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開戦

 イディア、ヴェレン、ドゥダイは部隊を率いて西へ向かい、帝国領に侵攻した。計六千騎の軍である。草原の民の軍勢からすれば大軍であるが彼らが今から戦おうとしている帝国軍に比べれば路傍の小石に過ぎない規模であった。それでも彼らは恐れない。闘争心の強い民族性である上に帝国に対して恨みもある。

 彼らは国境警備隊を追い払うと高速で敵地を駆け抜け、進軍中の帝国軍先遣隊に攻撃を浴びせた。先遣隊を務めていた軽装歩兵たちが悲鳴をあげて倒れていく。生き残った者たちは後方へ逃げる。

「追わなくていい。退却だ!」

 将校たちは退却を命じた。上手く先遣隊を追い散らしたとはいえ長く敵地に留まれば敵に囲まれる。

 馬主を巡らして来た道を後退する。ウィルヘルミナの兵たちは両側に深い森を侍らせる街道を駆ける。

「撃て!」

 森の中から掛け声が響いた。次いで弓から矢が放たれる音がウィルヘルミナの騎兵の両側から聞こえた。彼らの頭上に矢が降り注ぐ。

「伏兵だ!」

 兵士たちは次々と馬上から落ちた。まずは盾を構えるのが遅れた者、次いで馬を射られた者。部隊は混乱状態に陥ったが後退する足は止めなかった。立ち止まれば格好の餌食となるのは目に見えていた。

「来た時には伏兵などいなかったぞ!」

「前進しろ! このままだと全滅するぞ!」

 ウィルヘルミナの騎兵たちは倒れた仲間を捨て置いて東へ疾走する。しかし彼らの行先に帝国軍の軍旗が翻る。待ち受けていたのは帝国軍の重装歩兵。盾を一直線に並べ、隙のない防御陣を敷いている。

「しまった…!」

 イディアは自らを待ち受ける運命を悟った。

 帝国軍の歩兵を率いているカルクリエスト・デル・フォークスレンは勝利を確信し、恰幅の良い大柄な体を震わせた。憎きウィルヘルミナの騎兵共をこの場で一人残らず殲滅するつもりだった。

「奴らは四方を囲まれている。袋の鼠だ。一匹残らず縊り殺せ!」

 兵士たちはその咆哮に応え、前進を開始した。

「まずいぞ。軽装騎兵しかおらん!」

 ドゥダイは歯噛みした。速度を重視して軽装騎兵ばかりの編成で戦いに挑んだ。そのために突破力に欠けることとなった。とはいえ引き返すこともできない。敵の数がわからない森に逃げることも敵の本軍がいる西に逃げることも無理だった。

「このまま前進し、敵歩兵戦闘団の突破を図る! 弓構え!」

 王国軍諸将は同じ判断を下し、敵歩兵の突破を狙った。

 予想通りのウィルヘルミナ軍の動きに帝国兵はほくそ笑んだ。しかし後方から鳴り響く戦太鼓と笛の音にその余裕は消え去った。

 フォークスレン将軍の部隊の後方に三千騎からなるウィルヘルミナ軍の騎兵が出現した。二千の軽騎兵に千の重騎兵。掲げるのは白き狼の軍旗。それはウィルヘルミナ王シェルイ隷下の精鋭部隊だった。

「間に合った! 目の前の敵を蹴散らして味方を救え!」

 シェルイの号令で救援部隊が走り出す。恐るべき速さで背中を見せている帝国軍歩兵部隊に襲いかかる。

「い、いかん! 後列部隊、反転して迎え撃て!」

 しかしその指示は上手くいかなかった。重い鎧に盾、長い槍を装備して密集陣形をとっているのだ。兵の動きは緩慢になる。ウィルヘルミナの軽装騎兵の一斉射撃で動きを乱されたところに重装騎兵の突撃を強かに被った。

「殺せ殺せ! もっともっと殺せ!」

 重装騎兵たちは縦に暴れ回り、敵を倒して武勲を立てた。

 シェルイ率いる一隊が敵の部隊を貫き、味方の脱出経路を作った。

「た、助かった…!」

 兵士たちは安堵したように敵の包囲網から抜け出した。仲間たちが逃げたことを確認したシェルイは全軍に退却命令を下し、殿を務めた。帝国軍は怒り狂って追撃したが夜が来る頃には罠を恐れて撤退した。

 安全な場所まで逃れたシェルイはイディア、ヴェレン、ドゥダイを集めた。彼ら三名が口を開くより先にシェルイは頭を下げた。

「俺の見通しが甘かったせいで皆を危険な目に遭わせた。ごめん」

 諸将は慌ててシェルイに頭上げさせた。

「道中の安全確認を怠った我らの責任にございます。我らこそお詫び申し上げるべき立場で…」

 ドゥダイがあたふたした。

「それよりもなぜ我々が窮状にあると察知できたのですか?」

「家族に教えてもらった」

 シェルイは自らの周りで肉を食べている狼たちを見遣る。彼は幼少期の経験から狼と会話をすることができた。幾多の群れの狼たちを交渉または戦いによって従え、食い扶持を与えることを条件に偵察や夜襲などの任務に就かせていた。

「帝国軍は俺たちが先制攻撃を仕掛けてくることを予測して罠を張ってたんだ」

「我々は誘い込まれたということですか」

 ヴェレンの言葉に諸将は賛同する。結果として敵の方が多くの損害を被ったとはいえ敗北感は拭えなかった。

 シェルイはアルディスの考えを読み取れずにいた。いくら数的有利があるとはいえアルディス率いる帝国軍がそれに任せて突き進むだけとも思えない。嫌な所を突いてくる戦い方をしてくるだろう。

