるで波のように寄せては返す絶え間ない攻撃をウィルヘルミナ軍に対してぶつけ続ける。ウィルヘルミナ軍は時間が経過するにつれて勢いを失っていった。

「メージェベス様! これ以上の突撃は不可能です!」

 兵は疲労し、休息を求めている。これ以上の進軍は意味をもたらさない。メージェベスはそれをよく知っていた。

「よーしお前たーち! ザーラまで退くぞー!」

「ははっ!」

 ウィルヘルミナ軍は一斉に逃げ始めた。殿部隊など残さず、全員でザーラを目指す。追う者からすれば惨めな敗走に見えるだろう。だが全軍騎兵のウィルヘルミナ軍にとっては、馬上で振り向きながらの射撃を得意とする遊牧騎兵にとっては撤退する際に殿部隊など必要ないのである。

「追撃だ」

 アルディスが命じる。その頃には太陽は傾きかけていた。

 ウィルヘルミナ軍は途中で何度か反転し、戦っては逃げる時間稼ぎを繰り返した。彼らがザーラに到着したのは四日後のことだった。メージェベス軍はザーラを放棄して四散した。帝国軍はようやく王国の都を手にすることができたのだがここで彼らに一つの誤算があった。ザーラには何もなかったのだ。食糧や財宝どころか城壁も門もない。ただ貴賓館と政務館があるだけ。兵馬を収容できる建物などありはしなかった。

 帝国軍の兵士たちは敵王都を占領した喜びよりも不安が優っていた。略奪できるものもない。周辺の部族も逃げ去っている。

「まさかウィルヘルミナの王都が防衛を全く考えていないとは」

 エオルはいつもの笑顔を引っ込めた。

「ああ。聞いていた通りだ。このような都があろうとはな。だがそれは最初からわかっていたことだ」

 帝国軍は一日兵を休めてからザーラを完全に放棄して北へ向かった。

その報告を聞いたメージェベスは兵に出撃の用意をさせながらも敵の意図について考えを巡らせた。

ザーラを捨てたのはわかる。外敵に対して守りが堅い場所ではない。守りに兵を割くだけ無駄である。

「おそらくネテアから食糧を運ぶつもりでしょう」

 一部隊を率いているフィオラが言った。

「帝国軍は二万からなる軍勢で王都を囲んでいます。王都にはあまり兵がいないので帝国軍は周辺の都市から食糧を確保して南に送ることも可能でしょう。同時に兵員の補充もしているやも」

「かもしれんな。総員、出撃! 帝国軍を追うぞ!」

 メージェベス軍は急行軍で北へ向かった。

 帝国軍が補給を成功させてしまえばこれまでの努力は水の泡になる。シェルイ本軍が帰ってきたとしても勝てるかどうかはわからなくなってしまう。

 北へ向かうこと一日。山林に逃げ込む帝国軍をメージェベスは発見した。王国軍は一斉に攻撃を仕掛けた。

「奴らを止めろ!」

「行かせるな!」

 王国兵の犠牲を厭わない猛攻に帝国軍は押し込められた。両軍は森の中に入り込む。それがアルディスの策だった。森の中に隠れていた帝国歩兵たちが出現し、ウィルヘルミナ騎兵に襲い掛かったのだ。

「退路が塞がれています!」

「め、メージェベス様! ご指示を!」

 行き場を失い、兵士たちは逃げ惑う。

 メージェベスは目を閉じて空を仰ぐ。しばらくそのまま何も言わなかった。その光景は傍にいた参謀たちには彼が戦いを諦めたように見えただろう。彼らはここで戦死する覚悟を決め、武器を握り直した。

「メージェベス様、我らが血路を開きます。ですからどうかここから脱出し、各将軍らを糾合して復讐戦を…」

 その時、メージェベスは大声で笑った。

「はははははは! 来たか!」

 誰もがメージェベスの気が触れたのだと思った。普段から問題のある行動をしてはいるがこのような状況でふざける男ではないというのが彼らの共通認識であった。その彼が大口を開けて戦場に笑声を響かせている。

