006 尋問と誰何と討伐
盲点だった。
この国には警察や消防といった単独の組織がない。その代わりに第三隊がその役割を果たしている。
第一隊は王都の警備、第二隊は国境及び海上警備、第三隊は国内警備にあたる。
第一隊には王族をはじめとする要人の身辺警護や式典の警備も含まれるため、隊員は主に貴族で構成されている。隊服は白。
第二隊は国境や海上警備のほか、周辺国への諜報活動も行う、国軍の中心だ。隊服は深緑。
一番隊員の多い第三隊は警察と消防を兼ね備えた組織であり、各領地に常駐している。隊服は深紅。
ざっくり言えば、第一隊は警視庁、第二隊は自衛隊と海上保安庁、第三隊は警察庁と消防庁、そう考えると自分の中でわかりやすい。
ライネスブラウ氏の直轄隊である黒い隊服の対魔物討伐隊は第四隊であり、魔物討伐のほかに公安のような役割も果たしている。ライネスブラウ氏が直接動かせる精鋭だ。
ちなみに、各隊の細かな組織編成などは興味がないので知らない。軍では誰もが通称で、第一隊、第二隊と呼んでいるが、正式名称はもっと長い。知らずに済むのは、わたしはあくまでもライネスブラウ氏の私設事務官だからだ。知ろうとしたところで覚えられる気がしないというのが正直なところだ。
ライネスブラウ氏が第三隊に問い合わせてくれたところ、およそ三年前、念のためその前後一年を含む三年間で、十歳当時に母親を殺害された少年は三名該当したが、三人とも色が違った。サフィルス領に限っては、殺人未遂も含めて探してもらったにもかかわらず、該当者はいなかった。
「三年前というのは間違いないのか」
「本人が向こうで気が付いてから、三年経っていると言っていたので」
「界渡りは、精霊界を経由して別の界に渡ると伝承されている。その精霊界と人界とでは時の流れが違うといわれているが、その辺りの話は出なかったのか」
正直、魔力についての話はほとんど意味がわからなかった。難しい数学の問題やプログラミングを解説されているようで、理解できる気がしなかった。
彼女の世界の話はすべてが魔学に結びついているので、いま思い出しても繰り返し聞いた単語くらいしか覚えていない。
アニメで見た魔法は幻想的でキラキラしていたのに、現実はものすごく理論的で地味だ。
そもそも、魔力を使う際にここぞとばかりに唱える呪文や詠唱などない。杖やステッキを振り回すこともなければ、空中に魔法陣が出現することもない。実行するための単語ひとつと衝撃波などの物理現象が発生するだけだ。
本音を言えば少し憧れていた。魔法少女のようにキラキラステッキを振り回してみたかった。それをミルトさんに話したら「戦闘中にそんな悠長なことしてたら死ぬだろ」と真顔で返された。
特に魔力攻撃は発動辞で相手に攻撃を悟られてしまうため、暗号のような言葉に置き換えたりもする。とんでも魔法の転移すらも「転移」の発動辞だけだ。
術式を正しく理解し構築する必要はあるが、一度覚えてしまえば自然とできるようになるらしい。また、術式を正確に感知できれば、おのずと行使できるらしい。覚えられる気もしなければ、正確に感知できる気もしないわたしは、とんでも魔法が使えてよかったとしみじみ思う。
複雑な術式などは魔晶石に付与しておけば、発動辞だけで展開することもできる。生活家電のような魔具の原理はこれだ。
隊服のそこかしこに魔晶石が取り付けられているのは、魔力の補給だけでなく、戦闘時でも咄嗟に発動できるように、あらかじめ術式を付与しておくとのことだった。
「わたしの魔学の覚えが悪いことはご承知ですよね」
