表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/29

反撃



 ウィルヘルミナ騎兵はシェルイの命令で帝国軍の北側から襲撃を仕掛けた。部隊を率いるのはシェルイとティン。計一万の兵で帝国軍の野営地に火を放つ。先ほどの報復とばかりに騎兵が暴威を振るう。

 帝国兵は火に巻かれ、もしくは敵兵の刃に貫かれて倒れていった。

「食糧庫を守れ!」

 帝国兵の中でも気骨ある者はウィルヘルミナ軍から食糧庫を守るべく武器を持って食糧庫の近くに集結した。帝国軍は十万を超す大陣容で作戦に臨んでいる。リスク分散のために食糧庫を五か所に分けて管理している。ウィルヘルミナ軍はその北部食糧庫に攻撃を仕掛けた。

「来るぞ、抜かせるな!」

「オオ!」

 帝国兵は剣と盾を構えて敵を待ち受ける。

「おい、シェルイ、あれを抜けるのか?」

 ティンが尋ねる。

「策がなけりゃ力押しだ。お前らは他を頼む」

「任せろ!」

 シェルイは自らの親衛隊百騎を率いて守備兵らに突撃した。彼らは精鋭ばかりのシェルイ直下兵団の中でも最強を誇る最精鋭部隊。周辺諸国に武名轟くウィルヘルミナ王国初代王の雷槍。

「お前ら行くぞ!」

 シェルイが先頭に立って敵を示す。兵士たちは雄叫びをあげて彼に続いた。帝国兵は小勢で向かってくるウィルヘルミナ軍を見てせせら笑う。これくらいの敵なら大した脅威ではないだろう、と。

「敵は少数だ! 囲んで押し潰せ!」

 シェルイ親衛隊と帝国軍、両者が激突したその瞬間、帝国軍の陣列が戦塵と流血の中に裂けた。最前線の帝国兵の体が宙を舞う。帝国軍の戦列は親衛隊の突入を許してしまったのだ。親衛隊は馬足を緩めず、武器を振るい、目の前の敵を屠った。厳重に敷かれた帝国軍の防衛陣に食い込み、そのまま食糧庫目掛けて前進する。

「と、止めろ!」

 勇敢で誇り高い帝国兵が彼らの行く手を阻むが親衛隊の武力の前にあっさりと肉塊へと成り果てる。迎え撃つ帝国兵も精鋭が配備されていたが親衛隊との戦力差は歴然だった。木の葉のように蹴散らされ、大地に倒れ伏した。

 特に猛威を振るっていたのは十名の戦士で構成される護衛官の面々だった。ウィルヘルミナ軍随一の戦闘力を誇るヘルが認めた者が加入を許される。戦闘力で順位がつけられている。

「ヘル! 右の敵が崩れたぞ。そこに突っ込め!」

「はっ」

 ヘルは棍棒を振り回して敵兵を纏めて薙ぎ払う。金属の鎧も分厚い盾も重厚な陣列も彼女の前に全て無意味だった。

「この女を止めろ!」

 帝国騎兵が捨て身になって彼女に体当たりを敢行する。だが彼女の棍棒に馬ごと叩き潰される。

「邪魔だ…!」

 棍棒や彼女の体、馬体には敵兵の血や肉片が大量に付着している。彼女の愛馬フルシフルも戦場の熱狂に当てられて嘶きをあげる。勇猛な帝国兵は悪鬼の如き彼女の姿を見て怯えた。

「いやー、あいつ強いな」

 ヘルの猛進を見ながらシェルイは笑う。彼女ほどの戦士は一人しか知らない。その一人もすでに死んでいる。なので彼女がヘルが知る中で最も強い戦士である。

「首席護衛官はやっぱ伊達じゃないっすね」

 シェルイの隣を駆ける青年護衛官ヴェデが答える。彼は短い槍を武器にしており、目にも止まらぬ速さで攻撃を繰り出す。素早さだけでいえばヘルをも上回る序列第七位の豪傑である。

「もうそろそろ矢が届く距離っすよ」

「ああ。火矢、放て!」

 兵士たちが一斉に火矢を放つ。しかし防火処理を施されているらしく火が燃え移らない。やはり前回の失敗から学んでいるらしい。

「仕方ない。接近して中を直接焼く! ドゥルブ」

 シェルイは護衛官の名を呼ぶ。それは化け物揃いの親衛隊の中でも目を引く巨漢。丸太のように太い腕が振るう巨大な棍棒は帝国軍の精鋭たちを雑草のように薙ぎ払っていく。いかなる防壁も彼を阻むことはできない。