「総員、後退! 森から脱出せよ!」

 メージェベスは反転し、森から逃れる道を選んだ。斧を振りかざし、殺戮を繰り広げる。帝国兵は防御陣を敷いて迎え撃ったが圧倒的な個人の武の前に倒れていく。

「勝機だ。あの敵将を討ち取れ!」

 アルディスは追撃を命じた。ネテアに向かうふりをして視界の悪い山林で待ち構えていたのだ。今の帝国軍に取れる策はこれだけだった。これに失敗すれば今度こそ食糧が尽きる。フィオラが予想していたようにネテア王都を包囲する部隊から食糧が送られてくる手筈ではあるがそこを襲撃されかねない。少なくとも敵将メージェベスだけは討ち取らねばならなかった。

 メージェベス軍は多くの犠牲を出しながらも森から逃れることに成功した。メージェベス自身も体中に傷を負い、多量の血を失っていた。だが帝国軍の追撃は止まらない。

「追え! 神の敵を皆殺しにしろ!」

 帝国兵は空腹と渇きを闘志で捻じ伏せて東へ走るメージェベス軍を追いかけた。帝国軍は森から引きずり出され、東に注意を向けた。

 その時、西から戦太鼓が鳴り響いた。腹の底に響くようなそれは精強な帝国兵の心胆に敗北の二文字を浮かび上がらせた。

「突撃ぃいいいいいい!」

 大地から響くような男の声が聞こえた。

 帝国兵は振り返る。付近の丘陵地帯から大勢のウィルヘルミナ兵が飛び出して矢を放った。それは背を向けていた帝国兵の背中に容赦なく降り注ぎ、大地を悲鳴と鮮血で彩った。軽装騎兵の射撃と同時に重装騎兵が攻撃を開始する。その先頭に立つのはウィルヘルミナ王国軍副司令官クジェ。髪を逆立たせ、メイスを振り上げて帝国軍に突進する。

「ウィルヘルミナ軍だー!」

 完全に虚を突かれた帝国兵は逃げ惑った。

 クジェ軍は自分たちの足止めを行っていた帝国軍を突破すると最低限の休息だけでここまで駆けつけてきたのである。シェルイから与えられた狼で自分たちの到来をメージェベスに伝え、挟撃を持ち掛けたのである。

「そおれ者共ぉ、帝国の小僧の首を獲れぃ!」

「逃げるのは止めだ! 反転!」

 クジェ軍の攻撃に合わせてメージェベス軍も反撃に転じた。森から出てきてしまった帝国軍は東西からの挟撃を受けることとなった。

「行けぇ、ウィルヘルミナの戦士たちよ!」

 帝国兵は次々と討たれていく。だがどちらのウィルヘルミナ兵も連日の行軍と戦闘で疲弊しきっていた。

 ウィルヘルミナ軍の突撃が身近に迫りつつあるなかでアルディスは冷静だった。

「奴らの側面に騎兵を寄せろ。矢を正面から射掛け、馬を殺せ。後はどうにでもなる」

 兵士たちはアルディスの指令に従順に従った。飢えているとはいえ帝国軍はウィルヘルミナ軍の倍の兵力を保持している。数に任せて形成を逆転させた。瞬く間に劣勢に追い込まれたウィルヘルミナ兵は勇敢に戦い、より多くの敵兵を道連れにするために命尽きるその瞬間まで武器を手放さなかった。

「帝国を倒せ!」

「皇帝を倒せ!」

「王国を守れ!」

 草原の国の騎兵たちは誇り高く死んでいく。

 クジェ軍の消耗が顕著になる。それに目を付けたアルディスは集中攻撃を浴びせた。長年苦楽を共にした参謀の体に数本の槍が突き刺さる。参謀は槍を振り回して自らに致命傷を与えた敵兵を血の海に沈めると、主君の方へ叫んだ。

「クジェ様、申し訳ございません。お先に逝きます!」

「ああ。先に行け。儂もすぐに逝く。次の者に託してからになるがな!」

 クジェも既に深手を負っていた。今すぐ治療すれば助かる傷であったが治療するつもりは毛頭なかった。ここで退けば帝国軍は態勢を立て直す。それだけは許してはならなかった。命を捨ててでもなすべきことがあるのだと彼は信じている。