目の前のライネスブラウ氏の背後から、「おお、ミアは開き直りも堂々としたものだな」と揶揄された。あくまでも視線はライネスブラウ氏から逸らすものかと、ぐっと目に力を込める。
「つまり、聞いたかもしれないが理解できなかったため覚えていない、ということか」
身も蓋もない言い方だ。
「その通りです」
ライネスブラウ氏の執務机の前で直立している。まるで尋問のようだと思ってしまうのは被害妄想だろうか。
ライネスブラウ氏が忙しい合間を縫って自ら調査してれたのだから感謝しかない。だが、覚えていないものは仕方がない。おまけに、ライネスブラウ氏の背後から報告書を覗き込んでいるミルトさんがかなり鬱陶しい。
「当時十歳というのは間違いないのか」
「間違いありません。母親と同じ白金の髪に青の瞳というのも間違いありません」
レイという名前はアウルム語で発音できない。その時点で、わたしの聞き間違いなのだろう。だが、わたしにはレイに聞こえる別の名前だと仮定したところで、この国の人に聞き間違われたライもルイもロイも、わたしには正確に聞き取れている。
何度思い返しても聞き間違えた気はしないのに、ここでは発音できない名前とは……わけがわからない。アウルムという単語には聞き覚えがあるので、この国であることは間違いない。似たような国名はほかにない。
「ライネスと同じ色か」
「私も十歳のときに母を亡くしているが、目の前で殺人が起きたわけでないからな」
あれ。なにかが引っかかる。
そうだ、彼女が気にしていたのは殺人ではなく息子が起こした――。
「魔力暴走」
頭の中の記憶を探る。
「そうだ。私の魔力暴走が母の命を奪った」
「そうではなくて、魔力暴走という言葉を彼女から聞いた覚えがあります。たしか、魔力暴走が引き金でわたしのいた世界に送られて、傷自体は自分で接合できても、破傷風だったかな、とにかくその傷が原因の細菌感染を起こしたらしくて。元の世界にいたなら死んでいたはずだったって。だから、息子には感謝しているって」
忘れないうちにと捲し立てると、ライネスブラウ氏がなんとも言えない顔をしていた。
「どうかしましたか」
「ライネスの古傷をあっさり飛び越えていくミアに感服しているところだ」
ミルトさんが呆れたと言いたげな顔で苦笑している。ちょっと意味がわからない。
魔力は第二次性徴まで安定しない。大抵の子供は制御不足で大なり小なりの魔力暴走を引き起こす。人によっては何度も起こす。おそらく癇癪や知恵熱のようなものだろう。
そのため、子供の頃は誰もが魔封じの石を常に身につけている。
魔封じの石は、魔力が充填される前の透明の石のことで、一般的には単に晶石と呼ばれている。子供の余分な魔力を晶石が吸収する術式が付与されており、かつ魔力が溜まれば魔晶石として動力にもなるので一石二鳥らしい。
ライネスブラウ氏は魔力量が多すぎて魔封じの石では防ぎ切れず、魔力暴走を起こしたらしい。
以降は、罪人用の戒めの輪という魔力を完全に封じる装具を身に着けていたが、実際はそれでも封じ切れず、人並み以上の魔力は残っていたそうだ。
「あなた、閣下の事務官ですね」
やたらとゴージャスな女性に見おろされている。
閣下。相撲好きなヘビメタの悪魔しか思い浮かばない。相撲……懐かしい。施設の職員が相撲好きで、子供の頃よく中継を見せられていた。
「そうですが」
このところ軍の食堂を利用していると話しかけられるようになった。前触れもなく一方的に。明らかに軍の関係者ではない女性に。隊服を着ていない上に、一見して高そうな派手目の服装で闊歩してくる。忍び込むならもう少し目立たない服装と態度を装備してほしいものだ。そもそも、ここは関係者以外立ち入り禁止なのだが。