「ググ、オオオオ!」

 ドゥルブは獣のような唸り声をあげて屍を量産する。彼は目の前の敵を叩き潰すまで止まらない。

 数本の矢が彼の胸に突き刺さる。

「ドゥルブ!」

「だい…じょうぶ…だ。ようやく…あたたまって…きた…!」

 彼がたどたどしく答えた。彼は会話が苦手で流暢なやりとりができない。なので簡単な命令しか出せなかった。

 棍棒に罅が入り、そして砕け散る。武器を失った彼は敵兵の馬の首を掴み、振り回した。彼の怪力もさることながら彼が乗っている馬も凄まじい。第三位護衛官に相応しい猛威を奮った。

 シェルイの額目掛けて矢が飛来する。シェルイは剣でそれを打ち払う。

「ラディウス、食糧庫の屋根に射手がいる。撃ち落とせ!」

「言われずとも」

 長い黒髪を後ろに結わえた男が大弓を構え、目にも止まらぬ速さで連射した。屋根の上にいた狙撃手たちは全て額に矢を受けて転げ落ちた。ウィルヘルミナ軍に彼ほどの射手はいない。

「シディ、ミア。ドゥルブの後ろについて背中を守れ!」

「了解!」

「お任せを!」

 茶髪の少年少女が湾曲した剣を嵐のように振るって敵を切り裂く。帝国に滅ぼされた国に生まれた双子である。祖国が滅びたことで帝国の奴隷になっていたが昨年、ウィルヘルミナ軍が帝国領に攻め込んで都市を奪取した際に解放された。第九位、第十位と護衛官の末席であるが実力は折り紙付きだ。

 二人は阿吽の呼吸で帝国兵を討ち取る。

「エリウ、任せた」

「うん。任せて!」

 金髪の少女が馬の鞍を蹴って前方に飛び出した。彼女は帝国兵の頭を飛び越えて食糧庫まで辿り着く。鋼鉄の大鎌で扉を叩き切り、中の食糧に火を放った。それから次の食糧庫に飛び移り、次々と着火して回った。彼女の動きは俊敏で帝国兵たちは彼女を止めることができなかった。全ての食糧庫を焼き払い、彼女は再び高く跳躍してシェルイの馬の尻に着地した。

「さすが!」

「えへへ。頑張ったよー!」

 エリウはシェルイの背中にしがみつく。

「よし! 目標は達成した。逃げるぞー!」

 シェルイは仲間たちに指示を出した。彼らの動きは速かった。消火に動く帝国兵らに目もくれず来た道を引き返す。

 しかし彼らに目を付け、追いかけてくる騎兵の一団があった。

「待て貴様ら! このバアルが相手だ」

 バアルが投げた戦斧がシェルイの頭部を狙う。それを彼の隣を走っていた騎士の槍が払いのける。黒い軽装鎧とマントを纏った槍使い。次席護衛官のクリュウだ。

「数が多い。数千はいます。戦いますか?」

「無理無理。そうこうしてるうちに囲まれるぞ。このまま逃げる!」

「はっ!」

 ウィルヘルミナの騎兵は帝国兵に比べて夜目が利く。夜に狩りを行うことが多いからだ。追い縋る帝国兵を攪乱して北東に逃げる。それでもバアル率いる帝国軍は執拗に追撃を続けた。

「追えー! あの旗はウィルヘルミナ王の旗だ! 絶対に討ち取れ!」

 バアルはシェルイを追いかけた。シェルイらはそのしつこさに辟易していたがそれも長くは続かなかった。

 突然、帝国軍の側面から無数の矢が降り注いで帝国兵に突き刺さった。兵の断末魔や馬の嘶きが暗さを増した夜の帳に響き渡る。

「おのれ伏兵か!」

 シェルイは敵の追撃に備えてあらかじめ伏兵を千五百騎ほど配置していたのだ。

 矢が止んでウィルヘルミナ騎兵がバアル隊に襲い掛かる。上官に似て命知らずな帝国兵たちだったが馬上の戦いでウィルヘルミナ軍に敵うはずもなく瞬く間に数を減らしていった。