 戦友が倒れ、彼は一人になった。それでも愛馬を駆り、アルディスに近づく。名だたる帝国の騎士たちを一撃のもとに叩き潰し、進み続ける。愛馬も矢や槍を受けている。もう限界を迎えているというのに主の死出の旅路に付き合おうと血を吐いて大地を蹴りつける。人も馬ももはや理性などなかった。

「と、止めろ!」

 帝国騎士が体当たりを敢行する。命知らずのその行為は血濡れのメイスによる幕引きによって報われた。

 メイスを失ってからは槍を奪い、振り回した。それが折れてからは剣を奪って戦った。

 メージェベスは遠くからその様子を見て助けに向かうべく走った。だが雲霞の如く押し寄せる敵に阻まれて上手く進めない。

「メージェベス様、無理です! これ以上はもう…!」

「黙れ! クジェ、今行くぞ!」

 戦場の狂騒の中でも兄の声は弟に届いた。クジェはにやりと笑い、赤く濡れた歯を見せる。彼の瞳に一切の怯懦もない。

「戦場に生まれ、戦場に育った我ら兄弟、なあ兄上! 血腥い人生であったが良い物が見れたろう!」

 敵と己の血で草原を赤く染めながらクジェは兄に語り掛ける。

 メージェベスが族長に就任する以前のジェメ族は弱小部族であったがメージェベスとクジェは内乱で戦い続けて一族を大きくし、現在の地位を築いた。ジェメ族の歴史を語るのにこの兄弟の存在を抜きに語ることはできない。

「あの若造を任せたぞ。奴こそが我らの希望! 何が何でも守り抜け!」

 クジェはついにアルディスの元へ辿り着いた。これまで何人の敵を殺してきただろうか。どれだけの仲間を死なせてきただろうか。

「貴様がアルディスか。その首、もらっていくぞ」

「来い、蛮族。貴様に相応しい死に方をさせてやる」

 アルディスは剣を抜き放ち、クジェの突撃を受け止めた。火花が散る。両者は一歩も譲らぬ戦いを見せた。

「がはははは! 良い戦いだ! 良い死だ!」

 クジェの体からは既に致死量の血が失われていた。だが彼の腕力はさらに強くなる。

「貴様はなぜまだ動く? なぜ死んでいないのだ」

 アルディスが尋ねる。恐怖も怯えも躊躇もない。死をただの隣人としか考えていないウィルヘルミナの戦士たち。その精神性を彼は理解できていなかった。

「この世に生まれ四十余年、数多の戦場を駆け巡り、敵を殺し、味方の屍を築き、ここまで来た。死んだ奴らから何でもかんでも託されてここにいる。面倒だが…その託されたものを次の者に託すまで…簡単に止まってやれはせんのでな!」

 クジェは剣を振り上げる。

「貴様にも将の将たる由縁、戦士の意地を見せてやろう」

 クジェの一撃をアルディスが剣で受ける。腕が軋み、全身が痺れる。馬が悲鳴を上げて暴れる。もはや死人と化しつつある人間の腕力ではない。

「馬鹿力め…!」

 アルディスは舌打ちする。

 クジェはもう動かなかった。剣は折れ、刃は地面に転がった。馬は立ったまま硬直し、男はその背で絶命していた。悪鬼のような瞳は敵を最後まで睨みつけていた。それがウィルヘルミナ王国軍副初代司令官の最期であった。

「クジェ様!」

 ウィルヘルミナ王国の兵士たちは涙を流して叫んだ。

 休む間もなくアルディスはメージェベスの討伐を命じた。幕僚の一人がクジェの腹に槍を突き刺した。

「将軍、この男の死体を八つ裂きにし、神に逆らう者への見せしめにしましょう」

 発言者としては気の利いた言葉のつもりであったが結果として上官の激怒を買うこととなった。

「黙れ卑怯者!」

 多分に怒気を孕んだその声は不可視の鞭となって相手を打った。

「貴様はこの男に対し、戦いを挑むことなく縮こまっていた。死んだ途端にその死体に槍を突き立てるなど言語同断! この男は敗れこそしたがその戦いぶりには学ぶべきところは多かった! 貴様には勇敢に戦死した者に対する敬意はないのか! ここから去れ!」

 若き覇者の怒気に当てられて、したり顔の参謀は恥いって引き下がるしかなかった。

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