「閣下とはどのようなご関係で?」
いま自分で、事務官ですね、と断定したでしょうに。
今日の人は来訪者用のバッジを付けている。城の関係者の娘か。だとしてもここは軍関係者以外立ち入り禁止区域だ。どうやって識別円をくぐり抜けたのか。……ということは、軍の関係者の娘か。面倒だ。無視したい。
〈ミルトさーん。また出た〉
〈おーう。ちょうどいま着いたところだ〉
「こちらは関係者以外立ち入り禁止です」
警備兵が駆けつけてくれた。
こういうことが増えた。
どうやらライネスブラウ氏に触れても木っ端微塵にならないことが浸透してきたらしい。となると、サフィルス家当主の甥であるライネスブラウ氏は、超優良物件だと再認識されたらしい。
隊の中でも、ちらほら気になる視線を感じることはあるが、さすがにわざわざ声をかけてくる人はいない。職務上の会話に紛れて遠回しに確認されるくらいだ。
その大半は「触れても平気だったんだな」という、確認というよりは感想に近いもので、あとは「手合わせしたい」とか「術式について色々聞きたい」など、割と健全な願望を聞かされるくらいだ。
面倒なのは貴族のお嬢さまたちで、親に言われてのこのこやってきました、という世間知らずが多い。
しかも、警備兵に注意されても親を持ち出してごねにごねる。貴族の娘なら人を使って下調べくらいすればいいのに。
「遅くなった」
で、ライネスブラウ氏が同じ席に着くと話しかけてこないのだ。本人に直接話しかければいいのに。
「失礼ながら、ライネスさんに婚約者はいらっしゃらないのでしょうか」
ライネスブラウ氏は僅かに目を見開いたあと〈また突撃されたのか〉と苦笑した。
「いるように見えるか」
「立場的にも年齢的にもいらっしゃってもおかしくないかと」
「いないとわかっていて訊くのは性格悪いぞ」
トレーをふたつ持ったミルトさんが口を挟む。ひとつをライネスブラウ氏の前に置いた。ミルトさんが機転を利かせて、先に着席するようライネスブラウ氏を促してくれたのだろう。こういう気遣いを知ってしまえば、これ以上わがままは言えない。
「一人で食堂に来るのは控えます」
軍の食堂とはいえ、外食できる機会なんてこれまでなかったので、毎回ものすごく楽しみにしていたのだが……。
「執務室に運んでもらうか」
「さすがに他人の手を煩わせるのは気が引けるので、テイクアウトするか、お二人と一緒に来ます」
諦めよう。難癖つけられるよりはマシだ。八つ当たりがバレて性格悪いとまで言われたし……。
突然、耳をつんざくような警報音が鳴った。
ざわめいていた食堂が一瞬にして静まり返る。
「緊急要請――第四隊出動。サフィルス領ヘルブラウ地区南東にて魔竜発生。繰り返す――」
まだ半分も食べていない。
食べかけの食器をそのままに、そこかしこで黒い隊服たちが走り出し、緊急出動用の窓から次々と東門に向かって飛び出していく。
ついにわたしも部分強化の成果を試す時がきた。
「ミア!」
窓から飛び出そうとした瞬間、背後から掬われるように抱えられた。びっくりしつつも振り落とされないよう、慌ててライネスブラウ氏の首元にしがみつく。
ライネスブラウ氏はわたしを抱えたまま、軽々と城壁を飛び越えていく。
〈今日こそ部分強化デビューするはずだったのに〉
〈まだ軌道修正できないだろう。壁に激突するぞ〉
転移塔前でそっと降ろされた。ライネスブラウ氏の言う通りなのだが、それでも自力でなんとかしたかった。
わたしはつくづく勉強が苦手だ。魔学は理系だ。ほぼ科学だ。理論を学ぶより、見様見真似や感覚で掴んでいくほうがまだなんとかなると思っている。たとえ運動神経が人並み程度だとしてもだ。