「バアル将軍、後退を!」

 参謀がバアルに進言する。

「馬鹿者! この暗闇の中で反転すれば混乱が生じる。それで動きを止めれば袋叩きに遭うぞ! 右方向に大きく転回し、本陣に帰還する! 俺に続け!」

「はは!」

 バアル隊は動きを止めることなく前進を続け、大きなカーブを描いて南へ方向を変えた。当然、被害は甚大であったが主力を温存したまま戦場を離脱できた。

「猪突のくせに頭の回転が速い!」

 シェルイは敵ながら感嘆の声を漏らした。

「追撃する?」

 ディアナが尋ねる。

「いや、疲れた。欲張るとこっちが痛い目を見る。ここまでにしよう。それにせっかく食糧を減らしたのに人間まで減らしたら意味がない」

 シェルイらは帝国軍から距離をとって山岳地帯に姿を消した。帝国軍は偵察部隊を放ったがウィルヘルミナ軍の偵察狩り部隊や狼に襲われ、その多くが戦死した。

 全軍の食糧の五分の一を失った帝国軍は食糧の再計算を行うことになった。最初の二日は各兵士が携帯している保存食で賄える。問題はそこから。帝国軍には十三万の兵が一か月過ごせるだけの兵糧があった。その二割を失ったものの、兵の損失は少ない。兵が少ないのは問題だが多すぎるのも問題であった。次に食糧が届くのは半月後だが、ウィルヘルミナ軍がそれを黙って見過ごすとは思えない。国境付近の諸侯は侵略戦争に及び腰だ。二度の戦役でウィルヘルミナ軍の恐ろしさを骨の髄まで思い知らされたからだ。食糧の供給は期待できない。

 かといって無理に前進してウィルヘルミナ領に侵入したところで勝機は薄い。国境付近にはすでにネテア王国軍が陣取っているし、東方諸国連合軍が到着しつつある。何より草原ばかりのウィルヘルミナでは大軍を養うだけの食糧を得ることはできない。家畜も人と同じように逃げてしまう。

「問題はない。我らの兵糧が尽きるまで戦う必要はない。それまでにアルディス将軍がかたを付ける。何よりウィルヘルミナ軍の兵糧が先に切れる。我らはそれまでただ戦い続ければ良いのだ」

 彼らの目標はアルディスの本隊がウィルヘルミナ王国の本拠地を陥落させるまでシェルイを釘付けにすること。無理に彼を討ち取る必要はないのだ。

「あの方の作戦が必ず成功する前提だがな」

 ブライヘルガ葉巻を蒸かして皮肉を言い放つ。

「確かにあの方とウィルヘルミナ王が正面から戦うとなれば絶対の勝利を信じることはできないがあの方が相手にするのは奴以外の者たちだ。であれば失敗はない」

 バアルが拳を握って叫ぶ。

「ああ。お前さんが相手だったら百戦して一敗することもないだろうよ」

「何だと⁉」

 激昂したバアルがブライヘルの胸倉を掴む。シェルイの伏兵に嵌められて自尊心を傷つけられたバアルの顔は怒りで赤く染まっていた。対するブライヘルは飄々とした態度を崩すことはない。

「お前たち、やめないか」

 ロックウッダーがこれまでにないほど大きなため息を吐いて二人を引き離す。有能だが癖の強い同僚たちの纏め役をこなすのは容易ではない。

「確かに我らは奴一人に注意しすぎているのかもしれん。向こうに第二のアルディス閣下やシェルイがおらぬとも限らん。だが閣下が我らを信じて大役をお任せくださった以上、我らも閣下を信じなければならん」

「はいはい。リーダーの言うことには従いますよ」

 ブライヘルは引き下がり、テーブルに腰を下ろして頬杖を突いた。

「そんで我らが偉大なる宿敵シェルイ王はどこにいる? 北の山地に逃げ込んだらしいが密偵は誰一人として帰ってこないらしいじゃないか」

「ああ。奴ら、徹底的に偵察兵を狩っている。数も位置も知られたくないらしい。想定以上の大軍が潜んでいるぞ。あの山地の中にどうやって」

 彼らは卓上の地図に視線を集める。帝国軍の北には長大な山地が連なっている。その北には中規模城砦アルフェンテがある。山地は険しくないものの、山岳地帯に不慣れな遊牧民族の大軍が長期的に駐屯して姿を隠し切れるものではない。

「もしくは思いの外小勢なのかもしれません。少数の精鋭部隊を配置して我が軍の偵察部隊を積極的に狩り、注意を向けさせる算段やも」

アークリーチが意見を述べる。諸将は手放しに同意することはなかったが無視することもなかった。一考の価値があると考えたのだ。敵は想像の上を行く悪魔。どれだけ用心してもし過ぎることはない。もっとも用心し過ぎたが故に敗北した者も多くいるのだが。しかしそれは考えなくても良いという免罪符には決してなり得ない。

 帝国軍の名だたる将校らは頭を悩ませた。敵の考えが読めないのである。夜を徹する作戦会議の果て、彼らは一つの作戦を実行することにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