 翌日からシェルイは何度か攻撃を仕掛けて帝国軍の動きを見た。帝国軍の陣形は堅牢でいくら誘っても亀のように堅守しているだけだ。かと言って防御に徹しているだけでもなく隙あらばウィルヘルミナ兵を陣形内部に誘い込んですり潰そうとしてくる。これまで会ったことのない苦手な戦い方をしてくる敵であった。



 帝国軍先遣隊十三万を率いるのは六人の将軍たちであった。彼らはアルディスの元で長く戦い、戦果を挙げて能力を示し、軍を与えられた。新進気鋭の若年将校らである。緻密な頭脳で敵の行動を先読みする智将フェルマス・ロックウッダー、命知らずの猛将グレゴール・バアル、守勢に強く、鉄壁の如く防御を見せるトーマス・リッケ、独創性はないが堅実で隙のない用兵を得意とするアントニウス・アーガス、神出鬼没のゲリラ戦術を得意とするアイルーロス・ブライヘル、予測不能な奇策で敵を翻弄するヘルムート・アークリーチ。新進気鋭の上級将校の集団である。温厚な性格で同僚や兵士からの信望の厚いロックウッダーが総司令官を担っている。

「流石にこの程度の小細工でウィルヘルミナの兵力を大きく削ることはできなかったか」

 ロックウッダーは彼我の損害報告を聞いて溜め息を吐いた。短く切り揃えられた亜麻色の髪を掻く。

「ああ。結局我が軍の方が損害が多いではないか」

 バアルは苛立ちを抑えようともせず床を蹴った。短気な彼の性格に慣れているのか同僚たちはこれといって反応しなかった。

「最初の作戦目標は奴らの出鼻を挫いて士気を高揚させないことだ。大成功とは言えないまでも失敗ではないだろう」

 岩盤の如き偉容を誇るトーマス・リッケが言う。城壁を思わせる屈強な体を持ち、眼光も鋭い。神経質な人間ではないが無神経というわけでもなく周囲の空気を考慮して行動できるため将兵や上官から信頼を寄せられている。

「こちらも出鼻を挫かれたではないか。戦場を見ろよ。帝国旗ばかりが倒れている!」

 バアルがそう反論するがアークリーチが止めに入る。

「まあまあ。我らの役目はアルディス将軍がご到着なさるまでウィルヘルミナ王とその軍勢を釘付けにし、可能な限り戦力を減らすこと。兵を多く失ったのは残念ですが仕方ないでしょう」

 アークリーチは帝国の上級将校らの中でも最も若い二十歳である。優れた実力もさることながら物腰柔らかな性格から苛烈なバアルの抑え役として共に行動することが多い。

「バアル将軍もあの男の恐ろしさを知っているでしょう?」

「ぐ…」

 バアルとアークリーチは二年前、大将軍エトナン・ハルキモが総司令官を務める遠征軍に参加し、シェルイ率いる軍勢と戦った。彼らは本陣付きの参謀であったためシェルイと直接剣を交える機会はなかったが兵糧攻めに火攻めといったシェルイの策を間近で味わった。大陸東部で最も危険な男である。

「あの時、我が軍は女子供を含めた少数の烏合の衆に手も足も出ずに敗れたのです。それを思えばよくやった方でしょう。」

「確かにな…。だが捕虜の話を聞くに先ほど我らが包囲した部隊には三人の将軍がいたという。奴らを討つことができれば…とな」

 烈火の如く怒りを燃やしていたバアルだったが落ち着いたのか椅子に座り直した。しかし憮然とした表情が剥がれることはなかった。

「とはいえ我らは無理して攻勢に出る必要はないのだ。下手に動いて敗れることになれば笑い種だ」

 腕組みをしたアーガスが言い聞かせるように語った。

「そうは言っても消極的に出れば奴らも我らの本意に気付くかもしれねえ。そうなれば多少厄介だぞ」

床に寝転がって沈黙していた男が口を挟む。アイルーロス・ブライヘル。葉巻に火を付けて吸い始める。周りの将校らが煙たがるが意にも介さないようである。

「その通りだ。だからあの男を騙しきる演技をしなければならない。諸将、よろしく頼んだぞ」

 ロックウッダーが信頼する仲間たちの顔を見渡して言った。彼らは若くして戦場で名をあげた勇者たち。戦意も忠誠心も高く、心配する必要は全くなかった。

 夕暮れに西の空が赤く染まった頃、伝令兵が帝国軍本陣に駆け込んできて報告を伝えた。伝令兵の背中には数本の矢が突き刺さり、空の色よりもはるかに赤い血を流している。伝令兵は泡立った血を吐きながら敵襲を告げる。

「き、北よりウィルヘルミナ軍騎兵襲来! 数は不明。少なくとも五千を超えています!」

 作戦会議を行っていた諸将らは驚愕した。今日、戦いが始まってウィルヘルミナ王国軍はそれなりの犠牲を出したのである。それに領地を防衛するウィルヘルミナ軍が再び帝国領に攻め込むことは予想していなかった。奇襲を仕掛けてくるにしても夜に来ると考えていた。

「防衛隊は瞬く間に突破されました」

 そう残して伝令兵はその場に崩れ落ちて死亡した。

 ロックウッダーは仲間たちに指示を出す。

「リッケ、アーガス。お前たちが迎え撃て。バアル、お前は麾下の兵を率いて襲撃部隊の退路を塞いで撃滅しろ。残りは他の方角からの奇襲を警戒。特に補給部隊に気を配れ」

「了解!」


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