「揃ったな。行くぞ」
転移は一瞬だ。
一瞬なのに、ぐっと時が引き伸ばされたような強烈な感覚が残る。
討伐対象は荒れ狂う魔力の嵐をまとった大型の魔竜だった。
ステゴザウルスに似ている。ちゃんと名前を覚えている数少ない恐竜だ。ステゴが捨て子に思えて、子供の頃じっくり図鑑を眺めた記憶がある。
がっしりとした大きな体。背中に生えるいくつもの赤い皮骨晶は、怒りのためか燃えるように光っている。尾に生えているいくつものトゲは剣のように鋭い。
転移のあと先行した機動班が魔竜を大きく囲むように防御円を展開し、これ以上被害が広がらないよう、荒れ狂う恐竜の魔力を抑え込もうとしている。
機動班からの信号弾を受け、本隊が討伐区域上空に転移し、討伐対象を俯瞰する。
ライネスブラウ氏が全隊に魔力を放つ。青いきらめきがひとりひとりを守るように包みこんでいく。青い魔力が隊員たちの全身を覆うと同時にミルトさんが一直線に降下する。それに続いて本隊が魔竜に襲いかかる。
魔竜討伐は人力だ。魔力攻撃はことごとく跳ね返されるか、吸収されてむしろ糧にされてしまうため、物理攻撃で討伐する。
ここでは魔力という万能なエネルギー源があるため、火薬やレーザーなどの物理的な攻撃手段がほとんど存在しない。銃や砲などの武器はあるが、弾や動力が魔力のため、魔竜討伐では使用できない。
地上に降りた支援隊はそれぞれの作業を開始する。
「ミア、もう少し後ろに下がれ」
言い終わらないうちにライネスブラウ氏が魔竜の正面に飛び込んでいく。普段は戦闘に加わらない彼が出撃するのは、それだけ討伐が難しい個体だからだ。
おまけに、上空からこの先に民家が点在しているのが見えた。冬枯れの乾燥した季節に山火事が起きたら目も当てられない。ここで食い止めなければ被害が拡大する。
手のひらを隊員たちに向ける。きっとなにもできない。でも、できるかもしれない。
――どうか彼らの一助となりますように。
異変が起きたらすぐに報告できるよう、命がけで戦う彼らから目を逸らさない。
皮骨晶の熱のせいか苦戦している。鱗のようなもので覆われた表皮は硬く、体格の割に足が短いため、比較的皮膚が柔らかい腹に切り込めないまま、尾のトゲに追い払われ、魔力の嵐に吹き飛ばされる。大地に叩きつけられても素早く体勢を整え、再び魔竜めがけて嵐の中に飛び込んでいく。
――彼らが戦い抜けますように。
ふと、魔竜の首の後ろになにか見えた気がした。
なにもかもが目まぐるしく動く中、目を凝らして違和感の正体を確かめる。よく見えない。それでも見定めなければ。的を絞るように目に力を込める。
なにかが刺さっている。そこから真っ黒な魔素が溢れ出ている。まるで魔竜の魔力を絡め取るかのように真っ黒ななにかが蠢いている。気持ち悪い。絶対によくないものだ。
〈首の後ろになにかあります〉
魔竜と正面から対峙していたライネスブラウ氏がその背に飛んだ。魔竜の動きが激しくてなかなか確認できないのか、ライネスブラウ氏はさらに浮かび上がって上空から確かめている。
〈なにが見える〉
〈なにかが刺さっています! そこから真っ黒な魔素が!〉
ライネスブラウ氏が魔竜の首に一直線に降下する。
〈直接触らないで!〉
そう叫んだと同時に、彼の手のひらから放たれた真っ青な光が魔竜の首に突き刺さった。黒い魔素が飛散して青い光に霞んでいく。
透き通る青の魔力の美しさに、状況を忘れて見入ってしまう。
魔竜が張り裂けんばかりに叫んだ。泣き叫んでいるような気がした。
――どうか、あなたにも祝福を。
魔竜の背後から跳躍する影。その脳天にミルトさんの長剣が突き立った。




